日本では地震や台風などの自然災害に加え、感染症の流行やサイバー攻撃など、企業活動を脅かすリスクが年々多様化しています。特に中小企業は経営資源に限りがある分、ひとたび事業中断に陥ると立て直しが難しく、最悪の場合倒産のリスクもあります。こうした不測の事態に備え、「BCP(事業継続計画)」の策定が注目されています。
BCPとは、企業が大災害や事故など緊急事態に直面しても重要業務を中断させない、あるいは短期間で復旧するための方針・体制・手順をまとめた計画のことです。これは単に災害を回避する方法ではなく、「万が一発生してしまった場合にどう事業を継続・復旧させるか」を定めるものです。社員の命と安全を守りつつ事業を早期再開することが目的であり、中小企業の経営者にとっても他人事ではありません。
以下では、中小企業におけるBCPの定義と意義、基本要素や策定手順、具体的な策定ステップ、導入事例、リスク別の備え、そして策定時の課題と対処法について解説します。
BCPとは?中小企業にとっての意義とメリット
BCP(Business Continuity Plan、事業継続計画)とは前述のとおり、地震・感染症・火災・サイバー攻撃などの緊急事態に際して企業が取るべき行動や方針を定めた計画です。大企業だけでなく中小企業にも必要とされるのは、どんな業種・規模でも災害等の被害を受ける可能性があるためです。
日本では特に自然災害のリスクが高く、中小企業であっても事業停止や長引く復旧遅れは深刻なダメージとなり得ます。実際、小規模企業ほど資金や人材に余裕がなく、一度事業が止まれば再建が難しい傾向があります。東京商工会議所の調査(2023年)によれば、中小企業のBCP策定率はまだ27.6%にとどまり、大企業(71.4%)に比べ著しく低いという結果でした。しかし近年その割合は緩やかに上昇しており、多くの中小企業がBCPの重要性に気付き始めています。
中小企業にとっての主なメリット
BCPを策定・実施することで得られるメリットも見逃せません。第一に緊急時でも混乱を最小限に抑え素早い復旧が可能になることです。事前にマニュアルや優先すべき業務を決めておけば、災害発生時にも冷静かつ迅速に対応でき、事業の長期停止や売上喪失を防げます。
第二に社会的責任の遂行と信用力向上です。災害時にもサービスや製品の供給を継続し、データ漏洩など二次被害を防ぐ対応ができれば、企業は顧客や取引先からの信頼を得られます。リスク管理が徹底した企業だと評価され、平時においても企業価値の向上につながるでしょう。
第三に取引先や顧客からの信頼確保です。大企業のサプライチェーンの一員である中小企業の場合、BCP未策定だと「非常時に対応が遅れる」と判断され、取引の選択肢から外される可能性があります。逆にBCPがあれば「万一の時でも取引を止めない頼れるパートナー」として評価され、営業面で有利になることもあります。
第四に自社業務や経営資源の再確認と改善です。BCP策定過程で「本当に重要な業務は何か」「ボトルネックはどこか」を洗い出すことで、平常時の業務効率化や経営戦略の見直しにつながります。「BCPを策定したことで従業員のリスク意識が高まった」という企業も7割以上にのぼり、社員の防災意識向上や社内コミュニケーション活性化など副次的効果も報告されています。
公的支援と優遇措置
さらに、中小企業がBCPを策定することで受けられる公的な支援やメリットも存在します。たとえば、策定した計画を国に申請して「事業継続力強化計画」として認定されれば、税制優遇や金融支援、補助金申請時の加点などの措置を受けられます。
具体的には、日本政策金融公庫による低利融資(最大4億円)制度や、自治体(例:東京都)の助成金(BCP実践に必要な設備・物品購入費の一部補助)などが挙げられ、中小企業でもBCPに取り組みやすい環境が整いつつあります。このように、BCPは非常時への備えであると同時に、企業体質強化や信用向上につながる経営戦略と言えます。
BCPを構成する基本要素(中小企業が押さえるべきポイント)
BCPを具体的に策定するにあたっては、「何を計画に盛り込むべきか」を理解することが大切です。一般的にBCPは人的資源・施設設備・資金・組織体制・情報といった5つの基本要素を軸に考えます。以下、それぞれについて簡単に説明します。
1.人的リソース(人的資源)
非常時に社員の安全を確保し、限られた要員でも業務を継続できる体制を指します。いくら設備が無事でも、肝心の社員が出勤できなければ事業は回りません。例えば「社員の安否状況をすぐ把握する方法」「少人数で操業を続ける手段」「出社困難な社員への対応策」などを事前に講じておきます。社員の命を守ることが何より前提であり、これが確保されてこそ事業の早期復旧も可能になります。
2.施設・設備
本社オフィスや工場、生産ラインなどの拠点や設備の被災対策です。建物や機械が被害を受ければ復旧が大幅に遅れるため、「被害を最小限に抑える対策(例:耐震補強や重要設備の多重化)」「代替拠点・設備の用意(例:他地域の拠点やレンタル設備)」を検討します。特に拠点が一箇所に集中している中小企業では、バックアップの確保が重要です(例:重要データをクラウドにバックアップ、別地域の拠点と提携など)。
3.資金
非常時に備えた資金繰りもBCPの重要要素です。災害で売上が止まっても、従業員への給与や復旧費用など支出は続きます。運転資金の確保(緊急用の予備資金や保険加入)、復旧費用の試算、融資枠の確認などを行い、「何日操業停止までなら耐えられるか」「その間に必要な資金はいくらか」を把握します。資金準備は事業を存続させる生命線であり、金融機関との連携計画も含めて検討が必要です。
4.組織体制
緊急時に機能する指揮命令系統やチーム編成です。平時とは異なる体制で対応するため、BCP推進委員会や緊急対策本部の設置、各部署の役割分担、代行者の指定(主要担当者が被災・不在の場合のバックアップ人員)などを定めます。また「誰が初動対応の指揮を執るか」「現場で判断すべきこと・本部にエスカレーションすべきことの線引き」などルール化しておくと、混乱時にもスムーズに対応できます。発動基準の明確化(どういう事態になったらBCPを発動するか)も、この組織体制における重要ポイントです。
5.情報
情報の保全と伝達手段です。平時に使える通信手段が災害時にも使えるとは限らないため、複数の連絡方法(電話・メール・チャット・衛星電話等)の用意や、安否確認システムの導入を検討します。また、顧客情報や設計図、受発注データなど重要情報のバックアップ(クラウドや遠隔地サーバーへのデータコピー)も必須です。
さらにステークホルダーへの情報発信(従業員家族への状況連絡、取引先への影響説明、消費者向けの公式発表など)の手順も計画に盛り込みます。これら情報面の備えが不十分だと、非常時に連絡が取れず対応が後手に回る恐れがあります。
以上がBCPの基本構成要素です。中小企業では特に「人命確保」と「重要業務の代替手段確保」が鍵となります。例えば沿岸部の企業であれば津波リスクに備えた避難計画、IT企業であればサーバーダウン時の復旧策、と業種・地域に応じて重点も異なります。自社の状況に合わせて、これら要素ごとに優先順位を付けて対策を講じることが重要です。
中小企業向けBCP策定の手順(ステップ解説)
「BCPが大事なのは分かったが、具体的に何から始めれば良いのか?」という声も多いでしょう。ここでは中小企業が取り組みやすいBCP策定の基本ステップを順を追って解説します。公的機関や専門企業から様々な手順書が出ていますが、一般的な流れを13のステップにまとめると次のようになります。
🔵ステップ1:社内体制の確立
まず経営者が主導し、BCP策定・推進のための社内体制を整えます。経営層に危機意識を共有し、BCP推進委員会や対策チームを設置、責任者・担当者を明確に決めます。トップのコミットメントと専任チームの設置が、計画策定の第一歩です。
🔵ステップ2:リスクの洗い出し(想定シナリオ整理)
自社が直面しうるあらゆるリスク要因を漏れなくリストアップします。地震・風水害・大火・新型感染症・設備故障・サイバー攻撃・経営環境の急変など、「少しでも発生の可能性がある事態」はすべて想定してみます。ここでは「発生確率が高いか」で絞り込まず、“起こり得るものは起こる前提”で広く考えるのがポイントです。過去の災害例や地域のハザードマップ、公的機関の指針も参考になります。
🔵ステップ3:安否確認・連絡体制の整備
災害発生時に社員の安全を確認し緊急連絡を取り合う仕組みを構築します。具体的には安否確認方法の決定(例えばNTTの「Biz安否確認」システム導入など)や、緊急時の連絡網(電話連絡網の整備、代替手段としてSNS・チャットの活用、衛星電話の検討)を整えます。非常時には電話回線や携帯網が不通になる恐れもあるため、第二・第三の連絡手段を用意しておくことが重要です。
🔵ステップ4:重要事業の優先順位決定
緊急事態下で最優先で継続すべき事業(重要業務)を特定します。すべての業務を平常通り続けるのは困難ですから、事業継続上どうしても止められない業務は何か、社会的影響が大きい取引はどれか等を検討し、「何を守るか」をはっきりさせます。これがBCP全体の軸となります。
🔵ステップ5:社内プロセス復旧の優先度決定
次に、上で選んだ重要事業を再開するために必要な社内機能やプロセスを洗い出し、その復旧優先順位をつけます。例えば「○○製品の出荷再開には生産ラインAと物流機能が必要→それら復旧を優先」「事務所機能は後回し可」など、必要人員や設備も踏まえて現実的な順序を定めます。
🔵ステップ6:代替手段の検討
非常時に主要業務を維持するための代替策を用意します。例えば「停電時でも使える自家発電機」「工場が被災した場合に生産を委託できる他社との提携」「社員が出社できない場合の在宅勤務体制」などです。代替要員の確保(OBや臨時スタッフ)や予備資材の備蓄、クラウドサービス活用など多重的なバックアップを準備しておくと安心です。
🔵ステップ7:目標復旧時間(RTO)の設定
重要業務ごとに「どのくらいの時間で復旧させるか」の目標を定めます。これをRTO(Recovery Time Objective)と言い、例えば「主要システムは○時間以内に復旧」「主要商品の生産は○日以内に再開」等、可能な限り短い時間を設定します。RTO設定により、具体的な復旧手順と必要資源が見えやすくなります。
🔵ステップ8:BCP発動基準の明確化
どのような事態になったらBCPを発動するのか、基準を事前に決めておきます。発動判断が曖昧だと初動対応が遅れてしまうため、「震度○以上の地震が発生した場合にBCP発動」「○時間以上システムが停止した場合に非常事態宣言」など具体的条件を定義しておきます。これにより、いざという時に迷わず行動に移せます。
🔵ステップ9:出社体制・人員配置ルールの策定
緊急時に誰が出社して対応に当たるか、あらかじめルールを定めます。災害時に社員全員が無理に出社しようとすると二次被害の危険もあるため、「○○部署は自宅待機」「△△担当は在宅対応でOK」などと決め、必要最低限の人員で対応できるよう計画します。これは従業員の安全確保にもつながる重要な視点です。
🔵ステップ10:BCP計画書の策定
ここまで決めた内容を公式のBCP計画書にまとめます。各部門ごとの対応手順、必要な資源とその調達方法、緊急連絡網、発動から復旧までのタイムライン、そして必要なBCP投資予算や教育計画などを文書化します。計画書は平時から共有しやすいように、紙だけでなくデジタル化(社内ネットやクラウドで閲覧可能に)しておくとよいでしょう。
🔵ステップ11:BCPマニュアルの作成
計画書を基に、現場で使う実践的なマニュアルを作ります。計画書は全体方針ですが、マニュアルは「○○発生時はまず△△せよ」「〇〇担当者は□□を実行」といった具体的行動手順書です。専門知識がない社員でも理解できる平易な内容にし、ポケットマニュアルや初動チェックリストとして配布すると効果的です。
🔵ステップ12:社員研修と訓練の実施
策定したBCPを机上の空論にしないため、社員への教育・訓練を行います。BCPの目的や内容を周知徹底し、定期的に訓練(防災訓練や初動対応訓練)を実施します。訓練により社員は緊急時の行動を体感でき、不備にも気づけます。「また訓練か…」が「やって良かった訓練」に変わるまで、継続的に実施しましょう。
🔵ステップ13:定期的な見直しと更新
BCPは一度作って終わりではありません。経営環境や社会情勢の変化、新たなリスク発生、組織変更などに応じて柔軟に改善・更新していくことが重要です。最新のITツール導入で連絡手段が変わった場合は計画もそれに合わせる、訓練で判明した課題は計画に反映する、といったサイクルを回します。常に現状に即したBCPとなるよう、少なくとも年1回は見直しを行いましょう。
以上が基本的な策定ステップです。中小企業庁の「BCP策定運用指針」や内閣府の「事業継続計画ガイドライン」では、さらに詳しい項目や様式が示されています。例えば基本方針の策定、緊急連絡先リストの整備、事前対策一覧、財務面の試算など、多岐にわたるチェックリストが公開されています。自社だけで策定が難しい場合は、これら公的資料のテンプレートを活用したり、地域の中小企業支援センターに相談するのも良いでしょう。重要なのは完璧を目指して策定を先送りにしないことです。まずは可能な範囲で簡易な計画からでも着手し、徐々にブラッシュアップしていく姿勢が大切です。
中小企業におけるBCP導入事例(成功例・失敗例)
実際にBCPに取り組んだ中小企業の事例から、具体的な効果や教訓を学んでみましょう。自社と規模や業種が近い企業の取り組みは大いに参考になります。
成功事例1:包装資材メーカー(株式会社生出)
株式会社生出は、包装資材や緩衝材を製造する企業であり、2009年に新型インフルエンザが大流行したことを契機に、BCP(事業継続計画)の策定に取り組み始めました。同社の顧客には人工透析液のメーカーをはじめ、医療機器や通信機器メーカーなど300社以上があり、顧客からの強い要請も受けて「短時間で事業を再開できる体制づくり」が必要と判断しました。まず会社近くにある活断層の存在から地震災害のリスクに注目し、「施設内の危険個所の把握」「商品や資機材の転倒・落下防止」「備蓄の充実」などを徹底しました。さらに、同業5社と「相互委託加工契約」を締結して被災時の代替生産体制を整え、BCP体制の強化を図りました。加えて、社員が災害時に冷静かつ迅速に対応できるよう「BCPポケットマニュアル」や「大震災初期対応カード」を作成・配布することで、従業員の意識改革にも取り組んでいます。
成功事例2:地域工務店(株式会社新産住拓)
新産住拓株式会社の取り組みは、中小企業におけるBCP(事業継続計画)の模範的事例といえます。平成11年の大型台風を契機に災害対応マニュアルを整備し、毎年の台風被害を通じて継続的に見直しと改善を重ねてきた同社は、熊本地震発生時にも迅速かつ的確に対応しました。地震直後には、既存の風水害マニュアルを即座に地震用へと転換し、社員の安全を最優先に「余震が治まるまで屋根に上らない」とする指針を示しました。また、顧客対応を効率化するため、災害の深刻度を5段階で分類するチェックシートを活用し、建築知識が少ない社員でも電話応対できるようマニュアルも整備。物資の備蓄や他県の工務店との相互支援協定により、職人の確保やブルーシート対応も迅速に実行されました。
さらに、被災した社員への食事提供や一時金支給、ホテルの確保など、社員とその家族の生活支援にも力を入れ、復興活動を継続できる環境を整備。4月末には復興ビジョンを策定し、「顧客の復興を最優先」とする明確な方針のもと、売上や契約の目標を白紙にして社員のモチベーションを支える姿勢を貫きました。これらの取り組みは、損得よりも善悪を重んじる創業者の精神を受け継ぎつつ、平時からの備えと柔軟な実行力、そして人を大切にする経営哲学に裏打ちされた、非常に実践的かつ人間的なBCPの実現例です。
失敗例からの教訓
一方で、BCP策定における典型的な失敗パターンも知っておきましょう。よくあるのが「テンプレートを書き換えただけ」で実効性の低い計画になってしまうケースです。社内で「なぜBCPが必要か」という議論を深めず、形式的に他社の計画を書き写しただけでは、非常時に機能しない「絵に描いた餅」になりがちです。
実際、ある企業ではBCPを作ってはいたものの、東日本大震災時に初動が遅れ大きな損害を出しました。原因を検証すると、リスク洗い出しや発動基準の検討が不十分で、現場レベルで何をすべきか従業員に浸透していなかったことが判明しています。「作っただけで社員が知らないBCP」や「内容が現実とかけ離れたBCP」は策定した意味がありません。また極端な例では、過剰な安全投資も失敗に繋がり得ます。例えば大手企業ですが、あるメーカーは稀な最悪シナリオに備えて巨額設備投資を行った結果、経営悪化を招いたケースも報告されています。適切なバランスでの備えが重要だという教訓です。
BCPが奏功した例
逆に「BCPがあったからこそ救われた」例も多数あります。東日本大震災で被災したある中小企業では、平時に策定・訓練していたBCPに従って従業員を安否確認し、わずか数日で主要事業を再開できました。その結果、得意先との取引を維持し倒産を免れたといいます。
また別の会社では、BCPに基づき地震直後に工場設備の緊急点検と復旧手配を行ったことで、競合他社よりいち早く生産を再開しシェア拡大につながった例もあります。これらは「備えあれば憂いなし」を体現したケースでしょう。中小企業でも、適切に策定・運用されたBCPは非常時に確かな威力を発揮するのです。
中小企業が直面する主なリスクとBCPでの備え
中小企業が備えるべきリスクは多岐にわたりますが、特に代表的なものとして自然災害・感染症パンデミック・サイバー攻撃の3つが挙げられます。それぞれのリスク特性に応じたBCP上の工夫ポイントを見てみましょう。
自然災害(地震・風水害など)への備え
日本は世界有数の災害多発国土であり、地震・台風・豪雨・洪水・火山噴火など様々な自然災害リスクがあります。企業のBCPでも想定率が最も高いのは地震で、BCP策定済み企業の9割超が地震災害をシナリオに入れています。中小企業にとって自然災害対策で重要なのは、被害を局限するハード対策と事業復旧のソフト対策の両面です。
ハード面の対策
施設・設備の耐震補強、重要機器の固定、防火設備の設置、バックアップ電源の用意など物理的な被害を減らす工夫です。特に地震対策では棚や機械の転倒防止、データサーバーの耐震ラック収容など低コストでできる対策も多いです。また風水害に備えた止水板や排水ポンプ、設備の高所設置も有効でしょう。自社の立地のハザードマップ(洪水・津波・土砂災害リスク)を確認し、地域特性に応じた防災設備を整えることが肝心です。
ソフト面の対策
災害発生後の初動対応手順と復旧計画です。地震直後はまず「人命第一」で避難・安否確認、その後「被害状況の把握」を迅速に行います。そのための手順書やチェックリストをBCPに盛り込んでおきます。また、事業復旧に向けては代替生産・業務継続手段の確保が鍵です。
例えば主要設備が損壊した場合に備えたレンタル機器の手配ルート、工場が被災した場合に委託できる協力会社リスト、オフィス使用不能時のテレワーク体制などを用意します。電力・水道などライフライン寸断への備えも重要で、自家発電や予備燃料、非常食・飲料水の備蓄もBCPに計画しておきます。
特に大地震シナリオは最重点として、目標復旧時間(RTO)の設定や段階的復旧プラン(○日以内に仮復旧→○週間以内に全面復旧)のシナリオを事前に検討しておくと良いでしょう。なお訓練も不可欠で、避難訓練や初動対応訓練を通じて計画の実効性を高めます。
感染症パンデミックへの備え
新型コロナウイルス感染症の流行で、多くの企業がパンデミック対策の重要性を痛感しました。感染症による事業中断リスクは、人の移動や接触を制限せざるを得ない点で、自然災害とは異なる備えが必要です。BCP策定において、感染症対策を組み込んだ企業は約6割と報告されており、今後すべての企業に求められる要素と言えます。
パンデミック型BCPのポイントは、「人と人の接触を減らしつつ事業を回すには?」という観点です。具体策としては:
リモートワーク体制の整備
テレワークが可能な業務は在宅勤務に切り替えられるよう、ノートPCやVPN、クラウドツールを日頃から用意しておきます。オフィスに出社しなくても最低限の業務が継続できる仕組みを構築します。コロナ禍でテレワーク環境を整えた企業も多いですが、平時から訓練しておくとスムーズです。
人員シフト・交代勤務
工場などリモート不可の現場業務の場合、少人数交代制やチーム分散を計画します。例えば班ごとに出勤日をずらして勤務させ、万一一班で感染者が出ても他の班で業務継続できるようにする、といった工夫です。また多能工化や業務マニュアル整備により、特定社員に頼らない体制を日頃から育てておくことも有効です。
感染予防措置とガイドライン
社内で感染者を出さないためのガイドラインをBCPに盛り込みます。例えば「発熱時の出社禁止」「マスク常備・手指消毒の徹底」「時差出勤・オンライン会議推奨」などです。さらに万一社員に感染者が出た場合の対応フロー(濃厚接触者の特定と自宅待機指示、所管保健所への報告、職場の消毒・封鎖措置と広報対応)も定めます。これにより実際の流行時にも冷静に対応できます。
取引先・サプライチェーン対応
パンデミックでは自社だけでなく取引先も影響を受けるため、代替サプライヤーの確保や在庫積み増しなども検討材料です。海外サプライヤーに頼っている原材料がある場合、輸出規制や物流麻痺に備え代替調達ルートを探しておくといった具合です。
感染症BCPは社員の健康と事業継続を両立させる難しさがありますが、コロナ禍を経て蓄積されたノウハウがあります。厚生労働省や業界団体が発行するパンデミック対応マニュアル等も参照し、自社にあった計画を作成しましょう。特に介護・福祉業界ではBCP策定が法的義務化されており、その事例は他業種にも参考になります(例えば介護施設では全職員のワクチン情報管理、施設内ゾーニング計画などをBCPに組み込んでいる)。
サイバー攻撃への備え
DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む現代では、中小企業もサイバー攻撃のリスクと無縁ではありません。ランサムウェアによるシステムダウンや、重要データの流出は、物理的災害と同等かそれ以上に事業を止める要因となり得ます。ところがサイバー攻撃まで視野に入れたBCPを策定している企業はまだ約12.8%と少数派との調査もあります。今後の課題と言えるでしょう。
サイバーインシデントに備えるBCP上の対策ポイントは以下の通りです。
データバックアップとDR(ディザスタリカバリ)計画
サーバーが攻撃でダウンしたり、データが暗号化・破壊された場合でも業務を再開できるよう、オフサイトバックアップ(遠隔地やクラウドへの定期的バックアップ)を実施しておきます。さらに、重要システムについてはディザスタリカバリ計画(DR計画)を策定し、予備サーバーやクラウド環境で迅速に代替稼働できる準備をします。
サイバー攻撃発生時の初動対応
不正アクセスやウイルス感染が判明した際の対応手順を明確にします。例えば「情報システム担当者に即時報告」「被害範囲の隔離(ネットワークから遮断)」「専門業者への連絡」「顧客への被害報告ガイドライン」などです。平時からインシデント対応訓練を行い、技術的対処だけでなく広報対応(信用失墜を防ぐ説明)もシミュレーションしておくことが望ましいでしょう。
セキュリティ対策の強化
そもそも攻撃を防ぐための事前対策もBCPに含めます。具体的にはウイルス対策ソフトやファイアウォール導入、社員へのセキュリティ教育(怪しいメールを開かない等)、重要データへのアクセス権限の限定化、多要素認証の導入など基本的な情報セキュリティ対策を講じます。人的ミスがサイバー事故の一因にもなり得るため、セキュリティポリシーを社内に周知し遵守させることもポイントです。
業務のマニュアルバックアップ
ITシステムが使えない状況下でも最低限業務を継続する手段を考えます。例えば受注・出荷がシステム停止でできない場合、紙の帳票で一時対応する手順を用意する、緊急用のフリーメールやチャットグループを決めておく等です。システム復旧までの「つなぎ」の策を計画しておくことで、完全停止を避けられる場合もあります。
サイバー攻撃は目に見えない分、準備がおろそかになりがちですが、「データ消失=事業消失」になりかねません。ITベンダーや専門家の力も借りつつ、自社の規模に応じたサイバーBCPも検討してみてください。特に顧客情報や機密データを扱う企業は、情報漏えい時の対応計画(関係先への通知、被害拡大防止策、再発防止策の公表など)も用意しておくと、万一の際に迅速な対応ができます。
BCP策定でありがちな課題・誤解とその対処法
最後に、これからBCPに取り組む中小企業経営者が陥りやすい課題や誤解と、その解決策について述べます。
誤解①:「うちの会社規模ではBCPなんて必要ない」
自社は小さいから災害が起きても何とか凌げるだろう、という思い込みは危険です。災害は企業規模に関係なく襲いかかり、むしろ中小企業ほど打撃が大きくなりがちです。また取引先からBCP有無を問われる時代でもあります。
✅対処
小規模でもできる範囲でいいので、まずは重要データのバックアップと安否確認手順の整備など「最低限守るべきもの」の計画から始めましょう。完璧な計画でなくても、ゼロと有では天と地の差があります。公的支援制度も活用しつつ、一歩踏み出すことが肝要です。
誤解②:「とりあえず雛形通り作れば十分」
ネットで見つかるテンプレートに当てはめて書けばBCP完成、と安易に考えるのも落とし穴です。汎用テンプレートは参考になりますが、自社の業種・業態に合わない部分も多々あります。
✅対処
テンプレートは叩き台として使い、自社の実情に合わせてカスタマイズすることが重要です。「なぜその項目が必要か?」を考えながら、ステークホルダーも交えて議論し、自社なりのBCPを練り上げましょう。例えば発動基準一つ取っても、24時間操業の工場と土日休みのオフィスでは異なるはずです。自社にフィットした計画でないと意味がありません。
誤解③:「保険に入っているから大丈夫」
確かに損害保険や休業補償保険は有効なリスクヘッジ手段ですが、お金が下りても顧客や信用は戻りません。保険金で設備を直せても、失った取引先は戻らないかもしれません。また保険では従業員の安全や企業イメージ毀損への対応はできません。
✅対処
保険は「金銭面の備え」と割り切り、事業継続そのものの仕組みは別途考える必要があります。つまり「保険+BCP」の両輪で初めて万全と言えます。保険でカバーできない部分(人的・信用面)をBCPで担保するとの認識を社内で共有しましょう。
課題①:リソース不足で手が回らない
中小企業では人手や時間の不足から、BCP策定が後回しになりがちです。特に専任担当者を置けない場合、日常業務で精一杯で計画作りに手を付けられないという声もあります。
✅対処
この場合、外部リソースの活用が有効です。自治体や商工会議所、専門コンサルタントによる無料セミナー・ワークショップに参加したり、同業のつながりで情報交換するのも良いでしょう。また、全社的な大プロジェクトにせずスモールスタートで進めるのも手です。
例えばまずは経営者と幹部だけで重要業務と想定リスクを洗い出し、簡易な対応方針を決める→徐々に詳細化する、と段階を踏めば負担感が減ります。
課題②:社内の理解・協力が得られない
経営者や担当者だけが意気込んでも、従業員が「また面倒なルールが増える…」と消極的ではBCPは絵に描いた餅です。
✅対処
社員への教育と意識付けが不可欠です。BCP策定の意義やメリット(自分たちの命と仕事を守るためのもの)をしっかり説明し、計画策定プロセスにも現場社員の声を取り入れましょう。訓練を通じて「自分ごと」と感じてもらうことも大切です。また、平時の業務改善にもつながる点(ムダな業務の見直し等)を強調すると前向きに参加してもらいやすくなります。
課題③:計画倒れになりやすい(作って満足してしまう)
苦労してBCPを作っても、それを棚にしまい込んで更新せず放置…というのは残念ながらありがちです。人事異動で担当者が替わり、計画の存在すら忘れられていた例もあります。
✅対処
定期的な見直しと訓練をルーチン化しましょう。例えば「毎年〇月にBCPレビュー会議」「半年に1度は安否確認訓練」とスケジュールに組み込んでしまうことです。計画内容も、組織変更やIT環境の変化があればその都度更新します。BCPは経営サイクルの一部として位置づけ、PDCAを回す意識が重要です。
以上のように、BCP策定・運用には様々なハードルがありますが、それを乗り越えて備えを固めておくことが企業の未来を守ることにつながります。誤解を一つずつ解消し、小さくても着実な一歩を踏み出してください。
まとめ:BCP策定に踏み出す経営者へのエール
「まだ起こっていない災害に備える」のがBCPです。中小企業にとって、日々の経営の中で時間やリソースを割いて準備をするのは簡単ではありません。しかし、いざ危機が起これば準備していたか否かで明暗が分かれます。BCP策定は決して特別な大企業だけの取り組みではなく、「大切なビジネスを守るための保険」のようなものです。
実際にBCPに取り組んだ企業からは「非常時への不安が減り、日頃の経営にも余裕が生まれた」という声も聞かれます。災害大国日本で事業を営む以上、経営者の責務として備えを整えることが求められていると言えるでしょう。
幸い、中小企業向けの支援策やテンプレート、成功事例の情報も豊富に出揃っています。本記事で挙げたポイントや事例も参考に、ぜひ貴社の実態に合ったBCPづくりに着手してみてください。小さな計画でも一歩踏み出すことが、あなたの会社と社員を守る大きな力になります。「備えあれば憂いなし」-その言葉通りの強い企業を目指して、今日からできることを始めてみましょう。