本セッションでは、企業の持続的成長と競争力強化に向けた「取締役会(ボード)」の役割、特にイノベーション推進と多様性(ダイバーシティ)の重要性について議論が交わされました。登壇者たちは、自らの経験や具体的な事例をもとに、企業が変化に適応し成長を続けるための戦略的視点や実践的アプローチを紹介しました。
登壇者プロフィール
Jackie Mah(ジャッキー・マー)
マレーシア企業取締役協会(Institute of Corporate Directors Malaysia, ICDM)専務副会長。企業統治と取締役会機能強化の専門家として、多くの企業でガバナンス改革を支援。
Kulvech Janvatanavit(クルベッチ・ジャンバタナヴィット)
タイ取締役協会(Thai Institute of Directors Association)CEO。取締役研修や企業倫理、リーダーシップ育成を通じてタイ企業の国際競争力強化に尽力。
Vincent(Patrick)Tobias(ヴィンセント〈パトリック〉トビアス)
アヤラ・コーポレーション(Ayala Corporation)イノベーション部門責任者。フィリピン有数のコングロマリットで、先端技術導入と新規事業開発を統括。
Dan Toma(ダン・トマ)
OUTCOME CEO。企業のイノベーション戦略設計や実行支援の第一人者であり、複数の国際的企業の変革プロジェクトを推進。
イノベーションとEBITDAの両立
議論の出発点は、「企業はどのようにEBITDA(営業利益)を維持しながら、ネットゼロ目標や新規事業に投資できるか」というテーマでした。
一例として、あるエネルギー企業はガス事業の収益が低下した際、その事業から得られるキャッシュフローを新たな事業への投資に回し、長期的成長の基盤を確保しました。
このように、既存事業の収益を活用してイノベーションを資金面から支えることが、ボードの重要な役割であると強調されました。
イノベーションに割くべき時間と産業特性
イノベーションにどれだけの時間とリソースを割くべきかは業界によって異なります。急速に変化する業界(例:テクノロジー、通信)では、常にイノベーションを意識しなければ競争力を失います。
一方、安定した業界(例:航空機内装)では、変化のスピードは遅いものの、それでも新しい技術やアイデアへの投資は必要です。
パネリストは、理想的には業務の50%以上をイノベーション関連活動に費やすべきだと述べましたが、これは業界の動態や市場機会の緊急度に左右されるとしています。
多様性が生む競争優位性
多様性のある取締役会は、性別や年齢、背景の違いから生まれる幅広い視点を提供し、より質の高い意思決定につながると指摘されました。
ある調査では、性別多様性が高い(女性比率30〜40%)ボードは、ROE(自己資本利益率)が43%向上するという相関が示されています。
たとえば、女性メンバーは消費者行動や市場インサイトに関して独自の視点を持つ場合が多く、また若い世代の取締役はソーシャルメディアの重要性やデジタル戦略に敏感です。
一方、経験豊富なメンバーは事業運営やリスク管理の知見を提供します。これらの異なる強みが融合することで、革新的かつ実効性のある意思決定が可能になります。
多様性を欠くことのリスク
逆に、多様性の欠如は戦略的盲点を生む可能性があります。
ある女性向け健康事業のボードが全員男性で構成されていた事例では、顧客層の理解が不十分となり、意思決定の質が低下する懸念が指摘されました。
また、取締役の経歴や専門分野を見れば、その企業の戦略的方向性がある程度予測できるとも述べられました。多様なバックグラウンドを持つメンバーが揃っているかどうかは、その企業が新しい成長機会を探索する姿勢の指標となります。
過去から学ぶ:Kodakの教訓
Kodakは1970年代に世界初のデジタルカメラを発明しましたが、既存のフィルム事業への影響を恐れて製品化を控え、その技術を秘匿しました。
結果として、特許が2007年に失効し、2012年には会社が破産に至りました。この事例は、イノベーションが社内に存在しても、経営陣やボードの支持を得られなければ事業化は困難であることを示しています。
ボードが投げかけるべき質問
イノベーションを促進するためには、ボードが適切な質問を投げかけることが重要です。
例えば、
🔵「誰と競争しているのか?」ではなく「何と競争しているのか?」と問うことで、発想の幅を広げられます。
🔵Starbucksの例では、「なぜ顧客は戻ってくるのか?」という問いに対し、常連客の嗜好を把握し、個別対応できるバリスタの存在が鍵だとされました。
このように、顧客接点で得られる情報を戦略に反映させる姿勢が、革新的なアイデアの発掘につながります。
まとめ
本セッションでは、取締役会が果たすべき役割として以下のポイントが強調されました。
1.既存事業の収益を活用してイノベーションを資金面から支える。
2.業界特性に応じてイノベーションへの投資比率を調整する。
3.多様性のあるボードは意思決定の質を高め、成長機会の発見を促す。
4.過去の失敗事例から学び、経営陣全体で新技術を支援する体制を整える。
5.適切な質問を通じて、顧客や市場の変化を捉える。
このように、ボードが多角的な視点と戦略的思考を持つことは、企業が変化の激しい市場で持続的に成長するための鍵となります。