2024年、日本を訪れた外国人観光客は年間3,686万人に達し、コロナ前の2019年を超えて過去最高を更新しました。旅行消費額も約8.1兆円にのぼり、1人あたり支出額は22.7万円と2019年比で43%増加。円安や「リベンジ消費」が追い風となり、観光は自動車産業に次ぐ規模の「新たな輸出産業」へと位置づけられています。
しかし、この急成長の裏で、人手不足・インフラの逼迫・オーバーツーリズムといった課題も深刻化。宿泊業の従業員数は依然としてコロナ前を下回り、観光客の7割以上が東京・大阪・京都など特定地域に集中する現象が顕著になっています。
こうした課題に対して、各地の自治体や事業者は独自の工夫を凝らし、持続可能な観光の実現に挑んでいます。次に、その具体的な事例を見てみましょう。
事例:各地で進む課題解決の取り組み
京都市の混雑対策と住民共存
京都市では、市バスや地下鉄が観光客で混雑し通勤・通学に影響が出ていました。これに対し、市は「観光分散」を進め、宇治や亀岡への誘導、冬季観光キャンペーンの実施、さらには「手ぶら観光」サービス(空港から宿泊先まで荷物配送)を導入。宿泊税の引き上げを検討し、地域住民にも観光収益を還元する仕組みづくりを進めています。
富士山の入山規制
世界遺産・富士山では登山者急増による環境負荷が問題化。2024年から山梨県・吉田ルートでは登山者数上限(1日4,000人)や事前予約・料金徴収制度が導入され、静岡県側でもオンライン登録制度がスタートしました。自然環境を守りつつ観光の質を維持するモデルケースとして注目されています。
北海道・ニセコの循環型観光
冬季リゾート地ニセコでは、タクシー不足やごみ問題が住民負担となっていました。町は無料循環バスやスマートごみ箱の設置を進め、持続可能な観光を模索。これにより観光客と地域社会の共存モデルを先駆的に示しています。
人材不足を補う外国人労働者とDX
東京の大手ホテルでは、2019年に80人だったベトナム人技能実習生を2024年には400人に拡大し、客室管理の中心を担わせています。また、AIチャットボットによる多言語対応や清掃ロボットの導入も広がり、人材不足を外国人材とテクノロジーで補う取り組みが進展しています。
全国26地域の先駆モデル事例
これらの地域取組みは全国に広がりつつあります。観光庁は2023年、「オーバーツーリズムの未然防止・抑制パッケージ」を策定し、全国26地域を「先駆モデル地域」として選定しました。その一覧がこちらです。
全国26の事例を、「課題」と「対策」に分類して表にまとめました。
No | 地域・事例名 | 課題 | 対策 |
1 | 北海道倶知安町(ニセコ) | 冬季観光シーズンの交通渋滞・タクシー不足、ごみマナー問題 | 無料循環バス運行、スマートごみ箱設置、観光ルート整理 |
2 | 北海道美瑛町 | 観光地トイレ不足、駐車場混雑、マナー違反(路上駐車・立入) | トイレ増設、駐車場改修、混雑可視化、デジタルサイネージ啓発 |
3 | 青森県(奥入瀬渓流) | 紅葉期の交通渋滞、駐車場不足、観光マナー低下 | マイカー規制、シャトルバス運行、臨時バス停、マナー啓発チラシ |
4 | 山形県山形市(蔵王温泉) | ロープウェイ待ち混雑、交通混雑、観光モラル低下 | 事前予約・価格変動制、シャトルバス・定額タクシー、Wi-Fi整備、混雑情報発信 |
5 | 山形県尾花沢市(銀山温泉) | 観光地中心部の駐車場不足と渋滞 | パーク&ライド、マイカー規制実証、シャトルバス運行 |
6 | 埼玉県川越市 | 観光客増加によるごみ問題、環境美化の必要性 | ごみポイ捨て防止啓発、清掃活動強化 |
7 | 埼玉県秩父市 | 特定時期の混雑、観光データ不足 | AIカメラ混雑予測、夜間イベント、観光行動データ分析 |
8 | 東京都台東区(浅草) | 観光地でのごみポイ捨て | ごみ組成調査、清掃イベント啓発 |
9 | 神奈川県鎌倉市 | 観光地混雑、駅周辺の人流集中 | 混雑マップ、公式ガイド改修、駅誘導員、公共交通利用促進 |
10 | 神奈川県箱根町 | 大型荷物による交通機関混雑、観光ルート渋滞 | キャリーケース配送、バスラゲージ整備、ロープウェイ事前予約 |
11 | 新潟県佐渡市 | 島内交通の不便さ、観光地アクセス偏り | 周遊バス運行、パーク&ライド推進 |
12 | 山梨県(富士山吉田口) | 登山道混雑、登山者安全確保 | 登山者数規制、入山管理強化 |
13 | 山梨県大月市 | 外国人観光客が特定スポット集中 | 外国人向けモデルコース整備 |
14 | 岐阜県高山市 | 観光マナー低下、災害時対応未整備 | マナー啓発、災害対応体制構築 |
15 | 岐阜県白川村(白川郷) | 駐車場混雑、観光モラル不足 | 駐車場混雑情報リアルタイム配信、レスポンシブル・ツーリズム周知 |
16 | 静岡県(富士山南口) | 登山口混雑、安全対策不足 | 事前登録システム、安全誘導員配置 |
17 | 京都府京都市 | 観光地混雑、地域との共生課題 | 回遊ルート誘導、新系統バス、観光モラル宣言、観光効果可視化 |
18 | 奈良県(奈良公園・山の辺の道) | 観光地混雑、ごみ問題 | 混雑可視化、スマートごみ箱、地域参加型ツーリズム |
19 | 和歌山県高野町(高野山) | 中心部駐車場混雑 | 駐車場混雑情報発信、有料化検討 |
20 | 島根県出雲市 | 参拝時期の交通渋滞、駐車場不足 | ETC2.0データ分析、駐車場有料化 |
21 | 広島県廿日市市(宮島) | 観光地混雑、マナー低下 | 混雑可視化デジタルマップ、マナー啓発イベント |
22 | 香川県小豆島町 | 観光スポット周辺駐車場不足、交通混雑 | 駐車場整備・有料化、EVバイク導入 |
23 | 高知県いの町(仁淀川流域) | 観光スポット安全確保、景観保護 | 遊歩道・ビューポイント新設、観光コンテンツ造成 |
24 | 熊本県阿蘇市 | 自然観光地混雑、地域交流不足 | 自然アクティビティ整備、多言語混雑モニター、住民体験会 |
25 | 沖縄県(首里杜地域) | 駐車場混雑、観光ガイド不足 | 駐車場混雑情報発信、バス予約システム、ガイドライン策定 |
26 | 沖縄県竹富町(西表島) | 自然環境保護、観光客過剰立入 | 立入制限エリア、入域管理システム整備 |
(「先駆モデル地域」における取組み事例集を参考に作成)
これらの地域発の取り組みは単発で終わるものではなく、全国的な政策へと波及しています。観光庁は「先駆モデル地域」を指定し、国として課題解決の方向性を示しています。さらに、政府全体でも2030年を見据えた観光政策が本格化しています。
2030年に向けた政府の政策とプロジェクト
日本政府は「観光立国推進基本計画(2023〜2025年)」を皮切りに、2030年を見据えた長期的な観光政策を展開しています。単なる訪日客数の拡大ではなく、国際競争力のある観光産業を育てるために、以下の重点施策を進めています。
国家戦略としての観光立国ビジョン
政府は2030年に向けて、訪日外国人旅行者数6,000万人・旅行消費額15兆円という明確な数値目標を掲げています。これは2024年実績(訪日客約3,700万人、旅行消費額約8.1兆円)の約1.6〜1.8倍にあたり、観光を日本経済の柱の一つとして成長させるという強い意思を示すものです。観光庁・外務省・国土交通省など複数の省庁が連携し、インバウンドを国策レベルの成長産業として位置づけています。
この目標達成を支える司令塔として、観光立国推進本部の体制強化が進められています。同本部は内閣府直轄のもと、省庁横断で政策を統括し、規制緩和や予算配分を迅速に実行する役割を担います。従来は観光庁が中心となって施策を進めてきましたが、今後は外務・国交・経産といった関係省庁を巻き込み、外交・インフラ・産業政策を包括的に結びつけることで、インバウンドを国家戦略の中核に据える動きが強まっています。
こうした仕組みは単なる観光振興策にとどまらず、地方創生・国際交流・輸出産業化といった広範な政策分野とも連動しており、日本の持続的成長モデルに直結する国家戦略と位置づけられています。
インフラと都市計画の大規模整備
2030年に向けた観光立国戦略では、需要喚起だけでなく、それを受け入れるためのインフラ整備が大きな柱となっています。とりわけ空港や高速鉄道といった交通基盤の拡充は、訪日客の増加を支えるカギを握ります。
まず鉄道では、北陸新幹線の金沢〜敦賀間が2024年3月に開業し、関西方面から北陸へのアクセスが大幅に向上しました。さらに、リニア中央新幹線は品川〜名古屋間の開業が2030年代前半〜中頃にずれ込む見通しであり、名古屋〜新大阪間は2030年代後半から2040年代半ばの開業が想定されています。また、北海道新幹線の札幌延伸は当初の計画より遅れ、2038年度末ごろの開業を目指すことになりました。これらの整備は、国内観光の周遊性を高めるだけでなく、地方都市へのインバウンド誘客にも直結する施策です。
空港インフラについても拡充が進んでいます。成田空港ではB滑走路の延伸とC滑走路(第3滑走路)の新設が計画されており、2029年3月完成を目指しています。これにより発着枠は現在の年間約34万回から50万回へと大幅に拡大する予定です。関西国際空港も2030年ごろまでに発着枠拡大を視野に入れ、統合型リゾート(IR)の開業を見据えた整備を進めています。さらに、福岡空港では2025年に第2滑走路が供用開始予定で、国際線ターミナルの刷新とあわせて九州における観光ハブとしての機能強化が図られます。
一方で、政府が言及する「国際ゲートウェイ都市」としては、札幌・仙台・広島・福岡といった地方中核都市が注目されています。これらは正式な指定制度というよりも、中長期的に国際線ネットワークや宿泊投資を集中させる戦略的拠点として扱われています。
このように、鉄道・空港双方でのインフラ整備は、日本が6,000万人規模の訪日客を受け入れるための“基盤”であり、地域間の観光分散を実現するための生命線とも言えるでしょう。
デジタル化とスマート観光プロジェクト
観光需要の急増に対応するには、従来型の人手頼みの対応では限界があります。そこで政府は、デジタル技術を活用した「スマート観光」の仕組みづくりを進めています。その中核をなすのが、全国規模のDX(デジタルトランスフォーメーション)施策です。
まず、全国観光DXプラットフォームの構築が進められています。訪日客の移動・宿泊・消費行動に関するデータを収集・分析し、混雑分散や交通制御、消費行動の最適化に役立てるものです。リアルタイムでの人流予測や需要予測を活用することで、地域住民と観光客の共存を図りながら、効率的な観光マネジメントを可能にします。
次に、入国手続きと旅行利便性の向上を目的とした「JAPAN eVISA」制度の拡充と、宿泊・交通・決済を一体化させた「デジタル観光パス」の導入が検討されています。これにより、訪日前から旅行者の体験がシームレスにつながり、現地での移動や消費もスムーズに行えるようになります。
さらに、観光現場における人材不足への対応策として、AI通訳サービスやロボット案内インフラの導入が加速しています。空港や主要駅では多言語対応ロボットの設置が進み、観光施設やホテルでもAIチャットボットが幅広く活用されつつあります。これにより、多言語対応の負担軽減と、旅行者にとっての快適な滞在環境の整備が同時に実現されます。
デジタル化を軸としたこれらの施策は、日本の観光産業を「人手不足を補う仕組み」から「利便性と快適性を飛躍的に高める仕組み」へと進化させ、国際的な競争力を強化することが期待されています。
サステナブル・ツーリズムの制度化
観光客数が急増する一方で、地域住民の生活環境や自然資源への負荷が深刻化しています。こうした副作用を抑えつつ観光を成長産業として持続させるため、政府は「サステナブル・ツーリズム(持続可能な観光)」を制度化する取り組みを進めています。
まず、観光税・宿泊税の全国展開です。すでに京都市や富士山で導入された先行モデルを参考に、観光収益を地域社会に還元する仕組みを全国に拡大する方針です。徴収した税収は、観光インフラ整備や環境保全、さらには地域住民の生活環境改善に充当されることで、観光と地域社会の共生を実現します。
次に、自然環境保護を目的とした入域規制や予約制の制度化が進んでいます。富士山では登山者数に上限を設けた事前予約制がすでに導入されており、屋久島や西表島といった世界自然遺産でも、入域制限や訪問管理システムが本格化しています。これにより、自然環境を守りながら観光の質を維持する「責任ある観光」の仕組みが整いつつあります。
さらに、カーボンニュートラル観光の推進も大きなテーマとなっています。全国の観光地でEVバスや電動モビリティの導入が始まっており、宿泊施設では再生可能エネルギー利用やゼロエミッション化への補助制度が拡充されています。これにより、日本の観光は「環境負荷を減らす産業」へと転換し、国際的にも持続可能性の高い観光モデルを示すことを目指しています。
こうした制度化の流れは、単なる観光促進ではなく、地域住民や環境と「共存」する観光の形を定着させるものです。サステナブル・ツーリズムは2030年の数値目標を達成するための前提条件であり、日本が観光大国として国際的信頼を獲得するための必須要素とも言えます。
供給力強化のカギ:「空港・航空・ビザ」の三点セット
2030年に向けたインバウンド拡大を実現するには、需要を喚起するだけでは不十分です。それを確実に受け入れるだけの“供給力”の整備が不可欠であり、その中核となるのが空港ネットワークの最適化、航空運航体制の強化、そしてビザ手続きの円滑化という三本柱です。
地方空港の活用:観光分散と地域創生の推進
主要国際空港の拡張に加え、今後は地方空港の活用が重要なテーマになります。新千歳や那覇といった拠点空港に加え、仙台、静岡、熊本などの地方空港でもLCC(格安航空会社)の誘致や国際線の増便が進められており、訪日客が直接地方観光地にアクセスできるルートが広がりつつあります。これにより、オーバーツーリズムの緩和と地方経済の活性化が同時に期待されています。
航空燃料供給の安定化
航空便の増加に伴い、燃料供給の逼迫が新たな課題となっています。政府は、
・国内生産・輸入量の拡大
・備蓄体制の強化
・輸送インフラの整備
といった対策を進め、航空ネットワークの安定的な運営を下支えしています。
ビザ手続きの利便性向上
空港や航空網と並んで、入国手続きの簡素化も供給力を高める重要な要素です。
・JAPAN eVISA(電子ビザ):米・英・加・豪・台など10か国・地域の居住者がオンライン申請可能となり、訪日手続きの利便性が大きく向上しました。
・デジタルノマド在留制度:最長6か月間の滞在を可能とする新制度が導入され、長期旅行者やリモートワーカーの受け入れが進展。観光消費の裾野拡大が期待されています。
まとめ
空港・航空・ビザという三点セットの整備があってこそ、訪日客の流れはスムーズになり、日本の観光ポテンシャルを最大限に引き出すことが可能になります。とりわけ地方空港の活用は、オーバーツーリズムの緩和と地方創生を同時に実現する戦略的な一手であり、6,000万人規模の訪日観光を持続的に支える“背骨”と位置づけられます。
地方創生と人材育成
インバウンド拡大の恩恵を全国に行き渡らせるには、観光需要を地方へと分散させると同時に、地域自らが持続可能な観光モデルを構築できる体制を整えることが不可欠です。そのカギを握るのが、地域主体の観光マネジメントと、それを支える人材育成の取り組みです。
まず、地域DMO(観光地域づくり法人)の拡大が進められています。DMOは、地域の観光資源を統合的に管理し、国内外へのマーケティングや投資誘致を担う法人で、政府はこれを全国200地域以上に広げる方針です。地域ごとに観光戦略を立案・実行する主体を育てることで、単なる観光地の点的な開発から、面的な観光振興へと発展させる狙いがあります。
次に、観光産業を支える人材政策です。宿泊・飲食業では依然として人手不足が深刻であり、政府は外国人労働者の受け入れ枠拡大や、従来の技能実習制度から高度人材ビザへの移行を進めています。これにより、単純労働の補完だけでなく、語学・接客・マネジメントに優れた人材を中長期的に確保し、観光サービスの質を底上げすることを目指しています。
さらに、将来の観光産業を担う人材を育成するため、観光教育の強化も計画されています。観光専門の大学院や地域カレッジを新設し、ホスピタリティ、デジタル技術(DX)、多言語対応などのスキルを持つ人材を体系的に育成する構想です。こうした教育基盤の整備は、地方での雇用創出にもつながり、人口減少が進む地域の活性化にも寄与します。
このように、DMOの拡大、人材政策の改革、教育の強化は一体的に進められており、地方創生と観光立国を同時に実現するための重要な柱と位置づけられています。
グローバル観光キャンペーン
インバウンドの拡大を確実なものとするには、国内整備だけでなく、海外市場への積極的なプロモーションが欠かせません。政府は2030年を見据え、グローバル規模での観光誘致戦略を展開しています。
まず、「Visit Japan 2030」戦略がその中心に位置づけられています。これまでアジア諸国からの旅行者に依存する傾向が強かった日本観光ですが、今後は北米・欧州・中東といった富裕層市場を重点ターゲットに据えています。長期滞在や高付加価値消費を生み出す層を呼び込むことで、観光収入全体の質的向上を狙います。
次に、国際的な会議や展示会を取り込むMICE誘致プロジェクトが進められています。国際的な会議や展示会を誘致するMICE誘致は、自治体・コンベンションビューロー・民間事業者が連携して進める地域戦略です。専用の会議・展示施設や受入体制を活用し、世界規模のイベントを積極的に呼び込むことで、国際ビジネス交流と観光消費の拡大を図ります。MICEは1人あたりの消費額が一般観光客よりも高く、滞在日数も長いため、観光産業の高度化に直結します。
さらに、文化輸出との連動も強化されています。アニメ、食、伝統文化といった「クールジャパン」資源を観光と一体化させ、訪日動機の多様化を促進。海外での文化発信と現地での体験を結びつけることで、日本独自のブランド価値を高めています。
このように、政府は制度やインフラという“土台”を整えると同時に、世界市場に向けたプロモーションを強化し、インバウンド拡大を多角的に進めています。しかし、6,000万人・15兆円という数値目標を達成するには、こうした基盤をどう活かして質を高め、地域や環境との共存を実現するかが決定的に重要となります。そこで次に、日本の観光がどのような未来像を描いているのかを展望していきます。
展望:2030年に向けた持続可能な観光戦略
2030年に向け、日本のインバウンド政策は「数の拡大」から「質の向上」へと軸足を移しつつあります。政府が掲げる訪日客6,000万人・旅行消費額15兆円という目標は単なる規模の拡大ではなく、地域社会・自然環境と共存しながら観光を持続的に成長させる挑戦です。
このビジョンが意味するのは、観光を「大量消費の産業」から「質と共生を重視する基幹産業」へと変革することです。すでに各地で進むオーバーツーリズム対策、観光DXやスマート観光、観光税や入域規制といった制度化の流れは、その先駆けとなっています。
2030年の日本観光の姿を描くと、次のような方向性が見えてきます。
🔵質で勝負する観光立国:MICEやラグジュアリーツーリズム、体験型観光を通じて「少人数でも高い経済効果」を生み出す。
🔵観光の地域分散:地方空港や新幹線を活用し、訪日客を全国各地に誘導することで、都市部の混雑緩和と地方創生を同時に実現する。
🔵責任ある観光の定着:環境保護・マナー啓発・観光税制度を整備し、旅行者と地域住民が共存できる仕組みを社会全体に根づかせる。
🔵受け入れ体制の安定化:航空・燃料・ビザ制度の改革により、増加する訪日客を持続的に迎え入れられる供給基盤を確保する。
要するに、日本の観光は「自由に楽しむ観光」から「責任を共有する観光」へ、「量を追う観光」から「質で勝負する観光」へとシフトしていきます。観光が地域社会に根づき、共に育てる産業となるかどうかが、今後の5年、10年を決定づけるでしょう。
まとめ:観光立国への道筋
日本のインバウンド観光は、2019年の水準を超えて急回復を遂げ、経済の柱としての存在感を高めています。一方で、人手不足やオーバーツーリズム、環境負荷といった課題も浮き彫りになりました。
これらの課題に対し、地域レベルの実践と政府の制度的な支援が組み合わさり、2030年に向けた「観光立国戦略」が多角的に進展しています。空港や鉄道などのインフラ整備、デジタル技術の導入、サステナブル観光の制度化、人材育成、そして海外市場への積極的な発信は、いずれも観光を持続可能な成長産業へと変革するための布石です。
展望として見えてくるのは、「量を追う観光」から「質で勝負する観光」への転換です。高付加価値化、地域分散、責任ある観光の定着、安定した受け入れ基盤の構築――これらを同時に実現できるかどうかが、日本が真の観光立国として世界に存在感を示せるかを左右するでしょう。