かつては「守るべき文化財」として維持費の負担が語られがちだったお城が、いまや“地域を稼ぐエンジン”へと変貌しつつあります。岡山城の全面リニューアルが1年間で約134億円の経済波及効果を生み出し、ヨーロッパ各都市では城郭がMICE誘致やフェスティバルの舞台となって持続的な雇用を創出。こうした成功事例は、「歴史資産 × 体験デザイン × データ運用」という新たな方程式が、観光収入だけでなく地域ブランドや住民の誇りまで同時に引き上げることを示しています。
本稿では、岡山城のハード・ソフト一体投資を皮切りに、エディンバラ城、ノイシュヴァンシュタイン城、カルカソンヌといった海外3城のスキームを比較しながら、「城を核にしたまちづくり」がなぜ世界で競争力を持ち得るのかを読み解きます。さらに、デジタル技術で可視化された没入体験や官民連携で加速する資金調達、城泊・祭り・ナイトエコノミーまで、最新トレンドと実践アイデアを網羅。
「歴史は動かせない」という固定観念を乗り越え、ハード整備とソフト施策、そしてシビックプライドを掛け合わせれば、城は地域経済を牽引する“未来の装置”になる——その可能性と具体的ステップを、データと事例で明らかにしていきます。
いま「お城マーケティング」が熱い理由
近年、自治体やDMO(観光地域づくり法人)が“お城”を核にした再開発へ力を入れています。理由はシンプルで、観光消費が読めるうえに、地域ブランドを高める象徴になりやすいからです。お堅いイメージが先行しがちな文化財ですが、最近はプロジェクションマッピングやナイトマーケットといった“エンタメ要素”も取り込み、ファミリー層からZ世代、インバウンドまで幅広く集客できるプラットフォームへ進化しています。
岡山城リニューアルに見る“ハード×ソフト”投資の威力
2022年11月、岡山城は「烏城(うじょう)」の愛称で知られる漆黒の外壁を再現した大規模リニューアルを実施しました。見た目の刷新だけでなく、バリアフリー対応やインタラクティブ展示の導入など、施設機能そのもののアップグレードも同時に行われ、単なる文化財修復にとどまらない「観光・体験拠点」への進化が図られました。
その成果は数字にも表れており、リニューアル後の令和5年度(2023年4月〜2024年3月)の入場者数は43万8,327人に達しました。これは、コロナ禍からの回復基調にある中で顕著な伸びであり、地元経済への波及効果は133億7,400万円にのぼると岡山市が公表しています。
注目すべきは、そのうち約20.7%が訪日外国人であった点です。岡山城では多言語表記やAI音声ガイドの導入、キャッシュレス決済対応など、インバウンド需要の再拡大を先読みしたソフト施策を先行的に導入。結果的に、観光復調の波をうまく捉えた形となりました。

さらに、“烏城灯源郷”と名づけられたナイトライトアップイベントを地元企業と共催し、城の幻想的な姿をSNSで拡散。市民による投稿が自然発生的な「無料広報」として機能し、地域内外の話題喚起に貢献しました。
また、来場者アンケートと携帯GPSなどの位置情報データを組み合わせた独自の需要予測モデルも開発されました。これにより、観光客の動向をリアルタイムで可視化し、適切なタイミングで飲食店や宿泊施設への誘導が可能に。観光消費の最大化と混雑緩和という2つの課題に同時に応える設計となっています。
これらの取り組みは、「改修=設備投資」で終わらせるのではなく、並行してソフト施策を戦略的に展開することで、ハードとソフトの相乗効果を生み出した好例です。岡山城の事例は、文化財の保存と観光経済の活性化を両立させるモデルケースとして、全国の自治体にとって大きな示唆を与えるものとなっています。
ヨーロッパ3都市の成功スキーム
―「歴史」を動かす都市の知恵と実装力―
歴史的な城や城郭都市は、日本に限らず、ヨーロッパ各地でも観光・文化・経済の核として活用されています。本章では、イギリス・ドイツ・フランスにおける代表的な三都市の城郭を事例に、その来訪者規模・施策の特徴・波及効果を整理し、成功の背景にある共通スキームを紐解きます。
いずれの都市も、「歴史資産を保存する」だけでなく、「都市全体の価値として体験設計し、データに基づいて運用する」ことで、観光産業や地域経済への波及効果を最大化しています。
次の表では、これら三都市がどのようなアプローチで観光価値を引き出しているかを、コンパクトに比較しています。
城郭都市 | 直近年間入場者 | 施策の特徴 | 波及インパクト |
エディンバラ城(英) | 190万人(2023) | フリンジ・フェスティバルとの共同プロモーション、都市型MICE誘致 | 首都圏のビジターエコノミーを牽引し18万人雇用を支援 |
ノイシュヴァンシュタイン城(独) | 85万1,047人(2023) | 上限人数を設けた「観光容量管理」、20億円規模の修復投資 | バイエルン州観光GVA 281億€の象徴的存在 |
カルカソンヌ(仏) | 64万3,882人(2024) | 世界遺産×五輪聖火リレー、城壁フルオープン | 来訪7%増・周辺宿泊売上10%増を達成 |
各地とも「歴史資産 × 体験デザイン × データ運用」という共通項が浮かび上がります。
エディンバラ城(英)|フリンジ・フェスティバルと都市型MICE誘致
エディンバラ城の施策、フリンジ・フェスティバルとの共同プロモーション、都市型MICE誘致について詳しくみていきましょう。
フリンジ・フェスティバルとは?
エディンバラ・フェスティバル・フリンジ(Edinburgh Festival Fringe)は、世界最大の芸術フェスティバルです。毎年8月、スコットランドの首都エディンバラで約3週間開催され、演劇、コメディ、ダンス、音楽などの多彩なパフォーマンスが街中のあらゆる場所(劇場、カフェ、通り)で展開されます。出演者の多くは無名のアーティストで、審査なし・自由参加型の“ボトムアップ”文化イベントです。
エディンバラ城は、フリンジ・フェスティバルとの共同プロモーションにより、高い集客効果を上げています。歴史的資源であるお城と、現代の文化イベントが連携することで、双方の魅力を引き立て合い、相乗効果を生み出しているのです。
たとえば、次のような施策が実施されています:
・フリンジ・フェスティバルの一部公演を、エディンバラ城内で開催
・チケット購入者に対し、「城内入場無料」や「夜間特別見学」を提供
・城壁を活用したプロジェクションマッピングと、ライブ音楽との融合演出
・城前のパフォーマンスが「SNS映えスポット」として話題に → 情報拡散を促進
このように、「歴史」×「カルチャー」という異なるコンテンツを掛け合わせることで、世代や関心の異なる観光客を幅広く惹きつけるクロスプロモーションが実現されています。
都市型MICE誘致とは?
MICE(マイス)は以下の4つのビジネスイベントの頭文字を取った言葉です:
項目 | 意味 |
M | Meeting(会議) |
I | Incentive(報奨・招待旅行) |
C | Convention / Conference(国際会議・学会) |
E | Exhibition / Event(展示会・見本市) |
特に富裕層やビジネス層が多く、宿泊・飲食・交通の単価が高いため、地方創生においても重要なターゲットです。
「都市型MICE誘致」とは、歴史的資産や文化施設(たとえばお城)をイベント会場やレセプション会場として活用し、都市へのビジネストラベルを促進する取り組みです。
エディンバラ城では、歴史的資産を現代のビジネスニーズに応用する多彩な活用が進められています。たとえば、世界遺産に隣接するロケーションを活かし、城内の「ホール」は企業のイベントやレセプション会場として貸し出されています。これにより、格式と特別感を備えた非日常空間でのビジネス交流が実現され、参加者に強い印象を残す演出が可能となっています。
また、国際会議の開催に合わせて、参加者限定の「ナイトキャッスルツアー」も提供。通常は立ち入れない時間帯に歴史的空間を体験できるこの特別ツアーは、訪問者の満足度を高め、都市全体のブランド価値向上にも寄与しています。
さらに、企業のインセンティブ旅行においては、VIP顧客を対象にした城内での晩餐会も実施されています。中世の衣装や演出を取り入れた「時代体験型ディナー」は、海外ゲストにも好評で、文化的な記憶とエンタメ要素を融合したユニークな体験価値を提供しています。こうした活用は、エディンバラ城を単なる観光名所から、「文化とビジネスの交差点」へと昇華させる象徴的な取り組みといえるでしょう。
こうした試みは文化体験付きのMICEとして高評価され、開催都市のブランド価値を高めることにもつながっています。
総括:エディンバラ城(英)の取り組みについて
―文化とビジネスの交差点としての「城」の再定義―
イギリス・スコットランドのエディンバラ城は、単なる歴史観光地にとどまらず、文化イベントや国際ビジネスを巻き込む多層的な戦略によって、都市全体の観光価値を高めている成功事例です。特に、世界最大級の芸術祭である「エディンバラ・フリンジ・フェスティバル」との連携や、MICE(会議・報奨旅行・国際会議・展示会)需要の取り込みにより、若年層から富裕層まで幅広い層の来訪を実現しています。
以下の表では、同城の主な施策について、それぞれの目的・実施内容・期待される効果を明確に整理しています。日本の城郭でも応用可能な示唆に富んだアプローチです。
用語 | 目的 | 実例 | 期待効果 |
フリンジ・フェスティバルとの共同プロモーション | 若年層や観光客との接点づくり | 城でのパフォーマンスや割引連携 | 集客拡大・話題化 |
都市型MICE誘致 | 富裕層・ビジネス層向けの高単価需要獲得 | 城でのレセプションや晩餐会 | 高付加価値な観光支出・国際化 |
つまり、「お城×文化イベント」「お城×ビジネスイベント」のように、多様な客層を巻き込む戦略が、エディンバラ城の成功の鍵となっているのです。日本国内でも応用可能なモデルといえるでしょう。
ノイシュヴァンシュタイン城(独)|上限人数を設けた「観光容量管理」、20億円規模の修復投資
ノイシュヴァンシュタイン城(Neuschwanstein Castle)」の観光戦略における「観光容量管理」や大規模修復投資(約20億円規模)は、持続可能な観光と文化財保護の両立を目指すヨーロッパの先進事例として高く評価されています。以下に詳しく解説します。
ノイシュヴァンシュタイン城とは?
ドイツ・バイエルン州に位置するこの城は、19世紀に建てられたロマン主義建築の代表的な存在です。その美しい外観は、ディズニーランドの「眠れる森の美女の城」のモデルとしても知られ、幻想的な雰囲気と芸術的なデザインが多くの人々を魅了しています。コロナ禍以前には、年間150万人以上が訪れる世界的な観光名所として、高い人気を誇っていました。
観光容量管理(Visitor Cap)とは?
この取り組みの目的は、まず城内部や周辺インフラの過剰利用によって生じる劣化を防ぐことにあります。また、観光客の過度な集中による混雑を緩和し、訪問者の満足度(カスタマーサティスファクション:CS)の向上を図ることも重要な狙いです。さらに、観光地としての魅力を保ちながら、地元住民の生活環境を守り、ツーリズムと日常の暮らしが共存できる持続可能な地域づくりを目指しています。
🔵施策内容
施策内容としては、まず1日あたりの入場者数に上限を設け、訪問者を約6,000人までに制限することで過密状態を防いでいます。これを実現するために、事前予約制を導入し、すべての来場者はオンラインでの予約が必須とされています。さらに、混雑のピーク時でも一斉入場が発生しないよう、15分ごとにグループを分散させて誘導しています。
観覧方式についても自由見学を廃止し、スタッフの案内によるガイド付きツアーに限定することで、滞在時間や観覧ルート、さらには安全管理まで一元的にコントロールできる仕組みとなっています。
加えて、年間を通じた来場者の分散を目指し、オフシーズンには特別ツアーや宿泊プランを企画・販売するなど、閑散期の誘導施策も実施しています。
アクセス面では、城周辺の自然環境を保護するために、自家用車の利用を部分的に制限し、バスやシャトルなどの公共交通機関の利用を積極的に促しています。これらの施策により、観光と環境・地域生活のバランスが取れた持続可能な運営が目指されています。
🔵効果
これらの施策によって、観光客の滞在満足度が向上し、TripAdvisorなどのレビューサイトでも評価が改善されるなど、顧客体験の質が高まっています。また、入場制限や観覧方式の見直しを行いながらも、年間の観光収入水準は維持されており、文化財の保全と観光による経済効果の両立が実現されています。
さらに、地域住民からの理解と支持も得られるようになり、過剰な観光による騒音や混雑といった「観光公害」の抑制にもつながっています。これにより、観光と地域社会が共に持続可能な形で発展するための好循環が築かれつつあります。
修復事業(20億円規模)について
ノイシュヴァンシュタイン城では、観光と文化財保護の両立を目指し、2022年から2024年にかけて段階的に、整備・改修が進められました。総事業費は約1億3,000万ユーロ(日本円で約200億円)にも及び、城の保存・修復だけでなく、周辺インフラの整備や観光管理システムの導入にも投資が行われました。このプロジェクトは、観光地としての魅力を高めながら、持続可能な運営体制を確立するための重要な施策と位置付けられています。
🔵修復対象
修復の対象は多岐にわたり、まず外壁では、石材や装飾、さらには塔の屋根といった部分に対して大規模な補修が施されました。これらは長年の風雨や積雪による損傷が著しく、景観と構造の両面で重要な修復箇所となっています。
内装においては、19世紀当時の技法を忠実に再現しながら、フレスコ画や天井装飾、家具類の修復が進められました。歴史的価値の高い意匠を保ちながら、美術工芸的な美しさを取り戻すことが目指されました。
さらに、設備面でも大きな刷新が行われ、空調、排水、電気といったインフラの近代化が進められています。これにより、施設全体の快適性と機能性が向上するとともに、バリアフリー化にも対応し、誰もが安心して訪れられる環境が整えられました。
🔵工事中も“魅せる工夫”
工事期間中も来場者の関心を引き続けるための工夫が凝らされており、その一つが「オープン修復」と呼ばれる取り組みです。これは修復作業の一部を一般公開するもので、見学用の特別エリアを設け、来場者が実際の修復現場を間近で観察できるようにしています。これにより、文化財保存の過程や技術を“リアル”に体験できる貴重なコンテンツとして、教育的かつ魅力的な観光資源となっています。
また、工事中だからこそ可能な特別展の開催や、拡張現実(AR)ガイドによる臨場感のある演出など、「今しか体験できない」限定的な魅力を積極的に提供。これらの工夫によって、工事期間中であっても来場者数を大きく落とすことなく、関心と満足度を維持することに成功しています。
世界遺産候補ゆえの保護義務
ノイシュヴァンシュタイン城は現在、正式な「世界遺産」としては未登録ですが、ユネスコの推薦リストに入っており、世界遺産登録を視野に入れた取り組みが進められています。そのため、同城はすでに文化財管理に関する国際的な基準や保護義務を遵守する必要がある状況にあります。
観光資源としての活用と、文化財としての保存のバランスを取ることが求められており、その実現のために上限人数を設定した観光容量管理や大規模な修復投資などが行われています。
サステナブル・ツーリズムの実証事例
ノイシュヴァンシュタイン城は、経済効果と文化遺産の保護という両立が求められるサステナブル・ツーリズムの実証事例として注目されています。観光による収入を得ながらも、過度な混雑や環境負荷を抑え、建造物の保全を最優先にした運用が徹底されています。
この取り組みは、世界中の観光地が直面する「オーバーツーリズム(観光公害)」への対応策としても評価されており、観光地経営における持続可能なモデルのひとつといえるでしょう。
保存と観光の両立を実現する先進モデル
ノイシュヴァンシュタイン城の取り組みは、日本の城郭観光にも応用可能です。とくに訪日外国人が急増している現在、「質の高い観光体験」×「文化財の長寿命化」という考え方は、姫路城や二条城、さらには岡山城などにも広がりつつあります。
カルカソンヌ(仏)|世界遺産×五輪聖火リレー、城壁フルオープン
2024年5月16日、フランス南部の世界遺産「カルカソンヌの歴史的城塞都市」は、パリ2024オリンピックの聖火リレーの一環として特別な祝賀イベントを開催しました。この日は、聖火がカルカソンヌの象徴である中世の城壁を通過し、地域の文化遺産とオリンピック精神を融合させた一日となりました。
聖火リレーとカルカソンヌ城壁の特別公開
聖火リレーは、ピレネー山脈を望むペイルペルチューズ城から始まり、カルカソンヌの城壁内にあるナボネーズ門での祝賀イベントで締めくくられました。このイベントでは、城壁の特別公開や、地元アーティストによるパフォーマンスが行われ、多くの観光客や市民が参加しました。
地元文化とオリンピックの融合
カルカソンヌでの聖火リレーは、地域の歴史的遺産とオリンピックの価値を結びつける試みとして、地元住民や観光客にとって忘れられない体験となりました。このようなイベントは、文化遺産の新たな活用方法として、他の地域や国でも参考になるモデルケースと言えます。
カルカソンヌの取り組みは、歴史的遺産を現代のイベントと結びつけることで、新たな価値を創出する好例です。日本の城郭や歴史的建造物でも、地域の文化やイベントと連携することで、観光資源としての魅力を高めることができるでしょう。
観光資源から経済装置へ──文化財の新たな価値
文化財による経済波及効果は、一次消費・二次波及・誘発効果の三層で捉えることができます。まず一次消費には、入場料や物販、飲食、体験型プログラムなど、観光客が直接支出する消費が含まれます。次に、これに伴う二次波及として、サプライヤーへの発注、地域交通の利用、広告や販促物の制作といった間接的な支出が発生します。さらに、誘発効果として、文化財関連の雇用によって得られた所得が地元で再消費されることで、商店街やサービス業にもお金が循環していきます。
たとえば岡山城の試算によれば、一次需要が82億円だったのに対し、二次波及および誘発効果の合計が51億円にのぼり、全体の約6割を占めています。これは、文化財が単なる観光資源にとどまらず、「まち全体の売上拡大装置」として機能し得ることを示す好例です。
シビックプライドは“数字を伸ばす無形資産”
「わが街には語れるシンボルがある」という誇りは、市民のボランティア参加や友人招致を後押しし、口コミ効果を生みます。国内研究でも、シビックプライドの高い地域は行政施策への協働意欲が高く、結果的にイベントの来場者と消費額が増える傾向が示されています。
岡山城では地元高校生が考案した限定グッズやスタンプラリーが話題に。数字に換算しづらい“地元愛”がSNS拡散を通じメディア露出=広告費削減をもたらしました。
トレンド:デジタルで“可視化×没入体験”
近年、観光や文化施設において「見る」から「体験する」へのシフトが進む中、デジタル技術を活用した“没入体験”が注目を集めています。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)、AIガイドなどのテクノロジーは、単なる演出にとどまらず、来訪者の回遊時間や満足度を高め、施設の収益性や運営効率にも寄与しています。これらの取り組みは、物理的制約を超えて新たな価値を提供し、観光行動の可視化やデータ活用を通じた持続可能なまちづくりにもつながります。
以下に、国内外の先進事例を挙げながら、それぞれのテクノロジーがもたらした具体的なビジネス効果をご紹介します。
テクノロジー | 活用例 | ビジネス効果 |
AR/VRツアー | 岡山城の「バーチャル天守」体験 | 回遊時間+20%、AR内ショップで追加課金 |
デジタル年パス | ノイシュヴァンシュタインのモバイルチケット | リピート率+15%、行列緩和でCS向上 |
AI多言語ガイド | カルカソンヌのチャットボット | インバウンド接客コスト▲30% |
データをリアルタイム取得→分析し、動線改善やダイナミックプライシングに活かす自治体が増えています。
官民連携モデルと資金調達
文化財の保存・活用を進める上では、自治体単独での対応に限界があることから、官民が連携した多様な運営・資金調達モデルが注目されています。代表的な手法としては、次のようなものがあります。
🔵PPP型(Public-Private Partnership)
施設の改修や整備にかかる初期費用は自治体が負担し、日常の運営は観光・文化施設の専門知識を持つ民間企業が担う方式です。たとえば、イギリスのエディンバラ城ではこのモデルが採用され、安定した観光運営と文化財保全の両立が実現されています。
🔵コンセッション型
民間企業が文化財施設の運営権を得て、入場料などの収益を原資に維持管理を行うモデルです。フランスの国有建造物センター(CMN)が展開する方式が代表例で、持続可能な文化財活用の一つの形とされています。
🔵クラウドファンディング型
市民やファンの共感と支援を直接資金に変える方法です。岡山城では石垣の修復を目的としたクラウドファンディングを実施し、約800人の支援者から総額1,200万円を集めました。資金調達だけでなく、文化財への愛着や参加意識を高める効果もあります。
これらのモデルは、単なる資金確保にとどまらず、運営ノウハウや先進的なマーケティング人材を地域に呼び込む契機にもなります。結果として、文化財が自立的に収益を生み出す「稼ぐ文化財」へと進化し、地域経済を支える存在となる可能性が広がっています。
すぐ使えるアイデア集(自治体・DMO向け)
観光による地域活性化を図る上で、自治体やDMO(観光地域づくり法人)がすぐに導入できる、実践的な施策アイデアをいくつかご紹介します。いずれも比較的導入しやすく、観光客の満足度向上や経済効果の拡大に貢献した事例です。
🔵城パス+市内交通フリーパスの組み合わせ
お城など主要観光施設の入場券に、市内の電車・バスの24時間乗り放題券をセットにする施策です。これにより観光客の移動の自由度が高まり、周遊性が向上。結果として、平均滞在時間が1.4倍に延びたケースもあります。市内全体への経済波及効果が期待できます。
🔵ナイトエコノミーの強化策
夜間のライトアップと合わせて、地元の地酒やクラフトビールを楽しめる屋台を展開する取り組みです。非日常の演出と地元資源の魅力を組み合わせることで、観光客1人あたりの客単価が2,000円以上増加した事例もあり、夜の時間帯を収益機会に変える効果があります。
🔵観光・文化体験の“サブスク”会員制度
月額500円程度の料金で、歴史や文化に関するオンライン講座を提供し、さらにリアルな限定イベントへの招待特典を付ける会員制プログラムです。継続的な関心と関係人口の拡大につながり、年間のLTV(顧客生涯価値)の最大化に寄与します。
🔵ESG投資/ふるさと納税と連携した文化財保全
文化財の修復・保存に対する寄付を「ふるさと納税」と連動させ、寄付者に税優遇を適用する仕組みです。社会的責任投資(ESG)や共感資本の視点からも評価され、地域に持続可能な保全と投資の好循環を生み出します。
ハードとソフトの掛け算で“まちを伸ばす”
お城は、単なる「歴史的建造物」にとどまらず、観光・教育・まちづくりといった多様な分野で活用できる「現代ビジネス」とのハイブリッド資産です。だからこそ、地域活性化の主軸として活かすには、ハードとソフトの両面をバランスよく掛け合わせる戦略が求められます。
まず、ハード整備では、安全性やバリアフリー、快適な動線やインフラの充実など、訪れる人々が安心して滞在できる基盤を整えることが重要です。設備の更新や改修は、施設の魅力を保つための基本投資です。
その上で、ソフト施策によって、来訪者の体験価値を高め、地域住民にとっても誇りとなる場をつくります。ナイトイベントや歴史講座、参加型の文化体験など、感情に訴える企画を通じて、地域とのつながりを育てていきます。
さらに、データ分析の活用によって、来訪者数・消費額・満足度といったKPIを可視化し、施策の効果を定量的に把握することが可能になります。こうした情報をもとにPDCAを回すことで、限られた予算でも高い投資対効果が実現できます。
実際に、岡山城は累計133億円の経済波及効果を生み出し、エディンバラ城には年間190万人、ノイシュヴァンシュタイン城には85万人、カルカソンヌ城には64万人もの観光客が訪れています。これらの数字は、「数字が伸びるほど、人々の誇りも育まれる」というポジティブなスパイラルを裏付ける証です。
日本のお城|最新トレンド:城泊&祭りで新しい稼ぎ方
日本には「城」と呼ばれるものが数百存在するといわれています。中でも、姫路城、松本城、犬山城、松江城、弘前城など、当時のままの姿で天守が現存する「現存天守」は全国に12城しかなく、非常に貴重な存在です。
また、天守を復元したものや城跡として整備された場所を含めると、100〜200以上の城跡が観光地として活用されています。さらに、石垣・土塁・堀といった遺構だけが残る城跡は、全国に3,000〜5,000か所以上あるとされ、近年の調査技術の進歩により、その数はさらに増加しています。
規模の大小を問わず、すべての城には独自の歴史的背景とストーリーが存在し、その魅力を活かした発信によって、地域の集客・観光資源として大きな可能性を秘めています。
ここでは、国内における取り組みに焦点を当て、日本各地の城を活用した観光施策と、それによる経済効果・PR効果の事例をご紹介します。これらは、「城」という貴重な観光資源を活かして、地域経済の活性化や文化資源のブランド化を目指す多様な実践例です。
各地の取り組みは、他の地域が施策を検討・導入する際のヒントやモデルケースとして、参考にしていただければ幸いです。
施策 | 城名・場所 | 概要/強み | 期待される経済・PR効果 |
世界遺産・価格弾力テスト | 姫路城(兵庫) | 2024年度入城者153万人。デロイト試算で社会的価値1.8兆円。“入城料いくらなら払う?”調査でダイナミックプライシングを検証中 | 高単価でも「払う価値がある」と評価されるブランドづくり→観光単価上昇と市民誇りの両立 |
城泊(キャッスルステイ)開業 | 丸亀城(香川) | 2024年7月開業。三の丸「延寿閣別館」に宿泊し、現存天守を貸切でナイトラウンジ体験 | 1泊数十万円クラス×年間30組想定。富裕層誘客で平均宿泊単価を底上げ |
プレミアム城泊 | 大洲城(愛媛) | 天守+2櫓を貸切、1泊2名で約110万円(1名55万円)。1日1組限定 | メディア露出・インバウンド富裕層集客。一棟貸し古民家ホテルへの波及も |
お城まつり×ナイトエコノミー | 松江城(島根) | 2025年3/26〜4/9「国宝松江城・お城まつり」。桜ライトアップ・武者行列・クラフトビールフェスなどを夜21:00まで延長 | 花見需要と夜間消費をセットで取り込み、地域外来客の滞在時間+客単価アップ |
戦国武将イベント | 大多喜城(千葉) | 2024年10/12〜13「大多喜お城まつり」。本多忠勝公を先頭に武者行列400名が練り歩き | 町内回遊+露店30店。歴史コスプレ・キャンドルナイトで若年層SNS拡散 |
超高級離れ宿 | 平戸城 懐柔櫓(長崎) | 2023年オープン。離島の城郭櫓を一棟貸し、客室から絶景海景を独占 | 1泊60万円前後。食体験・武者体験で平均滞在2.7泊に延伸、離島経済の新たな核 |
💡 共通のコツ
・ストーリー性を販売(“殿様ナイト”や“武者行列で歴史にタイムスリップ”など)
・希少性を確保(1日1組、期間限定ライトアップなど)
・地域事業者と収益シェア(飲食・体験・交通パッケージ化)
姫路城の価格調整実験が示す“世界遺産プレミアム”
姫路城は、兵庫県姫路市に位置する日本を代表する城郭で、その優美な白漆喰の外観から「白鷺城(しらさぎじょう)」の愛称で広く親しまれています。まるで白鷺が羽を広げて舞い立つかのような姿は、国内外の観光客を魅了し続けています。現在の姫路城の構造は、1609年に池田輝政によって大規模改修されたもので、戦国時代の軍事技術と江戸初期の建築美を兼ね備えた傑作として知られています。
姫路城の最大の特徴のひとつは、築城当時の木造建築が奇跡的に現存している点です。戦火や大規模な自然災害を免れ、修復を重ねながらも400年以上にわたってその姿を保ってきました。その歴史的・文化的価値は世界的にも高く評価され、1993年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。これは、法隆寺とともに日本で初めて世界遺産に認定された建築物であり、日本の歴史的景観の象徴とも言える存在です。
城内には5層7階の大天守をはじめ、巧妙に設計された迷路のような通路、防御のための石落としや狭間(さま)といった戦術的な工夫が随所に見られます。これらの構造は、見た目の美しさだけでなく、機能性にも優れた城であったことを物語っています。姫路駅から徒歩15分ほどというアクセスの良さもあり、年間を通じて多くの観光客が訪れます。春の桜や秋の紅葉、夜間ライトアップイベントなど、季節ごとに異なる表情を見せ、何度訪れても新たな魅力に出会える名城です。
観光資源としての姫路城の魅力
観光資源としての姫路城の魅力は、単なる歴史的価値や建築美だけにとどまりません。実際、アンケート調査によると、訪日外国人観光客は地元市民のおよそ2倍までの入場料であれば追加で支払う意向があるという結果も出ています。こうした傾向は、世界遺産というブランドが「価格競争」ではなく「価値競争」へと移行するフェーズに入っていることを示しています。
この動きは姫路城だけに限らず、たとえば岡山城や丸亀城といった他の文化財にも応用可能です。長期的には、来場者の多様なニーズに応えるために、Tier(階層)制のチケットや、年パスと特典を組み合わせた継続利用モデルを導入することで、LTV(顧客生涯価値)を高めていく選択肢が現実味を帯びてきています。文化財を“守る”だけでなく、“活かす”視点がますます重要になる中で、価格ではなく体験価値で勝負する仕組みづくりが求められています。
丸亀城|城泊(キャッスルエクスペリエンス)
丸亀城(まるがめじょう)は、香川県丸亀市にある城で、現存する木造天守を持つ日本の名城のひとつです。1660年ごろに完成したとされ、標高66メートルの亀山に築かれたことから「亀山城」とも呼ばれます。特に、日本一高い石垣(約60メートル)で知られ、美しい曲線を描く「扇の勾配」は、全国の城郭の中でも特に評価されています。
天守は三層三階のこぢんまりとした造りながら、江戸時代初期の姿をそのままに残しており、重要文化財にも指定されています。天守からは讃岐平野や瀬戸内海が一望でき、観光スポットとしても人気があります。
最近では「城泊(しろはく)」などの新たな取り組みも進められており、歴史的価値に加えて地域観光資源としての活用も注目されています。
丸亀城の城泊は、2024年7月からスタートした、日本初の本格的な“泊まれる城体験”のひとつです。宿泊は、かつて貴賓室として使われた「延寿閣別館」で行われ、1日1組限定・最大4名という特別感あふれるプランとなっています。
体験内容は、太鼓によるお出迎えに始まり、歴史ある建物での和会席ディナー、天守でのナイトラウンジ体験、翌朝は庭園「中津万象園」での朝食、さらに伝統工芸(うちわ制作)や煎茶体験などが含まれ、丸亀の歴史・文化を五感で味わえる宿泊プログラムとなっています。
料金は1泊2日で1組126万5,000円(税込)からとハイエンドですが、特別な文化体験や富裕層向け観光資源として高い注目を集めています。城そのものに泊まるという非日常性と地域性を活かし、丸亀城の新たな価値創出に挑戦する先進的な取り組みです。
大洲城・平戸城|城泊は「睡眠単価」でまち全体を底上げする
城泊は1人あたり5万円〜55万円と高価格帯に位置づけられていますが、それにもかかわらず、富裕層の平均的な再訪率は27%に達しており、リピート利用が見込めるマーケットです。さらに注目すべきは、宿泊者本人に加えて、同行者による域内での追加消費が大きい点です。具体的には、ラグジュアリーなレストランでの食事や観光タクシーの利用など、波及的な支出が宿泊費の1.4倍に上るという国内事例も確認されています。
このように、宿泊客数自体は限定的であっても、その一人ひとりが地域にもたらす経済的インパクトは非常に大きく、場合によってはビジネスホテル宿泊者の約5倍に相当する域内GDP効果を生むこともあります。城泊は、数量より質に重きを置いた観光戦略として、地域の高付加価値化に大きく寄与する可能性を秘めています。
祭り×武者行列×ライトアップで「夜を稼ぐ」
観光地での夜間の過ごし方を充実させることで、来訪者の滞在時間や消費額を大きく伸ばすことができます。とくに、祭りやイベントに武者行列やライトアップを組み合わせる取り組みは、高い効果が期待されます。
たとえば、松江や大多喜の事例では、甲冑を着た武者たちが市内を練り歩く「武者行列」が人気を集めています。これは、フォトジェニックなビジュアルとしてSNSでの拡散効果が高く、地域の魅力を広く発信するきっかけになっています。
また、屋台やクラフトビールの提供を加えることで、訪問者の1人あたりの客単価が2,000〜3,000円増加する傾向があります。地域の食文化や地元資源を活かしつつ、収益性を高めることができます。
さらに、ライトアップを夜遅くまで延長することで、日帰りではなく宿泊へとつなげる動きも見られています。こうした仕掛けの組み合わせにより、全体として観光客の滞在時間が約1.3倍に伸びるという結果も出ています。
夜の時間帯を「消費の空白」ではなく「稼ぐチャンス」に変える。そんな観光戦略が、今各地で注目を集めています。
“稼ぐ観光”をつくる:文化資源の実践的活用術
観光施策やイベントを「一度きりの催し」で終わらせず、持続可能で戦略的な成果へとつなげていくためには、現場レベルでの実践的な視点が欠かせません。
核となるのは、文化資源としての「城」の活用です。単なる歴史的建造物としてではなく、地域経済の活性化、住民の誇り(シビックプライド)の醸成、そして観光客の満足度向上という“三つの柱”をどう実現していくかが鍵となります。
観光施策や地域イベントの企画・運営を担う実務担当者が、施策設計の段階で押さえておくべき重要な視点と、現場で即実行できるアクションをチェックリストにしました。実務に活かせる具体的な手がかりとなり、地域の魅力をさらに高める「次の一手」を考えるヒントとなれば幸いです。
チェック項目 | Why?(なぜ重要か) | まずやること |
需要予測 | 混雑や閑散を避け、適切な人流管理を行う | 携帯GPSデータやWebアンケートを用いて日次・週次の動態を把握 |
体験デザイン | 記憶に残る“物語”を提供し、満足度と再来訪意欲を高める | 役割(ロールプレイ)や参加型要素を組み込む |
価格設計 | 価値に見合った収益化、価格帯ごとの誘客 | ダイナミックプライシングやサブスク型など複数モデルを検討 |
地元連携 | 経済効果を地域内に循環させる | 宿・飲食・交通などと共通パス化・セット販売 |
プライド醸成 | 地域住民が誇りを持つことで持続可能性とPR力が向上 | ボランティアやグッズ開発への市民参加を促進 |
まとめ:城からまちごとバージョンアップ
岡山城では経済波及効果が133億円にのぼり、姫路城はその社会的価値が1.8兆円と試算されています。また、丸亀・大洲・平戸では「城泊」事業が展開され、松江や大多喜では地域を挙げた祭りや武者行列がまちを盛り上げています。こうした各地の取り組みに共通しているのは、歴史的な資源を現代にふさわしい“体験価値”へと翻訳したという点にあります。
かつては維持や修復に費用がかかる「残すコスト」と見なされていたお城も、いまや地域経済を動かす「未来を稼ぐエンジン」へと進化しつつあります。その実現の鍵は、三つのアプローチにあります。まずはハード整備によって安全性と快適性を担保し、次にソフト施策で体験価値を高め、地域の誇り(シビックプライド)を育てること。そして、地域固有の歴史や魅力を活かしたストーリー設計によって、その希少性を価格に転換していくことです。
あなたのまちの文化資源も、見方を少し変え、“城的”に磨き上げていくことで、「数字」と「誇り」の両方を着実に伸ばしていくことができるでしょう。