「国際社会」と「投資家」── 報道で多用される二つの“主体”をめぐる実像と誤解

「国際社会」と「投資家」── 報道で多用される二つの“主体”をめぐる実像と誤解

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ニュース解説では「国際社会が懸念を示した」「投資家が嫌気した」といった表現が頻繁に登場します。しかし実際には、いずれも一枚岩の当事者ではなく、多様なプレーヤーの集合体です。

本稿では

・「国際社会」の実態と限界

・「投資家」という言葉の背後にいる多様な資金の担い手

を整理し、報道を読み解く視点を提供します。

「国際社会」の正体―国家の利害関係のモザイク

地球儀と人の指

「国際社会」は幻想?―実態は“国家利益”の集合体

一見すると「国際社会」という言葉からは、地球規模での一体感や、共通の正義・ルールに基づいた秩序を想像しがちです。しかし実際には、「国際社会」という実体は存在せず、それぞれが異なる価値観や利益を持つ「国家」の集合にすぎません。言い換えれば、“国家の利害関係のモザイク”が「国際社会」の正体なのです。

「国際社会」とは何か?―“話し合いの場”にすぎない現実

2025年6月4日、アメリカのトランプ大統領政権は、国連安全保障理事会で採択が予定されていたガザ地区の即時停戦を求める決議案に対し、拒否権を行使しました。アメリカ政府は、決議案がイスラム組織ハマスを非難しておらず、ハマスに対する武装解除や人質解放の要求が含まれていない点を問題視し、外交努力を妨げる可能性があるとして反対の立場を取りました。

このような行動は、「国際社会が一丸となって平和や正義を目指している」という理想像とはかけ離れています。国連でさえ、すべての国が同じ方向を向いているわけではないのです。

さらに、アメリカが他国への民主主義支援を縮小したことで、「国際的な人権体制が揺らいでいる」と指摘する声もあります。しかし、この指摘もまた、各国が理想よりも自国の事情や利益を優先して動いている現実を映し出しています。

では、国連やG7のような枠組みが、いわゆる「国際社会」とされることもありますが、実際には、それぞれの国が自国の利害を持ち寄る“話し合いの場”にすぎません。

ボストン コンサルティング グループ(BCG)が2025年5月に発表した報告書では、「世界の断片化が進み、すべての国を一律にまとめることが難しくなっている」と指摘されています。代わりに、共通の関心を持つ国同士で構成される“フォーカスド・コアリション (focused coalitions)(焦点を絞った連合)”が、より現実的で効果的な形になると論じられています。

このように、国際的な合意は全体での一致を目指すというよりも、限られた国同士の調整と妥協の産物となりつつあるのが実情です。

合意の度合いが高い例外:EU

一方、EUは共通外交・安全保障政策(CFSP)を有し、欧州政治共同体の定期首脳会合や外相理事会で対外方針を統合的に決定しています。5 月16 日の欧州政治共同体第6回首脳会合では「新しい世界での団結・協力」が改めて確認されました。
更には、5 月20 日のEU外務・国防理事会では、防衛一体化を進める決定も行われています。

ポイント: EUは加盟国間で一定の主権共有が進んでおり、「国際社会に最も近い準共同体」と評せます。

「投資家」の正体―長期マネーと短期マネーの混在

投資家のイメージ

「投資家」は一つの主体ではない

ひとくちに「投資家」と言っても、その中身は実に多様です。投資期間の長さやリスクの取り方がまったく異なるプレイヤーたちが混在しています。

・長期投資家:年金基金、保険会社、政府系ファンド(例:ノルウェー政府年金基金)

・超長期投資家:中央銀行(政策目的による株式保有)

・中期投資家:資産運用会社やETF運用者

・短期投資家:ヘッジファンドや個人トレーダー

それぞれの思惑はまったく異なるため、ニュースなどでよく見る「投資家がこう判断した」といった表現はどのタイプの投資家を指しているのかを見極めないと、誤解を招く可能性があります。

最大勢力は年金基金と政府系ファンド

Thinking Ahead Instituteが2025年5月に公表した「Global Pension Assets Study」によると、主要22カ国の年金基金の総資産は58.5兆ドルに達し、世界GDPの68%に相当します。

同調査は、年金基金が長期的な安定リターンを追求する姿勢から、株式・債券市場において決定的な影響力を持つ存在であると分析しています。

さらにMercerによる17兆ドル超のアセットオーナー調査では、こうした長期資金が先進国株式からインフラやプライベートデットへのシフトを進めていると報告されています。

中央銀行も“株主”になる時代

長期どころか、超長期的な視点で株式を保有しているのが中央銀行です。たとえば日本銀行は、ETFを通じて東証主要銘柄の大株主となっています。

市場分析サイトMacroMicroによれば、日銀は2020年にETFの年間購入上限を12兆円に引き上げた後、市場状況に応じて大規模なETF購入を行ってきました。その結果、ETFを通じて日銀は日本株市場で大きな存在感を持ち、一部の主要企業では実質的な大株主の一つと見なされています。

こうした政策目的による株式保有は、従来の「市場の民間投資家」というイメージを覆す存在です。

短期利益を狙うアクティビスト・ヘッジファンド

一方で、短期間での株価上昇を狙う投機的資金も依然として活発です。

Barclaysが作成し、ハーバード・ロー・スクールのコーポレート・ガバナンス・フォーラムに掲載された『2025年第1四半期 アクティビズム・レビュー』によれば、53のアクティビスト投資家(うち11は新規参入)が新たなキャンペーンを開始し、米国における案件数は前年同期比で43%増加したと報告されています。

ロイターの2025年6月4日付報道によれば、米投資銀行ジェフリーズは、アクティビズム対策部門を強化しました。これにより、アクティビスト投資家への対応を専門とする体制が整備され、企業側の対抗姿勢が一段と強まっていることが示されています。

報道を読む視点:ラベルよりプレーヤーを特定する

パソコン2台と世界地図

・国際社会: 誰が合意しているのか(米国かEUか、新興国か)を確認しましょう。

・投資家: 年金基金なのかアクティビストなのかで、行動原理が大きく異なります。

2025 年の世界は、米国トランプ政権の二期目発足で多国間協調が揺らぎ、投資マネーも長期と短期の二極化が進んでいます。報道に登場する抽象的な「国際社会」や「投資家」という言葉をそのまま受け取らず、背後にいる具体的な主体と利害を意識することが、ニュースを読み解くカギになります。

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