2026年、世界は「トランプ革命」という未知の領域へ ――米国の自己解体が招く、史上最大の地政学的地殻変動

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はじめに:イアン・ブレマーと「世界10大リスク」の真価

毎年1月、世界の政財界のリーダーたちが固唾をのんで待ち構える報告書がある。それが、政治学者イアン・ブレマー率いるユーラシア・グループが発表する「世界10大リスク」だ。

イアン・ブレマーは、国際政治における「政治リスク」を金融市場の分析手法に初めて体系的に取り入れた先駆者として知られる。彼が提唱した「Gゼロ(リーダーなき世界)」という概念は、今や国際情勢を語る上で欠かせない共通言語となった。

ユーラシア・グループは世界最大の政治リスク専門コンサルティング会社であり、その分析は単なる予測ではない。各国の政治経済の中枢に張り巡らされたネットワークを駆使し、「政治がどのように経済を動かすか」という冷徹なリアリズムに基づいた、ビジネスリーダーや政策立案者のための「羅針盤」である。

2026年、ブレマーが指し示した最大のリスク。それは、外部からの攻撃でも、中国との戦争でもない。「世界最強の国・米国が、自ら作り上げた国際秩序を解体し始めている」という衝撃的な事実である。

第1部: 米国の政治革命 ―― 独裁へと突き進む「権力の集中」

2026年の米国は、もはや私たちが知る「民主主義の模範」ではない。ドナルド・トランプ大統領は、自らの権力を縛るあらゆる「抑制」を組織的に破壊し、政府機構そのものを自らの「武器」へと変貌させている。これは単なる強硬策ではなく、米国の統治システムを根底から作り替える「政治革命」である。

1. 制度的抑制の解体と「国家の政治化」

トランプ政権が最初に行ったのは、大統領の独走を阻む「安全装置」の無効化だ。

  • 司法の武器化: ウォーターゲート事件以来維持されてきた司法省やFBIの独立性は剥奪され、政敵を追い詰めるための「政治的武器」と化した。
  • 公務員の追放と忠誠派の配置: 専門職の公務員は、能力に関係なく「政治的理由」で追放され、大統領に絶対の忠誠を誓う者たちに取って代わられた。
  • 最高裁判所の容認: 保守派が多数を占める最高裁は、大統領権限の極大化を認める「単一執行権理論」を受け入れ、トランプの革命をしばしば容認している。

2. 「革命」の可視化:ガバナンス・トラッカー

ユーラシア・グループが提供する「ガバナンス・トラッカー」は、トランプの行動がどれほど異常であるかを鮮明に示している。

  • 規範の破壊: 従来の慣行や前例からの逸脱が極限に達している。
  • 権力侵食の成功: 追跡対象となっている多くの行動が「革命的」な象限に集中しており、その大半が議会や司法による有効な制止を受けずに成功している。

3. 中間選挙を前にした「リスクテイク」の激化

2026年、任期が残り3年となり、中間選挙で民主党の下院奪還が予想される中、トランプは「機会が狭まる前」にさらなる強行策に出る。

  • 選挙インフラへの攻撃: 選挙セキュリティー責任者に選挙否定論者を就け、有権者名簿の操作や連邦軍の配備すら辞さない姿勢を見せている。
  • メディアと民間への恫喝: ホワイトハウスを批判する経営者は標的にされ、メディア企業は報復を恐れて自己検閲を強めている。

ブレマーは、この状況を「米国版のゴルバチョフ時代末期」と例える。国は暴走しているが、その終着点がどこなのかは誰にもわからない。数百万人もの有権者にとって、現状の衰退を続けるよりは、たとえ不確実であっても「破壊者としてのトランプ」による革命のリスクの方がマシだという、絶望的な判断が下されているのだ。

第2部:トランプの「ドンロー主義」 ―― 西半球の支配と独裁の連鎖

トランプ大統領の権力集中への執着は、国境を越えてアメリカ大陸全体へと波及している 。彼は19世紀の「モンロー主義」をトランプ版の「ドンロー主義」へとアップデートし、西半球における米国の絶対的優位を強引に主張し始めた 。

1. 成功体験としての「マドゥロ拘束」

2026年、トランプは最大級の外交的勝利を手にする。数か月に及ぶ制裁と軍事的封鎖の末、米特殊部隊がベネズエラに急襲をかけ、独裁者ニコラス・マドゥロを米国へ連行・訴追したのだ 。

  • 地上部隊を派遣しない「勝利」: トランプは公約通り大規模な戦争を回避しつつ、急襲のみで敵対する指導者を排除した 。
  • 無秩序な移行: しかし、マドゥロ排除後のベネズエラでは軍部やチャベス派の権力構造が残り、真の民主化ではなく混沌とした政権移行が続いている 。

2. 強権的な近隣諸国への介入

ベネズエラでの成功に味をしめたトランプは、他の中南米諸国に対しても「米国の利益に反すれば制裁、さもなくば軍事行動」という極めて一方的な姿勢を強めている 。

  • メキシコへの脅し: カルテル掃討を口実にしたメキシコ領内への直接攻撃を示唆し、シェインバウム大統領との関係を不安定化させている 。
  • 反米感情の再燃: 現職指導者への制裁や選挙介入、さらにはキューバへの石油封鎖拡大など、強硬な手法がこの地域に新たな不安定化と反米の種をまいている 。

第3部:米国式国家資本主義 ―― 市場までもがトランプに支配される

トランプの権力集中は、自由主義経済の聖域であった民間市場にも及んでいる 。かつての産業政策が「国家戦略」に基づいていたのに対し、トランプのそれは極めて「個人的・取引的」な国家資本主義である 。

1. 政治的忠誠が決定する「勝者と敗者」

現代の米国において、ビジネスの成功は技術革新ではなく「ホワイトハウスへの距離」で決まるようになりつつある 。

  • 政府による株式取得: インテルや国防関連企業の株式を政府が取得し、財務省が筆頭株主として経営に介入する事例が常態化している 。
  • 収益分配契約: エヌビディアなどのハイテク企業に対し、中国での売上の一定割合を財務省に納めるよう強要するなど、事実上の課税措置を行政措置のみで断行している 。

2. 経済の政治化と「ラチェット効果」

一度構築された「大統領が勝者を選ぶシステム」は、容易には逆戻りできない 。

  • 生産性の低下: 資本が効率的な場所ではなく、政治的に好まれる企業へと流れるため、長期的な成長が損なわれる 。
  • 法の支配の侵食: 議会の予算編成権を迂回した政府系投資基金の創設など、財産権やルールに基づいた統治という米国の伝統的優位性が失われつつある 。

第4部:世界を飲み込むその他のリスク ―― 分断される「電気国家」と「包囲される欧州」

トランプが国内の権力掌握に腐心する一方で、世界は米国の関心の空白を突くように変化を加速させている 。

1. 「電気国家」中国の台頭

米国が石油や天然ガスといった「20世紀の分子」に執着する一方で、中国は蓄電池や太陽光、EVといった「21世紀の電子(電気スタック)」を完全に掌握した 。

  • インフラの輸出: 中国は安価なクリーンエネルギー技術を通じて新興国のインフラを支配し、地政学的な影響力を強めている 。
  • AIの実行基盤: 米国は高度なAIモデルで先行するが、それを駆動する膨大な電力供給能力と物理的展開力では中国に圧倒的な差をつけられている 。

2. 包囲される欧州とロシアの野心

欧州では中道勢力が崩壊し、英仏独(E3)の指導力が消滅している 。

  • 統治不能な政府: フランスのマクロン、英国のスターマーら弱体化した指導者は自国の混乱に手いっぱいで、欧州を主導する力を失った 。
  • ロシアの第二の戦線: プーチンはNATOの結束が乱れる隙を突き、海底ケーブルの切断やサイバー攻撃、ドローンによる領空侵犯といった「グレーゾーン作戦」を激化させている 。

3. ユーザーを食い尽くすAI

収益化の圧力にさらされた米国のAI企業は、ユーザーの依存性を高め、偽情報を増幅させるビジネスモデルへと突き進んでいる 。

  • エンシット化(クソ化): 社会的安定よりも短期的な利益を優先した結果、AIが個人の自律性を奪い、熟議民主主義を破壊するリスクが高まっている 。

結論:以前の状態には戻れない世界 ―― 我々が向き合うべき不都合な真実

イアン・ブレマーが描く2026年の姿は、一過性の混乱ではない 。トランプの政治革命が成功しようが失敗しようが、米国が世界に対して持っていた「信頼」という魔法は解けてしまった 。

米国はもはや「秩序の番人」ではなく、自らが「最大のリスク」となった 。トランプ主義を支える国民の不満は解消されず、たとえ次の政権に代わったとしても、彼が解体した制度を元通りに修復することは不可能に近い 。

しかし、ブレマーは絶望のみを説いているわけではない 。この「Gゼロ」の混沌は、既存の歪んだパワーバランスを再定義するための不可避な痛みでもある 。私たちが向き合うべきは、もはや「誰が世界を率いるか」という問いではなく、「リーダーなき世界で、いかに自律的にリスクを管理し、生存し続けるか」という冷徹な覚悟なのだ 。

2026年、私たちは「歴史の終わり」の続きではなく、全く新しい、そしてより危険な歴史の第一歩を目撃することになる 。