【2025/5/7更新】
2025年4月、トランプ大統領は中国だけでなくEU、日本、カナダ、メキシコなど主要貿易相手国にも相次いで追加関税を発動し、世界市場に“第二次貿易戦争”の火種をまきました。本稿では、この米国発の関税攻勢に対し、各国がどのようなカード―対抗関税、為替操作、同盟強化、報復回避など―で応じようとしているのかを整理し、今後のシナリオを展望します。
そもそも、なぜ関税を課すのか?
関税強化の目的――“ヒルビリー対策”としての国内産業保護
トランプ大統領が再び関税カードを切る最大の政治的理由は、ラストベルトからアパラチアに広がる、いわゆる“ヒルビリー”層(白人労働者階級)の支持を固めることにあります。
4月中旬にペンシルベニア州レイハイバレーで行った遊説では、「145%の対中関税で工場と誇りを取り戻す」と強調し、製鉄や自動車部品工場の労働者たちから熱狂的な歓声を浴びました。
しかし、同地域ではすでに自動車部品メーカーによるレイオフが発生しており、「短期的な苦痛は将来の雇用回復への投資」と容認する声がある一方で、「現実は失業と物価高だ」と嘆く声も聞かれます。
こうした支持層に対する“手厚い保護”は、①鉄鋼・アルミ輸入への追加関税、②石炭火力発電所に対する環境規制の緩和、③国内製造を後押しする税額控除の拡大、という「3点セット」によって具体化されています。
トランプ陣営は「通商で痛め、財政と規制で癒やす」という構図をつくり、地域メディアや保守系インフルエンサーを通じて、雇用増加の物語を繰り返し発信しています。
その結果、2025年4月時点のギャラップ調査では、“白人・高卒以下”層におけるトランプ氏の支持率は68%に達し、2024年の選挙時からさらに4ポイント上昇しています。
その結果どうなる?
投資マインドの冷え込み――Milken会議が示した危機感
2025年5月5日から8日にかけてビバリーヒルズで開催された第28回 Milken Institute Global Conference は、世界の機関投資家やCEOが一堂に会する、資本市場における最大級の国際フォーラムです。
基調パネル「Real Risks to Global Trade」では、ベッセント財務長官が、「米国は依然として“世界資本の最終目的地”である」と強調しました。
一方で、Citadelのケン・グリフィン氏(マイアミに本拠地を置く有力ヘッジファンドの代表)やApolloのマーク・ローワン氏(ニューヨークを本拠とする大手プライベート・エクイティ・ファンドの代表)は、「145%の関税はサプライチェーンを撹乱し、投資判断を遅延させる」と警鐘を鳴らしています。また、会場で実施されたアンケートでは、「今後12か月で北米への新規投資を縮小する」と回答したPEファンドの割合が54%に達し、前年(28%)から倍増しています。
さらに、S&Pグローバルの最新のマクロ経済見通しでは、関税と政策の不確実性を要因として、2025年の米国の実質成長率予測を1.9%から1.5%へと下方修正しています。
イノベーション鈍化の連鎖――R&D縮小のメカニズム
企業の研究開発費が縮小する背景には、段階的かつ複合的な要因が存在しています。
フェーズ | 具体的インパクト | 例示ソース |
①コスト増 | 145 %関税で輸入部材・試作部品が高騰し、製品1台あたりの原価が+12〜18 % | 米自動車工業会試算 |
②キャッシュフロー逼迫 | 売価転嫁が進まず営業利益が圧縮→R&D・設備投資抑制 | GM・フォードが2025年ガイダンス撤回 |
③政策リスク | 「関税 → 一時的な適用除外 → 再び課税」の揺れで投資回収シナリオが不透明 | SP Global アウトルック |
④人材供給網の分断 | STEM留学生ビザ制限で大学院進学者が減少、企業の研究職採用が難化 | 中国人留学生減少のReuters報道Reuters |
特に自動車や半導体分野では、試作部材の輸入比率が高く、R&Dシミュレーションでは、1年で平均30〜38%の削減が必要になるという民間研究所のレポートが示されています。
さらに、ハーバード大学への研究助成の停止や税優遇措置の撤回方針、NIHやNSFの予算圧縮などが重なり、“民間の守り”と“公的資金の縮小”という二重の制約が生じています。
その結果、
・基礎科学:国立研究所による共同研究枠が凍結され、量子・材料分野では欧州との連携が進んでいます。
・応用研究:自動車やバイオ分野での特許出願が鈍化しており、2026年の米国における特許出願数は前年比で12%減少するとの予測が出ています。
このようにして、イノベーションの停滞が“実体化”し始めているのです。
では、各国はこの状況に対してどのように対応していくのでしょうか。
中国:巧みな金融兵器と“弱みを見せぬ”交渉術
「絶対に膝を屈しない」――共産党のレッドライン
中国外交部は4月下旬、「いかなる経済的いじめにも屈しない」と米国を名指しで非難し、毛沢東語録を引用して「毒を飲んで渇きを癒やすわけにはいかない」と強調しました。
国内世論に対しては、“持久戦”の物語を提示し、党中央が弱みを見せる余地を徹底的に排除しています。
こうした政治的なバックボーンが、対米交渉において譲歩の幅を最小限に抑える前提となっています。
「米国債」と「元安」という強い武器
中国は依然として7,800億ドル規模(2025年3月時点)の米国債を保有しており、その規模は世界第2位を誇っています。市場ではたびたび「売却カード」の行使が取り沙汰されるものの、実際には償還を待ちながら保有比率を徐々に減らしていく“漸減戦術”を採用しており、実際の売却には慎重な姿勢を保っています。
このような戦術は、米国に対する牽制として「見せ札」の効果を温存しつつ、市場に急激な影響を与えないことを狙ったものです。
特に重要なのは、中国が米国債を大量に売却すれば、米国の金利が上昇し、それに伴って株価や不動産価格が下落するリスクが高まる点です。こうした市場の混乱は、トランプ氏にとっては避けたい展開といえます。
また、中国が意図的に元安(人民元の価値を下げる)に誘導した場合、アメリカなどが課す関税の打撃をある程度相殺する効果が生まれ、かつ、中国共産党にとっては、自国経済のデカップリングを進めていることもあり、米国市場の動揺が直接的な打撃とはなりにくい構造になっていることも強い武器となり得ます。
また、元安への転換も元高の維持も自在に操ることができるという為替の柔軟性が、関税負担を相殺しつつ輸出競争力を維持する最大の武器となっています。
“第二極”としての総合国力と安全保障自立
GDPで世界第2位、防衛予算でも米国に次ぐ規模を持つ中国は、半導体・エネルギー・宇宙分野に至るまで、国家主導のサプライチェーンを構築し、対米依存を系統的に減らしてきました。
国内大市場・一帯一路・デュアルサーキュレーションという三層構造を通じて、「内需で回り、外需で稼ぐ」エコシステムを強化しつつあります。
このような戦略は、たとえ貿易摩擦が長期化したとしても、国家の安全保障や雇用を守ることができるという“自信の裏付け”となっています。
“飴”としてのトランプ・ファミリービジネス
トランプ大統領の長男であるドナルド・トランプJr.氏は、4月末から中東欧を巡る〈Trump Business Vision 2025〉ツアーにおいて積極的に商談を展開し、トランプ・オーガニゼーションの事業拡大を模索しています。
一方で、中国の国有ファンドや地方政府が、ゴルフ場やホテルの開発、原材料供給契約、ライセンス料の優遇といった形で相手企業に資本を投じることは、技術的にも制度的にも実行しやすく、ホワイトハウスに間接的な影響を及ぼし得る「非公式チャネル」として活用できる点が、外交・経済交渉において極めて戦略的価値を持つと言えます。
総合評価――「弱点を隠し、強みを誇示する」
過剰在庫や雇用維持といった構造的な弱点を抱えつつも、
・元を“武器”として活用できる為替運用力
・7,000億ドル超の米国債という金融レバレッジ
・世界第2位の経済・軍事規模による自立性
・トランプ・ファミリーに対する“飴”戦術
―これら4つのカードを同時に握る中国は、「譲歩したように見せかけながら、実利を得る」交渉を進められる、極めて優位な立場にあります。
また、北京が掲げる「決して屈しない」という政治的な演出は、こうしたカードの実利と結び付くことで、対米交渉を長期戦へと持ち込みつつも、主導権を維持する構造を生み出しています。
これが、2025年春時点における現実的な力学であるといえるでしょう。
日本:APAC重心シフトと対米“二正面”交渉
APAC重心シフト――「多層型ネットワーク化」で対米依存を緩和
日本の対外経済戦略は、CPTPP(12か国・世界GDPの15%)のさらなる拡大や、EUとの制度協力構想、RCEP・ASEAN+3における関税削減、さらに2024年2月に発効したIPEFの「サプライチェーン協定」など、いわゆる“多層型ネットワーク化”へと舵を切った点に特徴があります。
これにより、
・市場アクセス:英国、コスタリカ、台湾など新規加盟申請国を支援することで、CPTPPを「インド太平洋の共通関税ゼロ圏」へと拡張し、対米依存を緩和する代替市場の確保を進めています。
・供給網の強靭化:IPEF発の「危機時相互支援ネットワーク」により、半導体やバッテリーの域内融通体制を構築し、中国への依存度を引き下げる取り組みが進んでいます。
・資本・人材の往来:ASEANやインド向けの投資協定の高度化により、製造拠点と研究開発拠点を同時に展開できる枠組みの整備が進行中です。
こうしたAPAC(アジア太平洋)地域への重心シフトは、対米交渉で不利な譲歩を迫られた際の“逃げ道”としても機能し、日本企業に「第三市場」という柔軟な選択肢を持たせる意図があります。
為替・国債カードを巡る綱引き
米国側には、「日本の円安が対米貿易黒字を拡大させている」との警戒感があり、一部の議員は、円相場を円高方向へ誘導する措置(いわゆる為替条項)の導入を求めています。
しかし、4月25日に行われた日米財務相会談では、こうした要求は正式には提起されず、「まずは関税交渉を優先する」という方向で整理されました。
一方で、日本ではデジタル赤字(2024年時点で約6.65兆円)が恒常化しており、クラウド利用料や広告料などのドル建て支払いが膨らむ中で、円は構造的に下落圧力を受けやすい状況にあります。
その結果、
・円安(≒関税相殺圧力):関税によるコスト増分を為替差益が一部吸収し、輸出価格の競争力を維持しています。
・円高要求:米議会の対応は、主に選挙向けのパフォーマンスにとどまっています。
というねじれた構図が生じており、短期的には円安が続く可能性が高いと考えられます。
さらに、日本は1.13兆ドルの米国債を保有しており、中国を上回る世界最大の対米債権国となっています。
日本政府は「売却カード」という表現こそ避けているものの、交渉の場ではそれ自体が静かな威圧効果として機能しているといえます。
デジタル赤字という“時限爆弾”と円安の功罪
功(メリット):
輸出企業にとっては、ドル建て収入が増加することで、対米関税(自動車25%、機械15%など)の実質的な負担が和らぎます。円安は価格競争力の維持に貢献し、短期的には収益改善につながります。
罪(デメリット):
・サービス輸入の増加により、所得収支の黒字が目減りし、経常黒字の縮小を招いています。
・海外クラウドへの依存が進むことで、サイバーリスクやガバメントアクセスリスク(外国政府による情報取得リスク)が高まっています。
・国内のIT投資が依然として不十分であり、その結果として、賃上げのための原資が国外に流出する構造が続いています。
・円安の恩恵を受けられるのは大手の輸出企業に限られ、中小企業やサービス業では、輸入コストや人件費の上昇という負担が大きくなっています。
このように、デジタル赤字を解消しない限り、「円安による相殺効果」は一時的な“時間稼ぎ”にすぎないといえます。
安全保障の非対称と「ヒルビリー配慮」のバーター取引
日本は安全保障面で米国への依存度が高く、自衛隊の装備更新においても米国製の比率が5割を超えています。こうした構造的な弱点を補うため、日本は通商交渉において以下のような戦略を展開しています。
1.ヒルビリー雇用創出による関税緩和の獲得
EV電池、半導体、LNG船といった分野において、日本企業が米国内(オハイオ、アラスカ、ルイジアナなど)で新工場を建設・参画しています。これにより、米国議会が重視する「ヒルビリー層(白人労働者階級)」の雇用創出に貢献し、関税の緩和や税額控除(IRA、CHIPS法、45X控除など)を確保しています。
2.外圧を活用した国内改革の推進
為替条項や原産地規則といった対外的な圧力を逆手に取り、クラウドサービスの国産化やソフトウェア人材の育成に向けた補助金制度の拡充が進められています。これにより、経済安全保障の強化と中長期的な産業競争力の底上げを図っています。
展望――「二正面外交」の成否は“内なる変革”次第
短期的には、円安と関税緩和のバーター(交換条件)によって輸出の勢いを維持し、ヒルビリー層(米国の地方労働者)向けの雇用創出案件を供給することで、米国側からの批判をかわしていく戦略が取られています。
中期的には、APAC(アジア太平洋)地域との経済ネットワークを活用して、市場・技術・人材の多角化を図り、デジタル赤字を輸出型SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)の収益で補う構想が進められています。
長期的には、財政や通貨の防衛という観点からも、米国債という「カード」をちらつかせつつも実際には売却に頼らない、「成長によって対米依存度を徐々に減らしていく」道を実現できるかどうかが鍵となります。
結論として、日本は「安全保障では米国に従属しつつ、経済では交渉力を保つ」という矛盾を抱えていますが、ヒルビリー層への“限定的妥協”をてこに、外圧を国内改革の推進力へと転換できれば、円安リスクを踏まえたうえでも、APAC重心へのシフトとデジタル黒字化の両立が現実的な展望として見えてきます。
EU:NATO依存からの自立模索と“計算された強硬姿勢”
「アメリカの傘に守られつつ、傘を畳む準備」
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、EU各国は依然としてNATO(=米国)への依存を続けざるを得ない状況にあります。
しかし、ウクライナ戦争を通じて明らかになった補給・調達体制の脆弱性を契機に、欧州委員会は2024年3月に発表した「防衛産業ホワイトペーパー」において、装備や認証の域内相互運用を加速させる方針を示しました。
さらに、2025年6月までに防衛サプライチェーンを欧州域内で完結させるための「オムニバス簡素化法案」の策定を進めると宣言しています。
技術面においても、AI監視システムや無人機の統合を手がけるスタートアップ企業が台頭しており、「欧州版DARPA(米国国防高等研究計画局)」構想が現実味を帯びつつあります。
📌ポイント
軍事的な“背骨”を引き続き米国に頼りながらも、産業面ではテクノロジー主導によって戦略的な自立を図るという、いわば「二段ロケット」型の戦略がEUで進行しているのです。
EU世論が後押しする「強硬だが全面報復は回避」の線引き
欧州中央銀行(ECB)が実施した消費者調査(CES)によると、米国が追加関税を課した場合、EU圏の消費者の65%が「米国製品の購入を控える」と回答しています。
また、EUの国内政治においては「トランプ支持派(トランプシンパ)」はほとんど見られず、主要メディアも対米批判に比較的寛容な空気が広がっています。
しかしながら、EUは「徹底的な報復関税」の発動には慎重な姿勢を崩していません。
5月6日に行われた欧州議会での討議では、セフチョビッチ欧州委員会副委員長が「報復はあくまで最後の手段であり、まずは交渉を重視すべきだ」と強調し、“NATOの危機=EUの安全保障の空白化”という事態を回避するための現実的な方針を示しました。
さらに、4月10日にはすでに発動していた25%の報復関税について、「90日間の保留」措置を発表し、対話の余地を意図的に残す姿勢を明らかにしています。
対米カード:精密ターゲティングと制度防衛
■ 精密関税の活用
EUは、バーボンやハーレーダビッドソン、フロリダ産の果汁など、米国の選挙に影響力を持つ州の象徴的な製品に対して、限定的に関税をかけています。
これにより、米国の農業・製造業に関係するロビー団体に集中的な圧力をかけ、政治的な影響力を行使することを狙っています。
このように、制裁対象を絞り込みながら最大限の効果を狙う戦略は、「精密ターゲティング」と呼ばれる典型的な手法です。
■WTO・OECDを活用した制度的な包囲網
トランプ政権下で導入された関税措置について、EUはこれを「国家安全保障を口実にした濫用」だとしてWTO(世界貿易機関)に提訴しています。
同時に、OECD(経済協力開発機構)で合意された最低法人税制度や、EUが進めているCBAM(炭素国境調整措置)といった国際的なルールを活用し、「国際的な規範」を盾にして米国に圧力をかける戦略をとっています。
これは、米国の一方的な関税措置に対して、法と制度の側面から包囲網を築くアプローチです。
■防衛自主化と投資審査の強化
米国製兵器の共同調達比率を段階的に見直し、EU域内の防衛自主性を高めるとともに、EU版FIRRMA(対米投資審査制度)に相当する枠組みを活用し、米系プライベート・エクイティ(PE)ファンドによる重要企業の買収に対して選別的な審査を行っています。
■結果
EUは、「声は大きく、拳は小さく」という姿勢で、世論の強硬論に応えながらも、NATOとの協調関係やグローバルな供給網を損なわない形で、計算された対米圧力を巧みに行使しています。これがEUらしい現実主義的アプローチだと言えるでしょう。
5.カナダとメキシコ:“梯子を外された”隣国の反トランプ連携と輸出多角化
5-1 カナダ:超党派で築く「反トランプ包囲網」
■梯子を外された衝撃
2025年3月4日に発効された25%の追加関税(対象:自動車、アルミ、林産品など)に対し、トルドー政権は即座に「非常に愚かな措置だ」と断言しました。
これを受けてカナダ政府は、米国製の冷蔵庫、ケンタッキー州産のバーボン、ハーレーダビッドソンといった象徴的な品目に対して25%の対抗関税(300億カナダドル相当)を発動し、さらに21日以内に1,250億ドル規模まで拡大すると警告を発しました。
この対応には、保守党や連立与党も足並みを揃えており、“反トランプ”というテーマで与野党が一致する異例の構図となっています。
■輸出の行き先シフト
影響が大きい自動車部品や農産物の輸出に関しては、政府がCETA(対EU)やCPTPPを活用した迂回輸出を民間企業に促しています。また、アジア市場を中心にLNGや電池材料の長期契約を急速に拡大中です。
欧州委員会との「EU-CPTPP対話」では、カナダが仲介役として域外累積原産地ルールの導入を提案するなど、サプライチェーン再構築に向けた積極的な外交を展開しています。
■対米強硬と“報復の自制”
対抗関税は対象品目を慎重に選定しつつ、WTOへの提訴とUSMCA(米・加・墨協定)による仲裁手続きを並行して進めることで、「法と世論」を盾に米国へ圧力をかける構えを見せています。
とはいえ、全面的な関税報復には踏み込まず、あくまで「強硬に見せて交渉余地を残す」という現実的な戦術を採用している点が特徴です。
5-2 メキシコ:強硬レトリック+実利重視の“二段構え”
■国内結束を図る“反トランプ”演出
シェインバウム大統領は、米国による関税措置を「全く根拠がない」と厳しく非難し、報復を行う方針を表明しました。一方で、「まずは協議を優先する」とも述べ、外交的対話の余地を残しています。
与党モレナと野党PANは対米強硬姿勢で足並みを揃えており、「反トランプ愛国フロント」とも呼べる政治的一体感を国内に演出しています。
■代替市場の開拓に向けた布石
輸出依存度が約80%に達する自動車や農産品を抱えるメキシコは、「脱・米国市場」への転換に向けて、以下のような戦略的な取り組みを進めています:
・EUとの新たなグローバル協定を2025年1月に妥結し、2026年の発効を目指しています(農産品・デジタル関連の関税ゼロ化を含む)。
・国営石油会社PEMEXは、中国・インド・韓国といったアジア市場向けに重質原油の輸出を拡大し、米国向け輸出の44%減を補う動きを見せています。
・CPTPP内ではカナダおよびベトナムと連携し、部品サプライチェーンの再編を協議中です。
■強硬姿勢と慎重な報復のバランス
報復関税の初期対象として、政治的影響の大きいテキサス産の鶏肉やウィスコンシン州産の乳製品などに絞ることで、強いメッセージを発しつつも全面的な関税戦争は回避しています。
国内世論には毅然とした態度を示しつつも、USMCA(米・加・墨協定)枠内での再交渉を視野に入れた、レトリック上は強硬、実務的には融和的なアプローチを基本路線としています。
5‑3 北米パワーバランスへの示唆
カナダ | メキシコ | 共通点 | |
対米スタンス | 超党派で反トランプ、報復関税を即発動 | 反トランプ世論を結集、報復示唆し交渉優先 | “梯子外し”への強硬演出 |
代替市場 | EU・CPTPP・アジア向けLNG/EV部材 | EU新協定・アジア向け原油/農産品 | 輸出多角化で交渉レバレッジ |
報復の深度 | 政治象徴品に25%、追加枠を用意 | 食肉・乳製品などピンポイント | 「全面戦争」は避け、交渉余地確保 |
■結論
北米の二大隣国であるカナダとメキシコは、“反トランプ”で共闘する姿勢を示しながらも、米国市場の重要性を冷静に見極めています。
その上で、「強硬な姿勢の打ち出し」「限定的な報復措置」「輸出先の多角化」という三位一体の戦略を通じて、対米交渉における主導権の奪還を目指しています。