日本は近年、防衛政策において歴史的な転換点を迎えています。防衛費の急拡大に加え、「反撃能力」の保有やスタートアップ・大学との連携強化、装備品輸出の制度改革など、多面的な変革が進行中です。本記事では、防衛費の推移と政策の背景、トランプ政権の影響、産学官の取り組み、さらにドローン・サイバー分野の市場動向や国際比較を通じて、変化する日本の防衛戦略の全体像を紐解きます。
日本の防衛費の推移と政策動向
日本の防衛関係費(防衛費および関連経費)は、近年、大幅な増加局面に入っています。2022年度までは長年にわたり、GDP比でおおむね1%前後(約5兆円台)に抑えられてきましたが、2022年末に閣議決定された国家安全保障戦略および防衛力整備計画により、2023年度からの5年間で総額約43兆円(従来比約1.6倍)を投じる方針が打ち出されました。
この計画に基づき、2023年度の防衛関係費はGDP比で約1.4%に増加し、2025年度には約9.9兆円(GDP比1.8%)に到達、最終的には2027年度にGDP比2%(約11兆円規模)を目指しています。こうした急速な拡充により、日本の防衛費は2020年代後半には英国・フランス・インドと並ぶ水準に達する可能性があり、一部の報道では、米中に次ぐ世界第3位の規模となる可能性も指摘されています。
政策面では、財政的拡充と並行して、従来「専守防衛」の枠内で制限されていた能力の実質的な強化が進められています。2022年末に改定されたいわゆる安保三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)では、相手国のミサイル発射拠点などを攻撃可能とする「反撃能力」(いわゆる敵基地攻撃能力)の保有が初めて明記されました。
これを受けて、大型かつ長射程のスタンドオフミサイルの導入が本格化しており、2025年度予算では、米国製のトマホーク巡航ミサイルの取得やその運用に必要な関連システムの整備など、反撃能力の強化に関連する費用として約9,434億円が計上されています。
さらに、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域に対処する能力の強化、自衛隊の持続的な戦闘能力向上(弾薬・部品・補給体制の整備)、島嶼防衛を中心とした地域防衛体制の充実など、「質の面での防衛力強化」も重要な政策の柱となっています。
一方、防衛費の大幅な増額に見合う財源の確保については、法人税等の増税、歳出改革、防衛力整備のための建設国債発行など、複数の手段を組み合わせる方向で議論が進められています。これらの財源措置の制度設計や、国民の理解と合意形成の在り方は、今後の国内政治における重要な課題の一つとなっています。
トランプ氏の政策と日米安保への影響
トランプ大統領の外交・安全保障政策は、日米安保体制に対して大きな影響を及ぼす重要な要因となっています。トランプ氏は一貫して「同盟国による費用負担の増加」を強く主張しており、日本に対しても在日米軍の駐留経費や防衛支出の拡大を厳しく求める姿勢を鮮明にしています。
実際、トランプ政権2.0では、「同盟国が十分な負担をしない場合、米国は防衛義務を果たさない」といった発言が繰り返され、日本国内では、米国の安全保障コミットメントに対する不透明感、いわゆる「見捨てられ不安」が再び高まっています。
こうした中、日本は独自に防衛力の強化を進めており、防衛費の増額や能力の拡充を通じて、米側の期待に応える形で日米同盟の安定化を図る努力を続けています。今後は、こうした努力の継続とともに、外交・防衛分野における日米間の対話の展開が重要な焦点となるでしょう。
対中戦略と日米同盟の再定義
しかし一方で、中国の台頭という戦略環境は、日米同盟を中長期的に安定させる要因ともなっています。2017年にトランプ政権下で策定された国家安全保障戦略(NSS)では、米国は中国を「最も重要な地政学的ライバル」と公式に位置づけ、同盟国との緊密な協力の必要性を強調しました。
トランプ氏は、同盟国に対して防衛費や経済的負担の増加を強く求める姿勢で知られていますが、一定の負担を担う国には実利を重視した交渉姿勢を取る傾向があり、取引型・成果主義的な側面も指摘されています。
日本は、防衛費を2027年度までにGDP比約2%へと引き上げる方針のもと、防衛体制の強化を着実に進めています。2025年度には過去最高となる8.7兆円の予算が承認され、長射程ミサイルの導入や統合作戦司令部の新設など、質的な能力強化が図られています。さらに、米国との防衛産業協力も深化しており、空対空ミサイルの共同生産や米艦艇の整備支援といった新たな分野での連携が進展しています。
こうした日本の防衛努力は、トランプ政権からも評価されており、そのため政権交代によって日米同盟が直ちに不安定化するとの見方は限定的です。むしろ、中国に対する強硬路線が継続される中、日本の地政学的役割は一層重要性を増しており、同盟の戦略的価値は引き続き堅固なものと考えられます。
とはいえ、トランプ大統領の再選により、日米同盟における経済安全保障や防衛費分担の分野では、より直接的かつ厳格な対応が現実のものとなっています。特に、中国を念頭に置いた対中輸出管理の一層の強化や、AI・半導体といった先端技術分野における共同規制の強化、さらには同盟国への関税再適用といった措置が、すでに政策課題として再浮上しています。こうした動きは、日本に対しても一層の対応と調整を迫るものとなっており、今後の外交交渉の展開が注目されます。
これらのテーマでは、日本の産業界や政策判断と米国の戦略方針との間で認識の相違や摩擦が生じるリスクがあり、慎重かつ戦略的な外交対応が不可欠となります。
それでも、「対中抑止」という戦略的利益を日米が共有している以上、安保体制そのものは今後も中核的な枠組みとして維持・強化される見通しです。むしろ、日本の地政学的役割が拡大する中で、安保分野における日米連携の重要性は今後さらに増していくと考えられます。
軍事関連スタートアップと大学の役割・支援体制
日本の防衛産業では、近年、スタートアップ企業や大学など民間の先端技術への期待が高まっています。政府もこれに呼応し、民間技術を防衛分野へ活用するための各種支援策を強化しています。
2023年10月には「防衛産業基盤強化法」が施行され、中小企業向けの金融支援や設備投資支援制度が導入されました。同月には、米国のDARPAやDIUを参考にした「防衛イノベーション推進研究所(DII)」も設立され、スタートアップや大学と連携した先進技術の研究開発体制が整えられました。
さらに、防衛省と経済産業省は「防衛スタートアップ推進会議」を立ち上げ、自衛隊の装備ニーズとベンチャー企業の技術シーズのマッチングを促進する取り組みを進めています。
そのほか、防衛装備庁が実施する「安全保障技術研究推進制度」(大学や企業による先端的な基礎研究に対する競争的資金の提供)や、防衛装備庁内に設置された新規参入相談窓口、防衛産業基盤強化法に基づく設備投資補助制度などにより、スタートアップや大学が防衛分野へ参入しやすい環境整備が進展しています。
先端技術の活用と広がるデュアルユースの実例
こうした政策的支援を背景に、軍民両用技術(デュアルユース)に取り組む企業や大学の数は着実に増加しており、防衛装備庁主催の「防衛産業参入促進展示会」への参加者の増加や、「安全保障技術研究推進制度」への応募件数の伸びなどからも、防衛分野への関心の高まりが明確に表れています。
たとえば、ドローン、AI、サイバーセキュリティといった分野では、スタートアップ企業による新技術が防衛省に提案される例が増加しており、大学においても、先端素材や量子技術の研究が「安全保障技術研究推進制度」等を通じて活発化しています。
制度的ハードルと社会的課題を越えて
一方で、防衛関連分野への新規参入には依然として課題があります。契約に伴う各種法令や規制の遵守、入札参加資格の取得、さらには機微な情報を取り扱う際のセキュリティ体制の整備など、制度面や手続き面でのハードルは中小・新興企業にとって依然として高いとの指摘があります。そのため、今後の制度整備が求められています。
政府は、窓口の一元化や伴走支援の強化といった対応を進めていますが、根本的な課題としては収益性の確保が挙げられます。防衛装備品は調達数量が限られ、事業規模も小さいため、民間企業にとって魅力的な市場とはなりにくい側面があります。こうした構造的課題に対し、政府は長期契約の拡大、PBL(性能保証物流)方式の導入、随意契約の要件緩和などにより、企業に長期的な予見性を与え、採算性を高める施策の検討を進めています。
また、防衛産業への参入に伴うレピュテーションリスク(軍需産業としての認識に対する懸念)も中小企業や大学にとって無視できない要素です。過去には、大学関係者から軍事研究に対する慎重論が示されたこともあり、この文化的なハードルを克服するには、社会全体としての理解の醸成が不可欠です。
それでも、安全保障環境が一層厳しさを増す中で、スタートアップや大学の技術力を抜きにしては、将来の防衛イノベーションは成り立たないという認識が広がりつつあります。今後は、政府・産業界・学術界が連携し、「防衛分野のオープンイノベーション」を推進する動きがさらに加速していくことが期待されます。
防衛装備・ドローン・サイバーセキュリティ市場の規模と輸出動向
日本国内の防衛関連市場も、2025年以降、大きな転換期を迎えつつあります。とりわけ、防衛装備(軍事機器)市場は、防衛省による調達額と密接に連動しており、前述の防衛費拡大に伴い、国内防衛産業に対する調達予算の増加が見込まれています。
2025年度の防衛関連予算は、国内総生産(GDP)比で1.8%に達し、前年の1.6%から0.2ポイントの増加となりました。これは、2025年4月15日の記者会見で中谷防衛相により発表されたもので、政府が掲げる2027年度までに「GDP比2%」を達成するという目標に向けて、着実に進捗していることを示しています。
この予算には、防衛省の本体予算に加えて、海上保安庁の予算や、安全保障に資する公共事業費なども含まれています。装備品の取得や施設整備に関する予算も拡充が続いており、これらを合算した累計規模は、従来計画のおよそ2.5倍に達するとの見方もあります。
一方で、日本企業における防衛分野の売上比率は依然として低い水準にとどまっています。たとえば、三菱重工業や川崎重工業といった大手企業であっても、防衛関連売上は全体売上の数%程度に過ぎません。これは、長年にわたる装備品輸出の制約や、国内市場の規模の限界に起因しており、単独事業としての収益性の確保には依然として課題が残っています。
しかし、今後の防衛関連予算の拡大によって、国内の装備市場は中長期的に5兆円超へと成長する可能性が高まっています。こうした市場規模の拡大を踏まえ、官民双方による防衛産業基盤の持続的な強化や、装備品の輸出、さらには国際共同開発の本格化に向けた取り組みが、今後ますます重要となる局面を迎えています。
ドローン市場
ドローン市場は、軍事用途に加え、商業および民生分野においても急速に拡大しています。
日本国内のドローン関連ビジネス市場は、2025年度に4,987億円(前年比14.1%増)に達すると予測されており、2030年度には1兆1,195億円規模へと拡大する見通しです。
この市場の内訳は、サービス分野(空撮、インフラ点検、物流など)が約5,288億円、ドローン機体の市場が約2,746億円、周辺サービス市場が約2,161億円と見込まれています。こうした成長を牽引しているのは主に民間需要ですが、防衛分野でも無人偵察機や自律型輸送機の導入ニーズが高まりつつあり、ドローンは安全保障技術としての重要性を増しています。
防衛省では、小型偵察ドローンや自律型無人機の配備を進めるとともに、無人機運用部隊の整備にも着手しています。国内企業においても、自衛隊向けに垂直離着陸型(VTOL型)ドローンを納入する事例が現れており、防衛分野での国産ドローン活用が加速しています。加えて、ドローンの脅威に対応する「対ドローン技術(Counter-UAS)」への関心も高まっており、レーザー兵器や電波妨害装置などの開発も進行中です。
これらの動向を踏まえると、2025年から2030年にかけて、安全保障分野におけるドローン関連市場は確実に拡大していくと見込まれます。その中で、民間企業との技術連携やスタートアップの参入は、今後さらに重要性を増すでしょう。
サイバーセキュリティ市場
サイバーセキュリティ市場は、デジタル社会の進展に伴い、今後も著しい成長が見込まれています。
日本における情報セキュリティ産業の市場規模は、2023年時点で推計約1兆5,852億円に達しており、今後も年平均8〜10%程度の成長率が続くと予測されています。この成長ペースが維持されれば、2030年頃には2兆円を超える市場規模に達すると見込まれており、サイバーセキュリティは引き続き有望な戦略分野として位置づけられています。
防衛分野でも、サイバー防衛体制の強化が進められており、防衛省は2027年度までに約4,000人規模のサイバー要員の確保を目指しています。現在、自衛隊内の「サイバー防衛隊」は拡充・再編の途上にあり、攻撃的サイバー能力の整備や専門人材の育成計画も着実に進行しています。
また、官民双方におけるセキュリティ需要の高まりを背景に、サイバー人材の育成を担う教育・研修事業や、関連するソフトウェア・サービス分野も拡大傾向にあり、将来の成長領域として注目されています。
もっとも、この市場はグローバル競争が極めて激しく、欧米の大手企業やイスラエル系企業が先行優位を保っている分野でもあります。日本発のサイバー関連スタートアップも増加傾向にありますが、2030年までに国際的な競争力を高めていくことが喫緊の課題となっています。
防衛装備品の輸出動向
最後に、防衛装備品の輸出動向について述べます。
日本は長年、「武器輸出三原則」に基づき、原則として防衛装備品の輸出を禁止してきましたが、2014年に策定された「防衛装備移転三原則」により、一定の条件下で輸出が可能となりました。しかしながら、これまでの輸出実績は極めて限定的であり、完成品としての主要な輸出事例は、2020年にフィリピンへ納入された警戒管制レーダー(J/FPS-3相当)にほぼ限られています。
一方で、2023年以降、装備移転三原則の運用指針が見直され、国際共同開発品の第三国移転容認や、完成品輸出の拡大に向けた議論が進められています。これにより、制度整備の進展とともに、輸出機会の拡大が期待されています。
政府は、防衛産業の維持・強化を図る観点から、防衛装備品の輸出促進に本格的に取り組み始めています。2022年末に策定された国家安全保障戦略にも、「官民一体での防衛装備品の海外移転の推進」が明記され、輸出政策は国家戦略の柱として位置づけられました。
具体的には、従来は企業主導で行われていた装備品の受注活動に対して、政府が外交ルートを通じて積極的に関与し、潜在顧客の仕様要求に応じた開発支援や、自衛隊による訓練提供を含む包括的な支援体制を整備する方針が示されています。これにより、日本製防衛装備品の国際市場における競争力向上が期待されています。
さらに2023年には、日本・英国・イタリアが共同開発を進める次期戦闘機計画(いわゆるTempest/GCAP)に関連し、完成品の第三国輸出を可能とするための運用指針の見直しも行われました。
このように、制度整備は着実に進んでおり、2030年までに日本が複数の具体的な防衛装備品輸出案件を成立させられるかどうかが、今後の焦点となっています。
国際競争への挑戦と2030年への展望
もっとも、国際市場での競争は熾烈であり、後発の日本企業にとっては、価格や性能の両面で競争力を強化する必要があります。こうした課題に対応するため、政府は2024年に「防衛産業ビジョン」と呼ばれる政策文書を策定し、防衛装備移転三原則の運用緩和による輸出対象品目の拡大、官民連携による国際マーケティングの強化などを柱とする戦略を打ち出しました。この戦略は、防衛装備品の海外展開と、防衛産業基盤の持続的成長を政策的に後押しするものです。
2030年までの間に、艦艇、航空機、ミサイル、防護装備品などの日本製防衛装備品が、東南アジアや欧州諸国への輸出案件として具体化されれば、日本の防衛産業にとって大きな追い風となるでしょう。とりわけ、装備移転三原則の柔軟な運用や国際共同開発の拡大を通じて、外需の獲得が国内産業の持続性や技術基盤の強化に資する構造が整いつつある点は、極めて重要です。
世界の軍事産業との比較:米・中・欧・独との対比
世界の軍事産業を俯瞰するには、各国の国防支出の規模や増加率、さらにそれらの戦略的背景を踏まえた比較が不可欠です。特に、日本の防衛政策や防衛産業の位置づけを正確に把握するためには、米国や中国といった超大国に加え、欧州主要国の動向を含む国際的な文脈の中での評価が求められます。
ここでは、まず世界全体の国防費の趨勢を概観するとともに、米中両国の支出実態を中心に取り上げ、これを日本の動向と対比することで、グローバルな軍事バランスの構図を明らかにしていきます。
世界の国防支出:米中の圧倒的存在感
日本の軍事産業の規模や動向を的確に把握するためには、世界の主要国との比較が不可欠です。なかでも、国防予算の規模において米国は依然として圧倒的な首位を維持しており、2025年度の国防支出は約9,000億ドルに達する見込みです。これは、全世界の軍事支出の3割以上を占める水準に相当します。
一方、中国は2025年、前年比7.2%増となる約1兆7,846億元(約36兆7,600億円)の国防予算を計上し、4年連続で7%を超える伸び率を記録しています。これは中央政府の公表値に基づくものであり、実際の軍事関連支出はさらに多い可能性が指摘されています。台湾海峡や南シナ海をはじめとする地域情勢を背景に、中国の軍備近代化と戦力拡充は加速しています。
このように、米中両国だけで世界の軍事支出のほぼ半分を占めており、両国の支出動向は国際的な安全保障環境に大きな影響を及ぼすと同時に、各国の防衛政策や軍需産業の戦略にも直接的な影響を与えています。
欧州主要国の動向:ロシア侵攻を契機とする再軍備
ドイツは、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて防衛予算を大幅に増額し、2024年には前年比28%増の約885億ドルに達しました。これにより、ドイツは世界第4位の軍事支出国となっています。GDP比でも約1.9%に達し、NATOが掲げる2%目標に近づいています。さらに、ドイツ政府は連邦軍の装備更新を加速させるため、1,000億ユーロ規模の特別基金を創設し、老朽化した戦力の近代化に本格的に取り組んでいます。
欧州全体では、ロシアやウクライナを含む軍事支出の総額が2024年に約6,930億ドルに達し、冷戦終結以降で最大の伸びを記録しました。フランスや英国も防衛費の増額を継続しており、それぞれおおむね500億〜700億ドル規模で推移しています。
日本の現状と見通し:拡大する防衛予算
これに対し、日本の軍事費は2025年時点で約600億ドル前後と推定されており、前年比では約8〜10%の増加となっています。世界全体で見ると、日本は依然として軍事支出国ランキングで第6〜7位前後に位置し、インド(約880億ドル)やドイツ(約900億ドル)には及ばないものの、英国やフランスと同等の水準にあります。
日本政府は、2027年度までに防衛費をGDP比2%へ引き上げる方針を堅持しており、その実現に向けた予算拡充が継続されています。すでに2025年度予算では、総額8.7兆円が計上されており、長射程ミサイルの導入や統合作戦司令部の設置など、「質」の向上も重視した取り組みが進行中です。
仮にこの計画が順調に進めば、日本の防衛費は2020年代後半に英国やフランスを上回り、インドに匹敵する規模に達する可能性があります。さらに、為替レートや他国の支出動向によっては、米中に次ぐ世界第3位の防衛支出国となるシナリオも現実味を帯びてきます。
こうした動向は、戦後日本の防衛政策における歴史的な転換点を意味しており、「平和国家」としての立場を維持しつつ、どのように軍事的役割と国際的責任を拡大していくのかが、今後の国際社会の注目を集める重要課題となっています。
各国の軍事技術と防衛産業の特徴
軍事技術および産業力の分野において、米国は依然として世界で際立った地位を維持しています。ロッキード・マーティン、ボーイング、レイセオン(RTX)など、世界最大級の軍需企業が集積しており、国防総省(DoD)は年間1,000億ドルを超える研究開発投資を行っています。人工知能(AI)、ステルス技術、宇宙安全保障、サイバー戦といった先端領域では、DARPAやSpace Forceなどの政府機関と民間企業が密接に連携し、米国は軍事イノベーションの中心地としての役割を果たしています。
一方、中国は国家主導の「軍民融合戦略」を積極的に推進しており、AVIC(中国航空工業集団)などの大手国有企業が軍用技術の開発に深く関与しています。また、Huaweiをはじめとする民間ハイテク企業もAIや通信分野で軍との連携が指摘されており、無人機(ドローン)やサイバー戦能力といった先端分野で中国の影響力は急速に拡大しています。実際、中国製の武装無人機は中東やアフリカを中心に輸出が進んでおり、米国・イスラエルに次ぐ主要な供給国としての地位を築きつつあります。
欧州に目を向けると、フランスのダッソー(戦闘機)、ドイツのラインメタル(戦車・火砲)、英国のBAEシステムズ(電子戦・海軍艦艇)など、各国が得意分野を持つ防衛企業を有しています。ただし、欧州の防衛産業は国ごとに市場が分断されており、全体としての効率性には課題が残ります。このため、EU防衛基金の設立や、ドイツ・フランス・スペインによる次世代戦闘機計画(FCAS)といった多国間協力を通じた産業統合が進められています。
日本の防衛産業の課題と展望
日本の防衛産業は、米国、欧州、中国といった主要国と比較すると、輸出志向の弱さや国内市場の規模的制約により、国際競争力の面で後れを取ってきました。実際、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の主要防衛企業ランキングにおいて、日本企業が上位に入ることは少なく、軍需部門の売上規模でも米欧中の大手企業には大きく及んでいません。
しかし近年、日本はその構図を転換しつつあります。たとえば、日英伊による次期戦闘機(GCAP)の共同開発をはじめ、長射程ミサイル、宇宙、サイバーといった先端分野における国際協力を通じて、日本の防衛技術および産業基盤が国際舞台で存在感を高める機会が拡大しています。
日本政府も、戦後長らく抱えてきた安全保障上の制約を克服しつつあり、ドイツなどと同様に、防衛装備品の共同開発・輸出に積極的な姿勢を示しています。2023年末には、防衛装備移転三原則の運用緩和が実施され、欧米諸国との共同開発や相互輸出を促進する制度的枠組みが整備されつつあります。このような政策の進展を背景に、2030年頃までには、日本製の装備品や技術がアジア諸国の安全保障能力向上に寄与する具体的な成果が現れる可能性が高まっています。
もっとも、米国や中国との防衛産業規模には依然として大きな差があります。そのため、日本はセンサー技術、先端材料、ロボット制御などのニッチ分野で独自の強みを活かしつつ、同盟国との連携を通じて国際競争力を高めていく戦略が不可欠です。
おわりに
2025年から2030年にかけて、日本の軍事産業は、防衛費の倍増計画と制度改革を背景に、大きな転換期を迎えると見込まれています。
防衛予算の急拡大や、「反撃能力」の保有、装備品輸出の促進といった政策転換は、国内企業に新たな事業機会を提供しており、スタートアップや大学など多様な主体の参入も進展しています。
しかし、欧米や中国との間にある軍事技術および産業基盤の格差を縮めるには、政府と民間が一体となった取り組みが不可欠です。自衛隊の近代化、同盟国との連携強化、そして民間先端技術の積極的な導入という三位一体の取り組みにより、日本の防衛力と産業競争力は2030年に向けて大きく飛躍する可能性があります。
こうした変化は、地政学的リスクへの対応にとどまらず、経済・技術全体の競争力にも波及するものであり、日本独自の強みを活かした持続可能な防衛産業戦略の構築が、今後の成否を左右する鍵となるでしょう。