DX推進で仕様が肥大化する理由:その「要件定義」が失敗の始まり

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導入|DXを進めたはずなのに、なぜ現場は疲弊するのか

「DX推進」の名のもとに大規模なシステム刷新を進めたものの、以下のような状況に陥る企業が後を絶ちません。

  • 要件定義がいつまでも終わらない
  • 仕様が肥大化し、開発期間とコストが当初予定を大幅に超過
  • リリース後、現場の入力・確認作業がかえって増え、生産性が低下

本来、DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、「顧客価値の向上」「圧倒的な生産性向上」を実現するための取り組みのはずです。

しかし実務の現場では、「DX=システム刷新」という誤解から、目的と手段が入れ替わり、プロジェクトが迷走するケースが頻発しています。なぜこのような「仕様の肥大化」が起きるのか、その構造的な原因と解決策を解説します。

第1章|DXと「単なるシステム化」は別物である

まず前提として、DXは「デジタル技術を活用して、事業・業務・顧客体験そのものを変革すること」を指します。
一方で、以下のような取り組みはDXそのものではありません。

  • 老朽化した基幹システムの単純なリプレイス(置き換え)
  • 紙業務のそのままの電子化(「紙」が「PDF」になっただけ)
  • 流行りのSaaSツールの導入自体

これらはあくまでDXを実現するための「手段」に過ぎません。
DXプロジェクトが失敗する企業の多くは、「何(業務・価値)を変えたいのか」という議論よりも先に、「どんなシステムを作るか」という議論から始めてしまっています。

第2章|仕様が肥大化する3つの構造的要因

なぜ、システムはこれほどまでに複雑化してしまうのでしょうか。そこには3つの構造的な要因があります。

要因① 「現行業務を一切変えない」という前提

「今の業務フローは変えず、システムだけ新しくしたい」。この発想こそが、仕様肥大化の最大の元凶です。

  • 長年の属人的な運用ルール
  • 極めて稀なケースへの例外処理
  • 担当者の頭の中にしかない「暗黙知」

これらをすべて新システムで再現しようとした瞬間、システムは極端に複雑化し、開発難易度が跳ね上がります。

要因② 部門要望の「積み上げ方式」

各部門が「自分たちにとって便利な機能」を要望し、DX推進側がそれを「調整」という名のもとにすべて受け入れると、全体最適は失われます。
結果として、「全部入り」の巨大で使いにくいシステムが出来上がり、現場も情報システム部門も疲弊します。

要因③ 「将来のため」という名の過剰設計

  • 「いつか使うかもしれない」機能
  • 「念のため」持たせた拡張性

実運用で使われないこれらの機能群は、システムの維持コストを上げるだけでなく、DXの投資対効果(ROI)を不明確にします。

第3章|仕様肥大化が招く“本当の失敗”

仕様が肥大化することで起きるのは、単なる予算オーバーだけではありません。

  1. 現場の業務負担増加(生産性の低下)
    入力項目の増加や操作の複雑化により、「前のシステムのほうが早かった」「DX前より忙しい」という本末転倒な逆転現象が起きます。
  2. DX推進担当・情シスの疲弊と離脱
    終わらない追加要望の対応に追われ、本来の「変革」に着手できない状態が続くと、担当者のモチベーションは維持できず、プロジェクトは頓挫します。
  3. 経営にとっての機会損失
    DX予算が単なる「システム維持費」と化し、本来注力すべき新規事業や顧客サービスへの投資が後回しになります。

第4章|DXの原点:目的は「顧客価値」と「コスト削減」

迷走したDXを立て直すために、常に立ち返るべき問いはシンプルです。

  • 顧客価値は向上しているか?
    (リードタイム短縮、顧客体験の改善など)
  • コスト・生産性は劇的に改善しているか?
    (人がやらなくてよい業務の削減、判断・承認スピードの向上)

この2点に寄与しない機能や仕様は、勇気を持って「捨てる」判断が必要です。

第5章|失敗事例と成功事例の分かれ道

失敗ケース:仕様肥大化で現場が混乱

広く知られている失敗事例(大規模基幹システム刷新など)に共通するのは、「現行業務の完全再現」を目指してしまった点です。
独自の商習慣や細かな部門要望をすべてシステムに実装しようとした結果(いわゆるアドオン開発の増大)、システムが安定稼働せず、現場が大混乱に陥るケースです。

参考情報(外部サイト)

共通する失敗要因は、「業務改革なきシステム刷新」を行い、「作らない(機能を削る)判断ができなかった」ことにあります。

成功ケース:仕様を削り、スモールスタート

一方で成功している企業は、DXの目的を明確に絞り、「Fit to Standard(業務を標準機能に合わせる)」を徹底しています。

  • 顧客体験改善に直結する領域にリソースを集中
  • 不要な業務・帳票はシステム化せずに「廃止」する
  • 最初から完成形を目指さず、小さく始めて育てる

参考情報(外部サイト)

成功企業は、「全部作る」よりも「作らない」判断を優先しているのです。

まとめ|DXとは「何を作るか」ではなく「何を辞めるか」

DXの失敗は、技術力の問題ではなく、経営と現場の「意思決定」の問題です。

  1. 目的を明確にする(手段を目的にしない)
  2. 業務を変える覚悟を持つ(システムに業務を合わせる)
  3. 仕様を削る判断をする(勇気ある撤退)

この姿勢がなければ、どんなに高価なツールを入れてもDXは形骸化します。

米国の事例に見る「変革」の覚悟

元ドキュサインジャパンCEOの三瓶氏のインタビュー記事では、日米のシステム刷新における決定的な違いについて、次のような示唆的な事実が語られています。

「アメリカの場合は、大規模なシステムの更新時には、しばしば大幅な人員削減が行われます。それが普通のことです。」
(出典:DX推進の課題と解決策:コスト意識と役割の転換 三瓶 寛一氏へのインタビュー

これは単に「人を減らす」ことを推奨しているわけではありません。
「システムが変わるなら、人の役割も、業務の構造も根本から変わるのが当たり前である」という、DXの本質(トランスフォーメーション)を表しています。

業務を変えず、人も変えず、システムだけで成果を出そうとすること自体が、そもそも無理のある発想なのです。

DXとは、「新しいシステムに何を入れるか」を考えることではありません。
「これまでの慣習の何をやめ、何を変えるか」を決める経営判断です。

その原点に立ち返ることが、貴社のDX成功への最短ルートとなるでしょう。