少子高齢化などによる人手不足を解消するために、定年制の廃止を検討している企業は多いのではないでしょうか。
しかし、定年制の廃止を安易に決めてしまうと、企業の経営状況を悪化させる可能性があります。
そこで今回は、定年制を廃止するメリットやデメリット、実際に廃止した企業の成功例などを解説します。
定年制を廃止するメリット
定年制を廃止すると、従業員が持つノウハウを最大限に活用でき、採用コストを減らすこともできます。ここでは、定年制を廃止するメリットを解説します。
従業員のノウハウを最大限に活用できる
定年制を廃止するとベテラン社員の定年退職を防げるため、社員が持つノウハウや人脈などを最大限に活用できます。
そのノウハウを活かすことにより、企業の経済活動を安全かつスムーズに進められるでしょう。
定年により40年以上の経験を持つベテラン社員が抜けた結果、工場での労働災害に繋がっているケースがあります。現場のすべてを把握している社員が抜けると、安全管理や品質管理が行き届かなくなり、さまざまな影響が発生するので注意が必要です。
定年制を廃止すれば、ベテラン社員が会社に在籍している間に、若手社員を育てて企業の底力をアップさせることも可能です。
採用コストを削減できる
社員が定年退職すると、新しく社員を雇う必要があります。
厚生労働省が発表した「採用における人材サービスの利用に関するアンケート調査」によると、正社員一人当たりの平均採用コストは85.1万円となっています。同じ年に定年退職者が大量に発生すると、中小企業にとって採用コストは大きな痛手です。
定年制を廃止すれば退職を遅らせるとともに、退職のタイミングを分散できるため、採用コストの削減が期待できます。また、新しく社員を採用すると、教育コストも発生します。当然、ベテラン社員には、新入社員のような教育コストは発生しません。
このように、定年制の廃止には、採用コストと教育コストを削減できるメリットがあります。
助成金を申請できる
65歳超雇用推進助成金は、高齢者雇用のために制度整備などを実施した事業主に対して支払われる助成金です。65歳超雇用推進助成金は、次の3つのコースに分かれています。
・65歳超継続雇用促進コース
65歳以上への定年引上げや定年制の廃止などを実施した事業主に対して、助成金が支給されます。助成金額は定年引上げの年齢などにより変化します。
・高齢者評価制度等雇用管理改善コース
高齢者の雇用促進を図るための、雇用管理制度の整備を実施した事業主に対して支給されます。支給対象の経費は、専門家への委託費やコンサルタントへの相談料・整備に必要な機器やソフトウェアなどです。
・高齢者無期雇用転換コース
50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を、無期雇用労働者に転換させた事業主に対して支給されます。
定年制を廃止すると人件費が増えるのではないかと心配する経営者は多いですが、助成金を利用すれば、人件費の負担を減らせます。
社員が長期間安定して働ける
老後2,000万円問題や年金支給額が減ることなどにより、老後の資金に不安を持っている人は多いです。定年制が無くなれば継続的な給与収入を見込めるため、社員が安心して働けるようになります。
モチベーションも上がり、仕事に対する姿勢が変化して、業績にも良い影響を与えるでしょう。このように、定年制の廃止は企業と会社の双方にメリットがあります。
定年制を廃止するデメリット
定年制の廃止は、人件費の増加と人間関係の悪化などに懸念があります。ここでは、定年制を廃止するデメリットについて解説します。
人件費が増える
年功序列で在籍年数が多いほど給与が上がる日本企業では、定年制を廃止すると人件費が増える恐れがあります。
人件費が増えると経営状況が悪化する可能性があるため、定年制を廃止する場合は、給与体系の検討が必要です。例えば、成果報酬制を導入してその人に見合った給与を支給する、役職定年制を導入するなどして、人件費の高騰を防ぐ必要があります。
ただし、単に給与を減らすための制度を導入すると社員から不満が出るため、ベテラン社員や若手社員の意見を聞き取って検討することが大切です。
組織の硬直化
ベテラン社員が歳を重ねても同じ役職や地位のままだと、ポストが空かずに若手社員の不満が溜まったり、組織が硬直化したりします。成果を上げているのに出世できないと、退職してしまう可能性もあるため注意が必要です。
ただ、一定の年齢に達した社員を一律に平社員と同じように扱うと、若手・中堅社員の方が立場が上になり、人間関係が難しくなるケースがあります。社内の人間関係を円滑に進めるには、その人の能力や人間性などを判断して、最適な役職や立場に就けることが大切です。
定年制の廃止が進む背景
少子高齢化
日本で定年制の廃止が進む背景には、政府が少子高齢化対策のために、労働力の確保を目指していることが大きな理由です。
高齢者雇用安定法(正式名称:高齢者等の雇用の安定に関する法律)は、2012年(2013年施行)に大幅改正され、以下のいずれかの措置を講じることが義務付けられました。
・定年を65歳への引き上げ
・65歳までの継続雇用制度の導入
・定年制の廃止
企業は、社員を65歳まで雇用するか定年制を廃止する必要があります。この高齢者雇用安定法により、多くの60歳以上の労働者が、65歳までは働けるようになりました。
内閣府が発表している「令和4年版高齢社会白書」によると、令和3年の高齢者の就業率は10年前と比べると以下のように増加しています。
・60~64歳:14.4%増
・65~69歳:14.1%増
・70~74歳:9.8%増
・75歳以上:2.1%
出典:内閣府「令和4年版高齢社会白書」
このように就業率が大きく伸びたのは、高齢者雇用安定法が一つの要因となっています。
また、高齢者雇用安定法では、70歳までの就業機会の確保を、事業主の努力義務としています。70歳までの定年の引上げや、継続雇用などを講じるよう努めることとされていて、将来的に、より高齢者の就業機会が増えていくでしょう。
定年制廃止の現状
ここでは、定年制を廃止した企業の割合や、定年制廃止の成功事例などを解説していきます。
定年制を廃止した企業は4%
厚生労働省の「令和4年 高年齢者雇用状況等報告」によると、調査の対象となった235,875社のうち、定年制を廃止したのは9,248社(3.9%)でした。このうち、中小企業では4.2%、大企業では0.6%となっています。
人事院が発表している令和2年の「民間企業の勤務条件制度」では、定年制の今後の変更予定を調査しています。
調査対象となった7,534社のうち、定年制の変更が決まっている会社は2.8%、変更を検討中の会社は19.1%でした。変更が決まっている会社のうち、定年制廃止を決めている会社は4.3%と少数です。
定年を65歳まで引き上げる企業は多いですが、定年制の廃止にまで踏み込む企業はまだまだ多くないと言えます。
定年制の廃止や引き上げに成功した事例
ここでは、実際に定年制を廃止して成功した中小企業の事例を紹介します。
株式会社大観荘
1300年の伝統を誇る福岡県の温泉旅館の株式会社大観荘は、本人に働く意思があり健康であれば、70歳まで再雇用する制度を取り入れました。
旅館の業務の特性上、豊富な社会経験は重要な要素で、安定的に上質なサービスを提供するには、年配の従業員の役割が大きいと考えられています。一方で、60歳を超えると体力の衰えや家庭的な事情から退職する社員がいるのも現状です。
定年や雇用制度の見直しをするにあたり、事業主と従業員代表で検討会を実施して、全員が納得できるような形で、働き続けられる職場づくりの構築に取り組んだのです。
具体的には、以下のように労働環境を変更しました。
・定年は65歳、本人に働く意思があり健康ならば70歳まで継続雇用
・仕事内容や役割に変更がない場合は、賃金や給与・昇給はそれまでと同じ
・体力や家庭の介護など状況に応じて短時間勤務の選択が可能
・宿泊客のチェックアウト後の清掃は身体的負担が大きいため外注化
・ITシステムの導入により業務を効率化を実施
上記のような労働環境の改革を行った結果、宿泊客には安定したサービスを提供でき、従業員は安心して長期的に働けるようになりました。
有限会社すずらん
介護施設を運営する有限会社すずらんは、定年を70歳に引き上げ、定年後は一定条件のもと年齢の上限なく再雇用する制度を取り入れました。
平成14年に設立した会社で、歴史が浅く資金や制度面の整備が不十分だったため、人材確保に課題を抱えていました。高齢者が長く働ける制度を作るだけでなく、すべての従業員に生涯現役で働いてもらうために、以下の取り組みを実施しました。
・社長が自ら現場の職員の声を聞いたり、アンケートを実施するなど風通しの良い環境作り
・定年を70歳に引き上げ、健康面を考慮した上で有資格者を中心に99歳まで継続雇用
・継続雇用時は従前と同じ賃金
・従業員の意見を取り入れて企業型確定拠出年金制度を導入
・ベテラン高齢職員が講師となって資格取得をサポート
有限会社すずらんでは、年齢の上限なく再雇用する制度を取り入れ、実際に90歳の職員が在籍しています。
70歳以上の職員も6名在籍しているなど、制度改革の効果が出ています。将来的には、定年を廃止する予定とのことです。
定年制に関する書籍について
以下の書籍が定年制について書かれている書籍になります。ご参考にしてください。
まとめ
定年制を廃止するメリットは、経験豊富な社員のノウハウを最大限活用できる・採用コストを削減できる、などのメリットがあります。しかし、能力が低い人材も残る・人件費が増えるなどのデメリットもあります。
定年制廃止を検討する際には、高齢となった社員の体力や能力に合わせて、業務内容を変更するように設計することが大切です。
歳を重ねた社員は、集中力や判断力の低下、病気を患うなどのリスクがあります。特に肉体労働が必要な現場や、精密な作業が必要な現場では能力の低下が顕著に現れるため、それを見越した上でのマネジメントや環境整備が求められます。
更に生産性を高めていくためには、柔軟に配置転換をすることも大切です。集中力が続くように労働時間や業務内容を本人とも相談して、適材適所に配置する必要もあります。
また、人件費を抑えるためには、役職定年の導入や、成果報酬制にするなどの方法があります。
現在、日本では定年の廃止が進んでいますが、厚生労働省の調査によると実際に廃止したのは、全体の約4%に留まっています。定年制を導入して労働力の確保や、サービスの質の維持に成功した企業もあるため、積極的に取り組んでいくことが大切です。