アジアの人口危機:タイ・韓国・中国が直面する少子化の現実と未来

アジアの人口危機:タイ・韓国・中国が直面する少子化の現実と未来

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少子化は日本に限られた問題ではありません。2024年時点で、タイの合計特殊出生率(TFR)は1.0人と、日本(約1.2人)を下回る水準にあります。

一方、韓国のTFRは0.75人(2024年)まで低下しており、過去最低水準に迫っています。中国においても2024年のTFRは1.15人で、出生数を支える水準とは言えません。こうした数値はどれも、人口を維持するのに必要な2.1人という水準を大きく下回っており、東アジア・東南アジアでは揃って「少子化」の波が進行していることを示しています。

いずれも表面的には「子どもが減っている」という共通点を持ちながら、その背景には経済、社会構造、文化慣習といった複雑に絡み合った事情があります。

少子化は単なる人口統計の話ではありません。労働力不足、年金や医療制度の持続可能性、都市と地方の格差、さらには社会の価値観の変化まで、国の未来を左右する問題です。

そして一度傾き始めた人口構造を立て直すには、現金給付だけでなく、教育・住宅・働き方・ジェンダーといった「生活の土台」そのものを変える必要があります。

本記事では、タイ・中国・韓国の3か国を取り上げ、それぞれの「背景」、「直面する問題」、そして「打ち手」を整理しながら、比較を通じて見えてくる共通の課題と突破口を探ります。

数字で見る東アジアの少子化

生まれたての赤ちゃんと母親の手

東アジアの少子化は、同じ「人口減少」という現象でありながら、その角度(スピード)と理由(背景要因)は国ごとに異なります。

韓国は世界最低の出生率を記録、中国は3年連続で人口減少、タイは年間出生数が初めて50万人を下回るなど、それぞれ異なる局面にあります。

ここでは、まず数字でその現状をつかんでみましょう。

韓国

・合計特殊出生率(TFR):2024年は0.75と世界最低水準。

・背景には高額な教育費や住宅費、長時間労働、ジェンダー不平等など複合的要因があります。

中国

・合計特殊出生率(TFR):2024年は1.15と世界最低水準。

・人口全体では3年連続減少が続いており、長期的な人口減は止まっていません。

タイ

・合計特殊出生率(TFR):2024年は1.0と世界最低水準。

・都市化や生活費の上昇、晩婚化などの影響で、初めて年間出生数が50万人を割りました。

次に、各国の状況と取り組みを詳しく見ていきましょう。

タイ:急減速する“中所得国型”少子化

バンコク

タイでは1960〜1980年代にかけて、政府主導の家族計画(避妊や出産間隔を調整するための政策)や都市化(農村から都市部への人口移動)が進み、出生率は急激に低下しました。
この時期、農業中心の暮らしから都市型の生活へと移行したことで「子どもは労働力」という考え方が弱まり、家庭の子ども数が減少していきました。

近年ではさらに、生活費や教育費の上昇、晩婚化(結婚年齢の上昇)・非婚化(結婚しない選択)、そして価値観の多様化が重なり、子どもを持つことへのハードルが高くなっています。その結果、2024年の出生数は46万人台まで落ち込みました。

こうした危機感から、タイ政府は「Give Birth, Great World(産もう、すばらしい世界)」というキャンペーンを展開し、子育て支援や意識改革を呼びかけています。

いま起きている問題

1.自然減の定着

タイでは、出生数が死亡数を下回る「自然減」が4年連続で続いています。人口全体が減少する中で、労働力不足や高齢化社会への対応コストが予定より早く顕在化しており、経済成長の足かせになりかねません。

2.教育・福祉の持続可能性

子どもの数が減ることで、地方では学校の統廃合や教員配置の見直しが避けられません。一方で、経済的に困難な家庭への児童手当が十分に届いていないという課題も残っています。支援制度の周知不足や申請手続きの煩雑さが要因と指摘されています。

今後の解決策(政策と提案)

1.不妊治療の公的支援拡充

タイの国民皆保険制度である「30バーツ医療制度」(自己負担が30バーツ=約120円で医療を受けられる仕組み)に、生殖医療の一部を組み込み、不妊カップルへの支援を強化します。出産の「入口」を広げることで、子どもを望む家庭の機会損失を防ぎます。

2.子ども手当の普遍化と増額

現行の月600バーツ(約2,400円)の児童手当には所得制限がありますが、これを撤廃して全世帯に支給する案や、支給額を増額する議論が進んでいます。ユニセフは月2,700バーツ(約10,800円)に増やした場合の貧困削減効果を試算しており、所得格差是正の観点からも注目されています。

3.働き方・住まい・保育のパッケージ化

都市部では特に、保育所の不足、住宅費の高さ、長時間労働が子育ての大きな障壁です。保育施設の拡充、家賃補助、柔軟な勤務形態の推進を一体的なパッケージとして提供することが求められます。単発の啓発キャンペーンだけでは効果が限定的であり、構造的な支援策が不可欠です。

まとめ

タイは「中所得国」の段階で出生率が急減する、いわゆる“中所得国型少子化”の典型例となっています。これは日本や韓国と同様、経済成長と社会構造の変化が同時に進む国で見られる現象で、今後は東南アジアの他国にも広がる可能性があります。

少子化対策は短期的な人口回復ではなく、長期的に持続可能な社会構造を作る視点が欠かせません。

中国:政策を総動員しても“構造”の壁が重い

上海の夜景

中国は1979年から約35年間にわたり、人口増加を抑えるための「一人っ子政策」を実施してきました。これは世界でも珍しい出生制限政策で、人口増加のペースは抑えられた一方、長期的には少子高齢化を加速させる副作用をもたらしました。

現在では政策が緩和され、二人っ子(2016年)、三人っ子(2021年)が認められていますが、都市部の高い住宅費や教育費、長時間労働、女性のキャリア不利、そして戸籍制度(hukou)¹といった構造的な課題が、結婚・出産の大きな障壁となっています。

¹戸籍制度(hukou)とは:出生地や親の登録地に基づいて住民の居住地・権利を制限する制度で、教育や医療などの公共サービスの利用範囲にも影響します。地方から都市に移住しても、戸籍が都市にないと子どもが現地の学校に通えないなどの制約があります。

2024年には出生数が954万人とやや持ち直したものの、死亡数がそれを上回り、人口は−139万人と3年連続で減少しました。

いま起きている問題

1.急速な高齢化

中国の60歳以上人口はすでに全人口の約2割を占め、2035年には4億人を超えると予測されています。これは年金制度や医療制度の持続可能性を脅かすスピードで進んでおり、制度設計や財源確保は「待ったなし」の状態です。

2.出産コストの重さと都市偏重

大都市では住宅価格と教育費が高騰し、特に第二子以降の出産意欲を強く抑制しています。さらに戸籍制度のため、都市に移住した労働者の子どもが現地で教育を受けるには制約が多く、移民家庭にとって子育ては二重の負担になっています。

解決策(政策と提案)

1.三孩容認(三人っ子政策)+家族支援の全国展開

中央政府は、税控除、保育拡充、育児休業の改善、住宅・雇用支援などを組み合わせた包括的パッケージを打ち出しています。
特に2025年からは全国一律の乳幼児補助(0〜3歳・年3,600元=約7.5万円)が導入予定で、これまで地方ごとに異なっていた支援額を均一化します。こうした措置は地方都市での試行を経て全国展開され、子育てコストの地域格差を縮小する狙いがあります。

2.hukou改革の加速

学術研究によれば、都市での教育・福祉アクセス拡大は、移住世帯の第二子出産を促す効果が確認されています。hukou改革を加速し、移動人口が都市で安心して子育てできる環境を整えることが重要です。

3.子育て費用の総合的軽減

現金給付だけでなく、保育料や幼児教育費の軽減(公立無償化の拡大)、勤務時間の柔軟化、住居支援などを面でカバーする対策が求められます。子育て世帯の時間的・経済的・心理的負担を同時に下げることが、少子化の底打ちには不可欠です。

まとめ

中国の少子化は、単なる経済負担の問題にとどまらず、都市構造・労働慣行・制度設計といった社会の基盤に根ざしています。政府は政策の「総動員」を進めていますが、構造的な改革が伴わなければ効果は限定的です。

高齢化のスピードが世界的に見ても速い中国にとって、制度改革と家族支援の同時進行は避けられません。その過程は、日本や韓国、そして今後同じ課題に直面するアジア諸国にとっても、大きな参考例となるでしょう。

韓国:世界最低出生率の壁と“文化・構造”の厚み

ソウル

韓国は長年、超学歴社会・都市集中・住宅価格の高騰・長時間労働・ジェンダー不平等という“複合要因”が絡み合い、出生率の回復が難しい状況にあります。

🔵超学歴社会:大学進学率が世界最高水準で、就職競争が激化。これにより、子どもへの教育投資(塾や習い事などの私教育)が家計の大きな負担になっています。

🔵都市集中:人口と産業が首都ソウルに極端に集中し、地方の若年人口が流出。

🔵住宅高騰:特にソウルのマンション価格は平均世帯所得の何倍にも達し、結婚や子育てをためらう理由になっています。

🔵ジェンダー不平等:家事・育児負担が女性に偏り、職場でも間接的なキャリア不利が根強く存在します。

2023年の合計特殊出生率(TFR)は0.72と過去最低、2024年も0.75とわずかな上昇にとどまりました。一方で私教育(塾など)への支出は2023年に27.1兆ウォン(約3兆円)と過去最大を更新し、子育ての心理的・経済的負担は軽くなっていません。

いま起きている問題

結婚・出産の先送り

高額な住宅価格と教育費が、第二子・第三子どころか第一子出産の時期そのものを遅らせています。晩婚化・非婚化が進み、出産適齢期を迎える前に「もう子どもを持たない」という選択をする人も増えています。

地域の人材空洞化

若者のソウル一極集中により、地方都市では人口減少と産業縮小が同時進行しています。企業や学校の撤退が地域経済をさらに弱め、人口回復の見込みを低くしています。

解決策(政策と提案)

現金給付+生活実感の改善

韓国政府は、初めての出産時に「ファーストミーティング」支給金200万ウォン(約22万円)を提供。さらに0歳児には月100万ウォン、1歳児には月50万ウォンの現金やバウチャーを給付する制度を拡充しています。しかし専門家からは「現金だけでは出生率回復に効果が限定的」との指摘が続いています

通勤時間の短縮×住宅供給(GTXなど)

韓国では、郊外とソウル中心部を結ぶ高速鉄道網「GTX(Great Train Express)」の整備を進めています。これにより郊外の住宅供給を増やし、通勤時間を短縮して家族との時間を確保する狙いがあります。

企業文化・男女平等改革

🔵男性育休の常態化と取得率向上

🔵間接差別の是正(出産や育児による昇進・雇用機会の不利益をなくす)

🔵非正規・フリーランスも利用できる育児制度の整備

これらは就労と育児の両立を可能にするための本丸とされ、出生率底打ちのカギになります。

移民政策の現実路線化

少子高齢化による労働力不足を補うため、移民受け入れの議論が本格化。同時に社会統合策(教育・言語支援、文化交流など)を組み合わせることで、定住化と地域活性化を図る動きが出ています。

まとめ

韓国の少子化は、経済負担だけでなく、教育・住宅・労働・ジェンダーといった文化・構造の厚い壁に阻まれています。

現金給付やインフラ整備は重要ですが、それだけでは限界があり、企業文化の改革やジェンダー平等の実現といった根本的な構造改善が必要です。

さらに、人口維持のためには移民政策を含めた多角的な人口戦略が不可欠であり、その選択は社会の将来像を左右することになるでしょう。

3国比較で見える“共通の肝”

家族のイメージ 重ねる手

1.お金だけでは動かない

3国に共通しているのは、現金給付は必要条件だが十分条件ではないという現実です。確かに出産や子育てに対する給付金は短期的な経済的負担を軽減しますが、それだけでは出生率の底打ちには直結しないことが、各国の経験から見えてきます。

背景には、

🔵教育費の高さ(特に私教育・塾費用)

🔵住宅価格の高騰

🔵長時間通勤・長時間労働

🔵ジェンダー役割の固定化(育児負担の偏りや職場でのキャリア不利)

といった構造的な要因があります。

これらに手をつけない限り、現金給付は「一時的な支え」にとどまり、長期的な行動変化には結びつきにくいのです。

2.家族支援は“点”から“面”へ

効果的な少子化対策は、単発の支援ではなくライフステージを通じた連続的な支援ラインの構築です。具体的には、

1.妊娠前(不妊治療や健康支援)

2.出産時(給付金・休暇制度)

3.0〜3歳(保育施設・育児サービス)

4.学齢期(教育費支援・学童保育)

このように、妊娠前から学齢期まで切れ目なく支援をつなぐことが、長期的な出生意欲の維持につながります。タイや中国はまさにこの方向性に舵を切っており、制度の“面”としての整備が進んでいます。

3.都市政策が出生政策

暮らす場所と働く場所の設計そのものが出生意思を左右するというのも共通の教訓です。

🔵韓国ではGTX(高速都市鉄道網)を整備し、郊外の住宅環境を改善しつつ通勤時間を短縮。

🔵中国では幼稚園と保育所・保育園の無償化拡大により、都市部での子育てコストを引き下げる試みが進行中。

いずれも、「時間」と「住まい」への投資を通じて、家庭生活と仕事を両立しやすい環境を整えることを狙っています。長時間通勤や高額家賃が続く限り、出生意欲の回復は難しいため、都市インフラと住宅政策は少子化対策の中核です。

4.制度の“入り口”を広げる

制度の利用条件が厳しいほど、支援を受けられない層が生まれ、特に第二子・第三子の出産意欲が削がれます。

🔵中国の戸籍制度(hukou)では、都市に移住した家庭が現地で教育・福祉を受けるのに制限があるため、子育てに二重の負担がかかります。

🔵タイでは、児童手当の所得制限が壁となり、本来支援を必要とする家庭が取りこぼされるケースがあります。

こうしたアクセス障壁を下げる改革は、第二子以降の出産を後押しする上で重要な鍵です。

まとめ:少子化は今ここにある未来

紙の家族のシルエット

少子化は、経済成長の鈍化や社会保障の圧迫といった「未来の問題」ではなく、すでに現在進行形で生活や経済に影響を与えている現実です。

タイ・中国・韓国の事例は、それぞれ異なる歴史や文化を背景に持ちながらも、「給付金だけでは出生率は動かない」という共通の結論を示しています。

不妊治療から保育、教育、住まい、働き方、そして制度アクセスまで——人口減少の歯止めには、個々のライフステージを支える「面での支援」と、生活基盤そのものを変える「構造改革」が欠かせません。

これらは一朝一夕には成果が出ませんが、逆に言えば、今始めなければ10年後・20年後の社会の選択肢は確実に狭まります。

人口構造は国の「骨格」です。東アジアの3か国が直面する課題は、日本を含む多くの国々にとっても、他人事ではありません。

今、どのような未来を選び、どのような社会を築くのか——少子化対策は、その問いに答えるための試金石と言えるでしょう。

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