日本の中小企業では近年、人手不足が深刻な経営課題となっています。少子高齢化による労働力人口の減少や都市部への人口集中、産業構造の変化など様々な要因が重なり、都市圏・地方を問わず多くの企業が必要な人材を確保できない状況です。
実際、帝国データバンクにおいて2024年初頭には正社員が「不足」と感じている企業が全体の52.6%に達し、2024年夏の日本商工会議所の調査でも「人手不足」と答えた中小企業が63.0%に上りました。
こうした傾向はコロナ禍後に一段と強まり、2025年1月時点では正社員不足を感じる企業が53.4%とコロナ禍以降で最悪の水準に達しています。
本記事では、2025年時点の最新データなどを踏まえ、中小企業全般が抱える人手不足の現状と要因を整理し、多角的な解決策を解説します。
人手不足の現状と影響
中小企業における人手不足感は、コロナ禍で一時的に緩和したものの再び強まってきています。有効求人倍率(求職者1人あたりの求人数)は直近で約1.25倍と求人数が求職者数を大きく上回る売り手市場が続いており、特に中小企業では人材確保の競争が厳しくなっています。
「人手不足倒産」と呼ばれる、人材流出や採用難が原因の倒産も増加傾向にあり、2024年度は過去最多の350件に達して2年連続で記録を更新しました。
帝国データバンクは「大企業中心の賃上げ競争に中小企業が追いつけず人材流出が進めば、今後も人手不足倒産が高水準で推移する」と警鐘を鳴らしています。
産業別に見ると、人手不足はほぼ全ての業種で共通の課題ですが、IT人材に対する需要増が著しい情報サービス業では約77%の企業が「人手不足」と回答し過去最悪となったほか、「2024年問題」(時間外労働規制強化)の影響を受けた物流業(約72%)や医療(71%)、建設業(69%)でも7割前後の企業が慢性的な人員不足に直面しています。
またインバウンド需要が急回復した旅館・ホテル業でも約68.6%が人材不足を感じており、サービス業全般に人手確保の難しさが広がっています。
地域差にも留意が必要で、地方圏では都市部に比べて若年層人口の流出や賃金水準の格差が大きく、正社員の人手不足感は地方の方が一段と深刻との指摘があります。地方では「同じ働くなら賃金の高い都市へ」という傾向から地域産業の担い手が減り、過疎化と相まって中小企業の経営基盤を揺るがす問題となっています。
人手不足が深刻な業界ランキング(2025年版)
以下は、2025年1月時点で提供された調査データに基づく「人材不足業界ランキング」です。正社員および非正社員の人手不足割合を、それぞれの業種ごとにランキング形式でまとめています。
🔶 正社員の人材不足業界ランキング(2025年1月)
順位 | 業種 | 不足割合(%) | 備考 |
1位 | 情報サービス | 72.5% | システムエンジニア(SE)不足が顕著。高水準を維持。 |
2位 | 建設 | 70.4% | 「2024年問題」の影響。高齢化・若手不足で深刻化。 |
3位 | メンテナンス・警備・検査 | 66.5% | 安定的に高い人材需要。 |
4位 | 運輸・倉庫 | 66.4% | ドライバーや倉庫作業員の人材不足が継続。 |
~8位 | その他4業種(名称不明、6割台) | 約60%超 | 調査上は8業種が60%以上の不足率。 |
※全体平均:53.4%(前年1月比で増加、過去最高)
🔶 非正社員の人材不足業界ランキング(2025年1月)
順位 | 業種 | 不足割合(%) | 備考 |
1位 | 人材派遣・紹介 | 65.3% | 引き合い多数、供給追いつかず。3年7カ月ぶりに首位。 |
2位 | 飲食店 | 60.7% | コロナ後の回復とDXで改善も、依然高水準。 |
3位 | 各種商品小売(百貨店等) | 56.8% | 接客・販売員の確保が課題。 |
4位 | 飲食料品小売(スーパー等) | 54.5% | 食品小売業の人材依存度が高い。 |
5位 | 旅館・ホテル | 50.0% | 非正社員の回復や自動化の進展でやや改善。 |
※全体平均:30.6%(2年ぶりに3割超え)
業界別の人手不足の背景と要因
情報サービス業
デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展やAI、クラウドサービスの普及に伴い、IT人材の需要が急増しています。特に、システムエンジニア(SE)や開発者、データサイエンティストなど高度なスキルを持つ人材が深刻に不足しており、企業間での人材獲得競争が激化しています。
このような中、SEの不足は構造的な課題となっており、賃上げやリモートワークへの対応が、優秀な人材の確保における重要な鍵となっています。
建設業
技能労働者の高齢化と若年層の志望者の減少が深刻な課題となっています。さらに、2024年4月から施行された時間外労働の上限規制(いわゆる「2024年問題」)の影響も大きく、働き方改革の推進や人件費の上昇により、企業の経営負担が増大しています。
建設業界は、働き方改革と高齢化という二重の課題に直面しており、技能の継承を支援する体制の整備が急務となっています。
メンテナンス・警備・検査業
労働集約型であり、機械化やデジタル化が難しい業務が多いため、人手不足の影響を直接受けやすい特徴があります。特に警備業では、高齢化が顕著であり、警備員の平均年齢は50歳を超えています。
運輸・倉庫業
EC市場の拡大に伴い、物流業界の需要は増加していますが、ドライバーや倉庫作業員の採用が追いついていません。特にトラックドライバーの不足は深刻で、長時間労働や低賃金、不規則な勤務形態などが若者の就業意欲を低下させる要因となっています。
飲食業・宿泊業
新型コロナウイルス感染症の影響で一時的に需要が減少しましたが、経済活動の再開や観光推進により宿泊需要は回復しました。一方で、賃金水準の低さや長時間労働、有給休暇の取得の難しさなどから人手確保が難しく、もともと離職率が高い業界でもあります。
人材派遣・紹介業
需給のミスマッチが深刻化。派遣労働への依存が進んでいます。
非正社員において
接客・販売・宿泊といった労働集約型産業が上位を占めますが、コロナ禍で落ち込んだ雇用の回復も見られます。
地域・企業規模別の傾向
中小企業
従業員規模が小さいほど人手不足の深刻度が高く、特に5人以下の小規模企業では「非常に深刻」と回答した割合が20.7%、「深刻」と合わせると75.9%に達しています。
地方企業
若年層の都市部への流出が続く中、特に高度な専門スキルを持つ人材の地方定着が困難になっています。雇用機会や給与水準の地域格差に加え、配偶者の転職先の少なさや子どもの教育環境の問題も、UIJターン就職を阻む要因となっています。
業界現場に広がる「しわ寄せ」の現状
上記のような人手不足は各業界の現場に様々なしわ寄せ(負担や弊害)を生んでいます。代表的な影響とその実態を見てみましょう。
🔵長時間労働の常態化と過重負担
人手が足りない分だけ一人当たりの業務量が増え、残業や休日出勤が当たり前になる職場が増えています。例えば建設や外食産業では、慢性的な長時間労働によって従業員の疲労蓄積や健康悪化が深刻です。長時間労働は集中力の低下やミスの増加にもつながり、生産性を下げる悪循環を招きます。
🔵離職率の上昇と人材流出
過重労働や職場環境の悪化は従業員のモチベーションを低下させ、有能な人材ほど見切りをつけて離職しやすくなる傾向があります。特に若い世代はワークライフバランスを重視するため、無理な働き方を強いられる職場からは早期に転職してしまうことも少なくありません。こうした離職が相次ぐと残った社員の負担がさらに増え、追加の退職を生む「退職の連鎖」が起きる危険も指摘されています。結果として慢性的な人手不足から抜け出せない悪循環に陥っている企業も多いのです。
🔵サービス品質の低下と経営への打撃
人手不足の影響で提供できるサービス水準を落としたり、事業そのものを縮小せざるを得ないケースも出ています。例えば介護施設では職員不足のため新規利用者の受け入れ制限や施設閉鎖に追い込まれる例が報告されています。飲食店や小売店では、人手不足の影響で飲食店では残った食器の片づけ不足や注文の遅延、小売店では店頭への在庫配置遅れが常態化しているのみならず、営業時間短縮や休業日増加も相次いでおり、顧客満足度の低下につながっています。
また、中小企業の中には「受注はあるのに人手が足りず対応できない」「納期遅延で信用を損ねた」など、人手不足でビジネスチャンスを逃す事態も生じています。
実際に、人手不足が主要因で倒産に至る企業も増加傾向にあり、2024年度の人手不足倒産は350件と過去最多を更新しました。特に建設業や物流業でこの傾向が顕著で、人手不足が企業の存続すら脅かす深刻な問題となっています。
人手不足の要因:人口動態・地域差・産業構造の変化
中小企業の人手不足を引き起こす背景には、以下のような要因が複合的に存在します。
🔵人口減少と高齢化
日本全体で生産年齢人口(15〜64歳)は長期減少傾向にあります。女性や高齢者の就業率向上によって一定程度の労働力確保が図られてきましたが、2019年以降は女性やシニアの就業者数も頭打ちとなり、いよいよ労働力供給の制約が表面化しています。つまり、働き手そのものが減少しているため、中小企業のみならず国内全産業で人材の奪い合いが発生している状況です。
🔵都市部への人口集中と地方の過疎化
若者を中心に東京圏など大都市へ人が流出し、地方では慢性的な人手不足に陥っています。地方は都市部より賃金が低い傾向があり、同じ仕事なら収入の高い都市で働こうとする人が多いため、地方産業の魅力が相対的に低下して人材流出に拍車がかかっています。
一方、都市部でも中小企業は大企業との人材競争に直面します。待遇や知名度で勝る大手企業に人材が集まりやすく、中小は採用で不利な立場に置かれがちです。
🔵産業構造・ニーズの変化
IT・DX需要の拡大によるエンジニア不足、介護ニーズ増による介護職員不足など、各分野で新たな人材需要が生じています。例えば企業のシステム刷新需要の高まりで「案件はあるが人材不足で受注できない」との悲鳴がIT企業から聞かれます。
また建設・運輸・医療では2024年4月から時間外労働の罰則付き上限規制が適用され、人海戦術で残業カバーすることもできなくなりました。既に規制直前の時点で建設・物流・医療の約7割の企業が人手不足と回答しており、労働時間規制により一層の人材逼迫が予想されています。このように法制度や市場環境の変化も、人材需給に影響を及ぼしています。
🔵中小企業の経営余力不足
大企業に比べ賃金や福利厚生の引き上げ余力が乏しい中小企業ほど、人手不足に陥りやすい傾向があります。特に近年は物価高騰によるベースアップ競争で「大企業は初任給30万円時代」と言われる中、賃上げについて行けない中小企業が増加することも予想されるとされます。こうした企業では人材流出・確保難が顕著になり、人手不足倒産のリスクも現実味を帯びています。
以上のような要因が重なり合い、2025年現在も中小企業の人手不足は「依然として深刻な状況」にあります。では、この難局を乗り越えるために中小企業はどのような施策を講じ得るのでしょうか。次章から、人材「獲得」と「定着」の両面から効果的な取り組み事例を見ていきます。
解決策|採用力強化:中小企業による人材確保の工夫
労働力人口が限られる中、必要な人材に出会うための「採用力強化」が中小企業にとって喫緊の課題です。大企業のように潤沢な採用予算や知名度を持たない中小企業でも、発想を転換し工夫を凝らすことで人材確保のチャンスを広げることができます。ここでは、中小企業が実践する採用手法の工夫を紹介します。
🔵多様な採用チャネルの活用
ハローワークや求人情報サイト、人材紹介会社(エージェント)など外部の採用ルートを幅広く活用し、人材にリーチする母集団を増やします。商工中金の調査でも、中小企業は「自社だけでなく求人媒体や合同説明会、人材紹介等の外部サービスを駆使して経営課題に合った人材確保を図る必要がある」と指摘されています。
特に近年は全国規模で利用される求人検索エンジン(Indeed等)や専門人材に強いエージェントも充実しており、これらを組み合わせることで地元だけでなく広域から人材を募ることが可能です。
🔵SNS採用の活用
InstagramやX(旧Twitter)、TikTokなどSNSを活用した採用活動も中小企業で広がりつつあります。SNS採用は求人広告費や紹介料が不要で低コストな上、自社の魅力や社員の声を発信して認知度向上やブランディングにもつなげられる手法です。
例えば、若手層にリーチしやすいInstagramで社風や職場の雰囲気をビジュアル発信したり、Twitterで社員の日常や募集職種の魅力を発信するといった取り組みです。拡散力によって思わぬ人材と出会える可能性もあり、「採用難の時代に中小企業こそSNSを活用すべき」とする専門家もいます。もっとも運用には定期発信や炎上対策など手間も伴うため、社内で役割を決め計画的に進めることが大切です。
🔵副業人材・プロ人材の登用
大企業等に所属しながら勤務時間外で他社の業務を手伝う「副業人材」や、特定の専門スキルを持つフリーランス人材の活用も注目されています。政府の副業解禁推進もあり、近年副業を容認する大手社員が増えていますが、そうした高い専門性や経験を持つ人材を中小企業が外部からスポット的に活用する動きです。副業人材を上手に受け入れれば、社内にないノウハウや技術の獲得、新規事業の推進にもつながります。
例えば、鳥取県のある設備会社ではECサイト立ち上げに際し、流通に詳しいIT企業勤務の副業人材を招へいし、スピーディーにネット販売を開始することに成功しました。
また静岡県の飼料メーカーでは、事業計画策定や広報のプロ人材2名を副業で採用し、事業承継を見据えた新商品開発プロジェクトを前進させています。このように、副業・プロ人材の力を借りることで、自社の人的資源を拡充する取り組みが各地で成果を上げています。国や自治体も「プロフェッショナル人材事業」などを通じて、都市部の人材と地方企業のマッチング支援を行っており、地域創生の観点からも副業人材の活躍推進が図られています。
🔵リファラル採用(社員紹介)・縁故採用
自社の社員や経営者の人脈を通じて知人・友人を紹介してもらうリファラル採用は、企業文化にマッチしやすい人材を低コストで採用できる手法として注目されています。大企業では制度化が進んでいますが、中小企業でも「社員の紹介」を積極的に活用する動きがあります。
例えば日本商工会議所の調査では、シニア人材活用において「従業員による紹介」(リファラル採用)が採用ルートとして約47.3%と、公的機関に次ぐ高さで民間職業紹介(36.1%)を上回ったとの結果が出ています。社内の雰囲気をよく知る社員が紹介することでミスマッチが減り、早期離職リスクも抑えられるメリットがあります。紹介者へのインセンティブ(報奨金)制度を設けたり、OB/OGに声をかけるなど、「人の縁」を活かした採用も中小企業ならではの有効策です。
🔵インターンシップ・地元人材の発掘
新卒採用では、就業体験を提供するインターンシップが中小企業こそ有効とされています。学生に、実際の業務や職場の雰囲気を知ってもらうことで入社後のミスマッチを防ぎ、定着率向上につながるとのデータもあります。近年は大学生だけでなく、高校生向け長期インターンを行う中小企業も増えてきました。
また地方企業の場合、Uターン・Iターン希望者(都市出身や地方出身で地元回帰を望む人材)にアプローチすることも重要です。自治体や商工会議所が主催するUIJターン就職相談会やウェブマッチングを活用し、「地元に貢献したい」という人材とのマッチングを図る取り組みも各地で実施されています。例えば、ある県では東京圏の出身者にUIターン求人を紹介するオンライン面談会を開催し、地元企業への採用に結びつける試みを行っています。
以上のように、中小企業は自社の規模や地域特性に応じた採用チャネルの多角化と創意工夫で人材確保の可能性を広げています。「待ちの採用」から「探し・呼び込む採用」へと発想を転換し、社内外のあらゆるリソースを動員する姿勢が求められます。
解決策|定着率向上:人材が辞めない職場づくり
獲得した人材をいかに定着させるかも、中小企業の大きな課題です。人手不足の時代には人材の流動性が高まるため、せっかく採用した社員に長く戦力として働いてもらうための環境整備が欠かせません。「人が辞めない職場づくり」の代表的な取り組みを以下に整理します。
🔵職場環境・労働条件の改善
社員が安心して働き続けられる働きやすい職場環境を整えることが第一歩です。具体的には、無理な長時間労働の是正や有給休暇の取得推進、安全で快適な作業環境の整備、適正な人員配置による一人当たり負荷の軽減などが挙げられます。厚生労働省も中小企業向けに「職場環境の改善や長時間労働抑制」を支援しており、企業自らも業務プロセスの見直し等で残業削減に努める動きが広がっています。
実際に、「小規模ながら多能工化(一人で複数の業務をこなせるよう訓練)とテレワーク導入を進め、誰もが働きやすく休みやすい職場にした結果、人材が定着した」という成功例も報告されています。
また、中小企業においては賃金水準で大企業に見劣りする分、福利厚生の充実(例えば家賃補助や資格取得支援、家族手当等)やきめ細かな社員ケア(誕生日休暇や表彰制度など)でカバーする工夫も有効です。社員に「大切にされている」という実感を持ってもらえる環境づくりが定着率アップにつながります。
🔵柔軟な勤務制度の導入
多様な人材がそれぞれの事情に合わせて働き続けられるよう、働き方の柔軟性を高める取り組みも重要です。例えばフレックスタイム制や時短勤務、週休3日制の導入、リモートワーク(テレワーク)の推進などが挙げられます。中小企業は対面重視でテレワーク導入が遅れがちとも言われますが、コロナ禍を経てITツールが普及した今、可能な業務からリモート対応する企業も増えています。
リクルートの調査によれば、若手社員の定着に成功している企業群では「業務時間の柔軟化」や「テレワーク導入」を積極的に推進しているという特徴があり、柔軟な働き方の提供が定着率向上に寄与することが示唆されています。
実際に、「フルタイム勤務が難しい主婦層や副業希望者も働けるよう職場の設備・制度を整え、今まで就業できなかった優秀層を確保した」事例もあります。介護や育児と仕事を両立できる勤務制度を整えることで、女性やシニアの離職防止にもつながります。
🔵人材育成とキャリア支援
社員が将来の展望を持って働けるよう、研修制度の充実や適正な人事評価にも注力しましょう。中小企業では人材育成の仕組みが整っていないケースもありますが、仕事の内容・役割を明確にし、成果に応じた評価や処遇を行う企業ほど人材の定着傾向が高いことが調査で明らかになっています。
例えばOJTだけに頼らず社外セミナー受講支援や資格取得支援を行ったり、若手にも裁量ある仕事を任せて成長機会を与えることが有効です。また昇進・昇給のルートを透明化し、努力が報われる公平な評価制度を整えることで社員のモチベーションを維持できます。特に中堅企業では成果や職務内容に応じた評価制度を強化する動きが見られ、中小企業でも規模に合わせた人事制度見直しが進んでいます。
🔵コミュニケーション活性化とエンゲージメント向上
人間関係や社風も定着率に大きく影響します。経営層や上司が積極的に声をかけ、現場の意見を吸い上げる風通しの良い職場は社員の愛着(エンゲージメント)が高まりやすく、離職防止につながります。例えば定期的な1on1ミーティングで悩みを聞いたり、現場改善提案を採用する仕組みを作るなど、社員が「自分も会社を良くする一員」と感じられる環境づくりが重要です。
ある中小企業では経営者自ら若手社員とランチミーティングを行い意見を募る取り組みを続けた結果、意見の言いやすさとコミュニケーション活発さが定着の決め手になったといいます。また社員同士の交流機会(親睦会や社内イベント)を設けてチームワークを醸成することも有効でしょう。働きがいのある職場づくりは、人手不足時代の「人が辞めない会社」を実現するカギと言えます。
このように、中小企業が人材を大切にし、働きやすく成長できる職場を提供できれば、せっかく採用した人材の離職を防ぎ、長期的な戦力として育成することが期待できます。そのための支援として、国は「人材確保等支援助成金」などの助成制度を用意しており、公的支援も積極的に活用しながら、「人が辞めない会社」づくりを進めていくことが重要です。
解決策|業務効率化とDXによる省人化の取り組み
労働力の絶対数が不足する中では、IT・デジタル技術を活用して業務効率を高め、生産性向上によって人手不足を補うことも有力な解決策です。政府も中小企業のDX推進を支援しており、多くの企業が省人化に向けた投資を始めています。具体的な事例と対策を見てみましょう。
🔵RPA・業務自動化ツールの導入
定型的な事務作業やバックオフィス業務が多い企業では、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)ツールによる自動化が効果的です。例えばある外食チェーンでは、請求書やメニュー表の作成業務をRPAで自動化し、人手不足が深刻な店舗現場の従業員が接客業務に集中できるようにしました。
中小企業でも、経理の仕訳入力や在庫管理表の更新など繰り返し作業をソフトウェアロボットに任せることで、社員1人あたりの処理件数を飛躍的に増やせます。最近は中小向けの安価なRPAサービスも登場しており、「人を増やす前にロボットを増やす」発想で業務効率化に取り組む企業が増えています。
🔵AI(人工知能)の活用
AI技術も中小企業の省力化に役立ちます。例えば、簡易な問い合わせ対応にはチャットボット(AIによる自動応答)を導入して24時間自動で顧客対応し、人間の対応が必要なケースだけを担当者につなぐようにすれば大幅な工数削減になります。また近年注目の生成AI(ChatGPTなど)を企画書や商品説明文の草案作成補助に使い、事務作業の時間を短縮する試みも始まっています。
製造業では画像認識AIで不良品検知を自動化したり、需要予測AIで発注業務を効率化するといった導入例があります。これらAI活用は専門知識が必要とのイメージもありますが、最近はクラウド経由のサービスとして手軽に試せるものも増えており、中小企業でも少しずつ導入が進んでいます。
🔵クラウドツール・業務システムの導入
紙と手作業に頼っていた業務をデジタル化することで、「人手不足=業務停滞」という事態を防ぐことができます。例えば従業員6名の卸売業者が在庫管理と販売管理をクラウドシステムに移行し、会計ソフトもクラウド化した結果、データ入力作業が削減され業務の効率化・標準化に成功したケースがあります。クラウドERPやグループウェアを導入すれば、少人数でも受発注から在庫、顧客対応まで一元管理でき、担当者不在でも他のメンバーがフォローしやすくなります。またペーパーレス化によって印刷・郵送にかかる人的コストや時間も削減できます。
東京商工会議所のDX事例集でも、ある老舗メーカーがSNS発信やECサイト強化で新たな顧客層を獲得したり、別の企業が業務支援クラウドで売上高を伸ばした事例など、中小企業のデジタル活用成功例が数多く紹介されています。補助金(IT導入補助金等)を活用して自社に合ったITツールを導入し、生産性を高めて「人数が増えなくても回る業務体制」を築くことが、人手不足時代の生き残り戦略となります。
🔵ロボット・IoTによる自動化
製造業や建設業、小売業など現場作業が多い分野では、人に代わって働く機械の導入も省人化に寄与します。例えば中小の製造現場で協働ロボットを導入し、単純な組立・搬送作業を自動化したり、建設現場で遠隔操作やドローンを活用して少人数での測量・点検を可能にするといった取り組みです。
飲食店では配膳ロボットや食券機を導入し、ホールスタッフの負担軽減と外国人スタッフでも働きやすい環境整備(※後述)を図る例も出てきました。農業分野でも、人手不足対策として自動運転トラクターや収穫ロボットの実証が進んでいます。こうした先端技術はまだコスト面のハードルもありますが、政府の補助事業やリース活用などで導入を促進する動きがあります。将来的には「人が足りないならロボットを使う」が当たり前になる可能性もあり、中小企業も情報収集を怠らないことが重要です。
以上のように、デジタル技術による業務効率化・省人化は、中小企業が限られた人員で生産性を維持・向上させるための必須戦略と言えます。DXは一朝一夕には進みませんが、小さなことからでも社内のデジタル化を進めることが将来の人材難に備える投資となるでしょう。
外国人労働者の受け入れ状況と活用事例
国内人材の確保が難しい中、外国人労働者の活用も中小企業にとって重要な選択肢になっています。政府は2019年に新たな在留資格「特定技能」を創設し、建設・造船、介護、外食など人手不足が顕著な14分野で外国人材の受け入れを拡大しました。その結果、日本で働く外国人は年々増加し、2024年10月末時点の外国人労働者数は約230万2,600人と過去最多を更新しています。これは前年から約25万人(+12.4%)増加した数字で、外国人を雇用する事業所数も34万2,000拠点と過去最多となりました。製造業で働く外国人が約59万人と最も多く全体の26%を占めるほか、飲食料品製造や外食、介護、建設など中小企業の多い業界で外国人が貴重な戦力になっています。
日本商工会議所の調査によれば、中小企業の24.6%が既に外国人材を受け入れており、「今後受け入れたい」「検討中」を合わせると51.6%が前向きという結果が出ています。つまり約半数の中小企業が外国人雇用に関心を持っている状況です。
成功事例:地域企業の取り組み
実際、地方の旅館がベトナム人技能実習生をフロントスタッフとして迎え入れ外国語対応力を強化した例や、製造業の町工場が高度外国人材(エンジニア)を採用して新製品開発を加速させた例など、外国人の力で事業を発展させた成功事例も増えてきました。
もっとも、外国人材の活用には言語・文化の壁や定着支援など考慮すべき点もあります。そこで工夫されているのが「外国人が働きやすい職場づくり」です。例えば飲食店では、日本語が十分話せないスタッフでも接客できるよう、券売機での注文やテーブルのQRコード読み取りによるオンライン注文システムを導入し、言葉のハンデを補う仕組みを整えたケースがあります。これにより、日本語レベルに不安がある外国人でも問題なく働けるようになり、人材プールを広げることに成功しました。
採用の工夫とマッチング精度の向上
また、採用方法の工夫として、いきなり長期雇用契約を結ぶのではなく「まずは日払いの1日体験勤務からスタートし、双方が納得した上で本採用する」プロセスを取り入れた飲食店もあります。この店では4名を一日体験で受け入れて様子を見た上で2名を正式採用し、結果的に採用率が従来の2倍に向上したといいます。短期の職場体験を経ることで、外国人応募者の不安(職場環境になじめるか、日本語は大丈夫か等)を和らげる効果がありました。
外国人労働者の定着支援と動機づけ
さらに、外国人が働き続ける上では「お金を稼ぐ」以上の動機づけも重要です。多くの外国人労働者は母国の家族への仕送りを目的としていますが、それだけでなく仕事を通じた成長機会や日本でのキャリアパスを示すことでモチベーションを高め、長期定着につなげる努力も求められます。
具体的には、日本語教育支援を行ったり、社内の外国人同士が情報交換できるコミュニティを作る、中長期的には正社員登用のチャンスを提示する、といった取り組みです。また生活面のサポート(住居の紹介、行政手続き支援など)を充実させる企業もあります。
外国人材の活用による企業メリットと制度対応
このように手厚く受け入れることで、外国人社員が戦力として活躍し定着している中小企業も少なくありません。外国人材の採用は「人手不足や採用長期化に悩む企業にとって有益」との指摘もあり、うまく活用すれば労働力確保だけでなく社内の多様性向上や海外展開の足掛かりになるなどプラスの効果も期待できます。
一方で制度上の制約(在留資格による就労範囲の違い等)もあるため、採用にあたっては専門機関の情報提供を受けるとよいでしょう。法務省や厚労省、JETROなどが外国人雇用のガイドラインや相談窓口を用意しています。
地方自治体・商工会等との連携施策
人材不足解消に向けては、自治体や商工会議所、業界団体との連携も欠かせません。特に地方の中小企業では、自社だけで人材を集めるのが難しい場合に、地域ぐるみのサポートが力を発揮します。
各地の自治体では、中小企業の人材確保を支援するための様々な事業が展開されています。例えば経済産業省は、地域の中小企業が都市部の副業・兼業プロ人材などとマッチングできるよう、「地域の人事部」立ち上げ支援を行っています。
この取り組みでは、地方自治体や地元金融機関などが中心となり、地域企業の求人情報を発掘・発信し、Uターン・Iターン希望者や都市部の専門人材との橋渡しを担っています。地方自治体や地元金融機関などの地域関係機関が連携し、地域企業の求人情報を発掘・発信することで、Uターン・Iターン希望者や都市部の副業・兼業人材とのマッチングを支援する仕組みです。これにより、都市部の優秀な人材に地方企業の魅力を伝え、マッチングの精度を高めることが期待されています。
商工会・商工会議所による企業と人材の橋渡し支援
商工会議所や商工会も、人材確保・育成に向けた様々なサポートを提供しています。日本商工会議所では先述の通り人材に関する実態調査を行い政策提言につなげているほか、各地商工会議所で合同企業説明会の開催、求人情報サイトの運営、従業員教育研修の実施などを行っています。例えば、静岡商工会議所では、地元高校と連携し、高校生向けのインターンシップや職業人インタビューを通じて、地元企業と学生の接点を創出しています。また、東京商工会議所や横浜商工会議所、札幌商工会議所では、シニア人材採用支援事業を実施し、経験豊富なシニア人材と人手不足の中小企業とのマッチングを支援しています。
国の施策として、厚生労働省は中小企業向けに多様な助成金制度を提供しています。代表的なものに「人材確保等支援助成金」があり、これは魅力ある職場づくりを目的として、労働環境の向上や雇用管理制度の整備などに取り組む事業主や事業協同組合等に対して助成を行うものです 。また、「働き方改革推進支援助成金」では、時間外労働の削減や年次有給休暇の取得促進など、働き方改革に向けた環境整備に取り組む中小企業事業主に対して助成が行われています 。これらの助成金を活用することで、中小企業は労働環境の改善や人材の定着を図ることが期待されます。
在籍出向・人材シェアによる新たな人材活用モデル
人材不足を補う新たな手段として、「在籍型出向」や人材シェアの仕組みが注目されています。これは、景気変動等で一時的に人余りとなっている企業の社員を、人手不足の企業へ一定期間出向させる仕組みで、特に新型コロナウイルス感染症の影響下で活用が進みました。経済産業省関東経済産業局は、広域関東圏内に事業所を持つ中小企業等を対象に、在籍型出向による人材マッチングを支援するポータルサイト「広域関東de人材シェア!」を開設し、中小企業同士で人材を融通し合う取り組みをサポートしています。このような取り組みは、人材の固定的な配置を超えて、地域全体で人材をシェアリングする新たなモデルとして期待されています。
公的ネットワークの活用で広がる人材確保の可能性
このように、自治体や商工会、関係省庁などの公的機関、そして地域コミュニティを巻き込んだ「オール地域・オール産業」による人材確保の取り組みが、全国各地で展開されています。中小企業にとっても、これらの施策に積極的に関心を持ち、情報を収集・活用して参加することが、自社単独では得がたい人材との出会いや、実践的なノウハウの獲得につながるでしょう。
おわりに:人材不足克服に向けて
中小企業の人手不足問題は、一朝一夕に解決するものではありません。しかし本稿で述べてきたように、採用チャネルの多様化・工夫、人材が定着する職場づくり、IT・DXの徹底活用、外国人材や地域人材との協働など、取り組める施策は多岐にわたります。実際、ある中小企業経営者は「社員が辞めず、人が集まり、生産性も上がる好循環を生むには、結局は社員一人ひとりに向き合い働きがいを高めることが肝要」と語っています。人材こそが企業の活力源であり、その確保・育成なくして持続的成長はあり得ません。
幸いにも、国や自治体、支援団体によるバックアップは年々手厚くなっています。中小企業経営者・人事担当者の方々には、自社の現状と将来計画を見据え、使えるものは積極的に使いながら人材戦略を練り直していただきたいと思います。人手不足の逆風に負けず、知恵と工夫で乗り切った先には、社内の団結力向上や生産性改善など副次的な成果も見えてくるはずです。本記事の内容が、皆様の企業における人材確保・定着施策のヒントとなれば幸いです。