新型コロナウイルスのパンデミックを乗り越え、東南アジアの中でも際立った回復力を見せているフィリピン経済。近年では、安定した内需、堅調な雇用、そして世界有数のビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)産業の成長を背景に、持続的な成長軌道にあります。2024年の実質GDP成長率は5.6%と、世界的な不透明感が漂う中でも着実な経済運営が評価されており、国際機関からも高い関心を集めています。
本記事では、フィリピン経済の産業構造や主要指標、政府による政策支援の枠組みに加え、今後注目される成長分野や投資環境の改善動向を詳しく解説します。さらに、海外企業が参入する上でのリスクと機会を多角的に捉えながら、「アジアの次なる成長フロンティア」としてのフィリピンの姿を展望します。
フィリピン経済の産業構造と主要経済指標
フィリピンは、サービス業を中心に発展してきた新興経済国であり、製造業や農業の比重は比較的小さめとなっています。2024年時点の国内総生産(GDP)における構成比は、サービス業が約62.9%を占めており、工業(製造業や建設業など)は約29.1%、農林水産業は約8.0%という内訳になっています。
就業者の約6割がサービス分野で働いており、農業関連の就業者は2割強にのぼります。フィリピンの主要産業としては、電子機器の組立(特に半導体などの電機製品は輸出全体の約5割を占めます)、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)、観光業、農産品(ココナッツ油や果物など)、そして鉱業資源(ニッケル等)が挙げられます。
中でもBPO産業は世界的にも有数の規模を誇り、2024年には約380億ドルの収益を上げ、約182万人の直接雇用を生み出すまでに成長しています。
直近のマクロ経済動向をみると、フィリピン経済はパンデミック後に力強い回復を遂げ、2022年には実質GDP成長率が7.6%に達しました。その後、成長ペースはやや落ち着きを見せたものの、2023年および2024年もともに約5.6%の成長を維持しています。
こうした安定した成長の背景には、豊富な若年層による消費需要の高さ、堅調な雇用環境、そして2023年に約372億ドルにのぼる海外からの送金が経済を下支えしていることが挙げられます(主に海外へ出稼ぎしている労働者からの仕送り)。
物価の動きについては、2022年から2023年にかけて世界的なインフレ圧力を背景に、一時インフレ率が6〜8%台に達する局面もありました。しかし、その後は食品供給の改善や金融引き締め策の効果もあり、2025年5月時点では消費者物価上昇率は1.3%と、落ち着いた水準にまで低下しています。
インフレの沈静化を受けて、フィリピン中央銀行(BSP)は2023年末より金融緩和の姿勢に転じており、2025年中にはさらなる利下げの可能性も示唆されています。
雇用環境についても着実に改善が進んでおり、2025年4月の失業率は4.1%と、パンデミック前の水準を下回るまで回復しました(2020年には一時17%を超える高い水準まで悪化していました)。こうした環境の中、個人消費がGDPの約7割を占めるフィリピン経済において、家計部門の消費は堅調さを維持しています。
外需の動向に目を向けると、財貨貿易は慢性的に赤字傾向が続いています。2023年の実績では、輸出額がおよそ1,165億ドルであったのに対し、輸入額は1,593億ドルに達しており、引き続き輸入超過の状態が見られます。
輸出品目の内訳としては、電子製品(特に半導体など)が全体の約53%を占め、最も大きな割合を占めています。続いて、バナナやココナッツ製品などの農産品が約10%、その他、機械類や鉱物資源といった品目が後に続きます。
主要な輸出先としては、アメリカ(16.6%)、ASEAN諸国(15.0%)、日本(14.1%)、香港(13.1%)、中国(12.9%)といった国・地域が上位を占めており、地域的にも多様な市場にアクセスしている状況です。
一方で、輸入は電子部品や機械類、燃料(鉱物性資源)、食品など多岐にわたっており、中国や近隣のASEAN諸国からの調達が多い傾向にあります。
もっとも、サービス収支の黒字や、海外で働く労働者からの送金による外貨収入が、財貨貿易における赤字の一部を補っており、その結果として経常赤字は比較的抑制された水準にとどまっています。2024年の経常赤字はGDP比で約3.8%となっています。
また、外貨準備高も2025年3月時点で約1,066億ドルに達しており、対外的な支払い能力や経済の耐久力は、一定の安定性を保っているといえる状況です。
主要経済指標(2024年前後)
◆実質GDP成長率:+5.6%(2024年、前年と同水準)
◆消費者物価上昇率:+1.3%(2025年5月、前年同月比)
◆失業率:4.1%(2025年4月)
◆名目GDP規模:約4,975億ドル(2025年見通し、32位/世界)
◆1 人当たりの GDP: 3,804.87 USD (2023年)
◆GDP構成(農業:工業:サービス):8.0 : 29.1 : 62.9(% , 2024年)
◆輸出額(財):1,165億ドル(2023年)
◆輸入額(財):1,592億ドル(2024年)
◆経常収支:-174億ドル(赤字、GDP比 -3.8%、2024年)
◆人口:1.149億人 (2023年)
◆出生率: 2.72 人 (女性1人あたり) (2022年)
◆平均年齢(中位年齢):25.3歳(2020)
政策的な後押し:マルコス政権によるフィリピン開発計画(PDP)2023–2028
フィリピン政府は、中長期的な経済成長を加速させるべく、積極的な政策改革や投資促進策に取り組んでいます。
現政権(マルコス政権)は、2023年に「フィリピン開発計画(PDP)2023–2028」を策定し、「8つの優先アジェンダ」に基づいて、インフラ整備、産業の競争力強化、包摂的かつ持続可能な成長の実現に向けた政策を推進しています。
以下に、政府の主要な施策・後押しの取り組みをご紹介します。
特別経済区による投資誘致
フィリピン経済区庁(PEZA)が管轄する経済特区では、輸出製造やITサービス企業を中心に多くの外資系企業が進出しています。経済区では法人税免除(一定期間)や5%租税特別措置、輸入関税ゼロ、ワンストップ許認可サービスなど優遇が受けられます。
行政手続きの透明性と迅速さで定評があり、「ノンレッドテープ(無駄な書類要求排除)」を掲げるPEZAのおかげで、本国では煩雑な許認可も経済区では比較的円滑です。これにより、電子機器やBPO拠点などの輸出型企業が集積し、外資誘致のハブとして機能しています。
外資規制の大幅な緩和
近年、長らく投資障壁とされた外国出資規制の緩和が相次いで実施されました。2022年改正公益事業法(Public Service Act)では、従来外国資本比40%に制限されていた特定インフラ・公益セクター(電気通信、航空、鉄道、空港、高速道路など)について、100%外資出資を解禁しました(なお電力送配電や水道など一部の公共公益は依然40%規制維持)。
また再生可能エネルギー分野でも、2022年末にエネルギー省が規制を見直し、太陽光・風力・水力など再エネ発電事業への外資100%出資を解禁しています。
さらに小売業の外資参入も容易になりました。改正小売貿易自由化法(RTLA)により、外国資本小売業者に課されていた最低資本額が従来の1店当たり250万ドル相当から20万ドルまで大幅引き下げられ、現地調達品の比率要件も緩和されています。
同様に改正外国投資法(FIA)では、輸出企業について外国人の完全所有を認め(従来は出資比率制限あり)、また小規模企業への出資要件を緩和しました。
こうした投資自由化策により、長年閉鎖的と批判されてきたフィリピン市場が外資に開かれ、通信・運輸・エネルギー・小売など多くの分野で新規参入機会が拡大しています。実際、外資規制緩和後には再生エネやデータセンター事業への大型投資計画が相次ぎ、フィリピンは新興国で2番目に魅力的な再エネ投資先に浮上したとの報告もあります。
企業減税とインセンティブ改革
ビジネス環境改善策として、2021年に法人税改革法(CREATE法)が成立し、企業課税負担の軽減が図られました。これにより大企業の法人税率は従来の30%から25%に即時引き下げられ、さらに2025年まで段階的に20%まで下げる計画です。
中小企業は現行で20%に軽減されています。同法では税優遇措置も整理され、インセンティブは成果連動かつ時限付きとする原則が導入されました。この結果、新規投資優遇は戦略的分野に重点配分され、例えば革新的技術やインフラ関連事業など政府が定める優先分野(戦略投資優先計画=SIPPに指定)には引き続き税控除や関税免除等が与えられます。一方で恩恵を受ける企業には雇用創出や輸出増など一定の成果が求められる仕組みです。
税制面では他にVAT(付加価値税)の免税範囲を狭める一方、投資庁(BOI)等によるプロジェクト別の優遇認定制度を存続させ、競争力の高い投資誘致策との両立が図られています。
大型インフラ投資(「Build Better More」)
インフラ整備は成長のボトルネック解消と雇用創出の柱と位置づけられています。前政権の「Build, Build, Build」政策を継承したマルコス政権は「Build Better More(より良い構築をさらに)」と銘打ち、2022〜2028年にかけて総額9兆ペソ規模(約1650億ドル相当)・198件のインフラ旗艦プロジェクトを推進中です。
これには都市鉄道、道路網、空港・港湾、ダム・防災設備、通信インフラ、エネルギー施設などが含まれます。政府は2022〜2024年のインフラ支出をGDP比平均5.8%で実行しており、今後も年間GDP比5〜6%程度を維持する計画です。2025年度予算案でもインフラ向けに1.5兆ペソ超(GDPの約5%強)が計上されています。
また大規模案件の効率的遂行のため、政府は旗艦プロジェクト管理事務所(PMO)を新設し、陸上輸送プロジェクトなどの進捗管理を強化しました。例えば日系の支援するマニラ首都圏地下鉄や南北通勤鉄道、ADB(アジア開発銀行)が融資するマロロス〜クラーク鉄道、さらに世界最長級となる計画のバタアン-カビテ長大橋など、国内各地で大型プロジェクトが進んでいます。
こうしたインフラ拡充は建設セクターを活性化させるだけでなく、物流コストの低減や地域間の結びつきを高め、中長期的な投資環境の改善に繋がると期待されています。
加えて、政府は民間資金の活用にも積極的で、PPP(官民パートナーシップ)手法を奨励しています。改正公益事業法で外資が参入しやすくなった鉄道・空港等では、海外企業を含むコンソーシアムによるPPP案件が模索されており、公共投資だけに頼らないインフラ開発が進みつつあります。
こうした政策的な後押しを背景に、フィリピン経済は堅調な内需を基盤としながら、さらなる成長のポテンシャルを引き出そうとしています。世界銀行も、政府による「包括的で強靭な成長」の実現に向けた改革の取り組みを高く評価しており、とくに投資の自由化やインフラ分野への継続的な投資が、民間投資の活性化を促し、中期的な潜在成長率の押し上げにつながると分析しています。
マクロ経済リスクおよび地政学的リスク
フィリピン経済の将来を展望するにあたっては、いくつかのマクロ経済的な環境リスクや地政学的な不確実性が懸念されています。政府および国際機関も、これらのリスクが経済成長の見通しに対する下振れ要因となり得る点を指摘しています。以下では、それらの主なリスクについて詳しく解説します。
世界経済・貿易の不確実性
グローバルな景気減速や貿易摩擦の影響はフィリピンにも波及し得ます。例えば2025年は米国による追加関税措置など保護主義的な通商政策が地域に不透明感を与えており、投資家心理や輸出需要にマイナスとなる恐れがあります。
ASEAN域内でも中国経済の減速や半導体市況の変動はフィリピンの製造業輸出・電子部品産業に影響を及ぼします。また主要輸出市場である米・中・日向け需要動向にも左右されやすく、世界経済の弱含みは成長鈍化要因となります。
金融市場・物価変動リスク
先進国の金融引締め動向や資本移動も、新興国であるフィリピンの通貨・金融環境に影響します。直近ではインフレ鎮静化に伴いBSP(フィリピン中央銀行)が利下げに転じていますが、もし再びエネルギー価格高騰や食料不足でインフレ圧力が高まれば、中央銀行は金融引締めを余儀なくされ景気に逆風となります。特にフィリピンはエネルギー資源について輸入に依存しており、原油価格が中東情勢などで急騰すればインフレ悪化・貿易赤字拡大を招くことになります。
財政面でも公的債務残高が対GDPで約60%とパンデミック前より高くなっており、金利上昇時の金利負担増や財政余力低下に注意が必要です。ただし政府は財政赤字縮小計画を堅持しており、税収強化などで債務持続性を確保するとしています。
自然災害・気候変動リスク
フィリピンは台風・洪水など気象災害の多発国であり、経済への打撃リスクが常に存在します。2024年も相次ぐ台風により農業生産や公共工事が乱れ、第3四半期のGDP成長率が5.2%と1年以上ぶりの低水準に落ち込む要因となりました。世界銀行も「フィリピンは極端気象に脆弱で、成長率の想定より下振れ要因になる」と警告しています。
中長期的には海面上昇や異常気象による農漁業への悪影響、インフラ破壊リスクも高く、気候変動への適応投資が成長持続の鍵といえます。またエルニーニョ現象による干ばつなども食品価格や電力供給に影響しうるため注意が必要です。
地政学的リスク
フィリピンを取り巻く地政学環境にも留意が必要です。一つは南シナ海における領有権問題・米中緊張です。フィリピンは中国と海洋権益を巡り対立する当事国であり、近年も周辺海域で両国船艇のにらみ合いや摩擦が報じられています。この緊張が高まれば貿易航路の安全保障や投資家マインドに悪影響を与えかねません。フィリピン政府は国際仲裁判決を背景に自国の権利を主張しつつ、周辺国や同盟国(米国等)との関係強化で抑止力を高めていますが、南シナ海は依然潜在的な紛争リスクを孕んでいます。
また、ミンダナオ地域など南部では過去にイスラム分離勢力や過激派による治安問題が存在し、誘拐テロなど外国企業活動への不安要素も残ります。他方、近年はバンサモロ自治地域の発足(2019年)など和平進展もみられ、地域経済活性化への期待も出ています。
地政学リスクは現時点ではフィリピン経済の成長指標に直接的な悪影響を与えているとはいえませんが、摩擦の兆候は散見されており、今後の展開によっては顕在化するリスクが存在します。中東情勢悪化による出稼ぎ労働者帰国や送金減少リスク、米中対立下での供給網分断リスクなど国外要因も含め先行き不透明要素として注意が必要です。
こうしたリスク要因を踏まえつつも、フィリピン経済は内需主導の成長構造と政策的な後押しを背景に、引き続き中期的な安定成長が期待されます。もっとも、外的リスクの動向を注視しつつ、柔軟な政策対応が引き続き求められます。
今後成長が見込まれる業界セクター
今後5年間(2025年〜2030年)において、フィリピン経済の中でも特に高い成長が期待される業界・分野を以下にご紹介します。政府の産業政策の方向性や市場の動向を踏まえると、これらのセクターには多くのビジネスチャンスが見込まれています。
ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)
フィリピンのBPO産業(近年はIT-BPMとも称される)は、世界第2位のアウトソーシング拠点として今後も拡大が見込まれます。英語堪能で若く人件費競争力のある労働力を武器に、コールセンターからバックオフィス業務、IT開発、さらには知識プロセスアウトソーシング(KPO)へとサービスの高付加価値化が進んでいます。
業界団体IBPAPは2025年にBPO輸出収入が400億ドルを超えると予測しており、銀行・金融サービスや医療分野向けの需要増、さらにAI時代に対応した新サービス開発(データアノテーションやクラウドサービス運用等)で年率7%前後の成長を続ける見通しです。実際2024年にはBPO輸出収入が前年比+7%の380億ドルに達し、GDPの約8.5%を稼ぐ基幹産業となりました。
人材面でも2024年に12万人超の新規雇用を創出しており、政府も高度人材育成(AI対応スキル訓練等)を支援しています。ゆえに今後もフィリピンは「アウトソーシングの世界拠点」として地位を維持・強化し、海外企業にとってコスト効率の高い業務委託先・オフショア開発拠点として有望です。
建設・インフラ(建設セクター)
政府主導の大型インフラ計画が展開されており、建設業は今後数年にわたり高成長が期待されます。公共事業だけでなく民間による住宅・商業施設開発も人口増加と都市化を背景に活発です。特にマニラ首都圏および周辺都市での不動産開発、工業団地造成、ショッピングモール建設などが続いています。
またPPPスキームでの空港近代化プロジェクト、鉄道整備、上下水道整備なども予定され、海外建設会社やインフラ関連企業に参入チャンスがあります。フィリピン建設市場は2023年時点でASEAN内でも有数の成長率を示し、建設資材(セメント、鉄鋼)需要も年々拡大しています。加えて防災インフラや住宅開発では日本企業の技術への関心も高く、ODAや民間連携を通じた参画機会も増加しています。
今後も政府がインフラ投資を毎年GDPの5-6%規模で維持する方針であるため、建設セクターは裾野の広い雇用創出と関連産業への波及効果を伴い経済をけん引するでしょう。
エネルギー(特に再生可能エネルギー)
経済成長に伴う電力需要の増大と電力供給制約の解消は喫緊の課題であり、エネルギー分野は投資有望な成長セクターです。政府は2030年までに電源構成に占める再生可能エネルギー比率を35%に引き上げる目標を掲げ、国内外からのクリーンエネルギー投資を積極的に誘致しています。
2022年の外資規制撤廃後、太陽光・風力発電を中心に多くのプロジェクトが計画・実施されており、2023年のクリーンエネルギー新規投資額は約19.8億ドルと前年比+87%増と急増しています。特にフィリピンは島嶼国ゆえ地熱・洋上風力・太陽光など多様な潜在資源に恵まれ、国際的にも有望市場と評価されています(BNEFのClimatescope報告ではフィリピンは再エネ投資魅力度で2021年の20位から2024年は2位に急上昇)。
また電力不足解消のため、火力発電所の新設や液化天然ガス(LNG)受入基地の整備も進行中です。日本企業も参加するマラヤLNGターミナル計画などが動いており、発電設備・送電網の近代化でも知見活用の機会があります。さらに電動モビリティや蓄電池の普及も始まり、エネルギー効率化サービス(スマートグリッド等)分野も新市場として期待されています。こうした動きにより、エネルギー・電力セクターは安定供給確保と環境対策の両面で今後5年の重点成長分野となるでしょう。
観光(ツーリズム)
フィリピンは豊富な自然景観と独自の文化を有し、観光業はコロナ禍からの回復を経て再び成長軌道に乗っています。2024年の観光収入は約7605億ペソ(約131億ドル)と過去最高を更新し、コロナ前2019年比で126.7%の水準に達しました。
国際旅行の再開と政府のプロモーション強化が奏功し、2023年の外国人観光客数は約545万人、2024年には約595万人へ増加しています。特に東アジア(韓国・日本・中国)や米国からの訪問者が多く、直行便の新規就航やビザ手続き緩和(中国人団体観光ビザ免除など)の効果も出ています。
マルコス政権は観光を重点産業に位置づけ、観光インフラ整備(空港・道路の改善)や観光地の分散開発、持続可能なエコツーリズムに取り組んでいます。また平均滞在日数の増加や富裕層観光客の誘致により、一人当たり観光支出額も増加傾向です。
今後はビーチリゾートや世界遺産だけでなく、医療ツーリズム(英語圏の強みを活かした医療・介護サービス)、教育留学(英語研修)やリタイアメントビザを活用した長期滞在など、多様な観光ニーズへの対応が進むでしょう。フィリピン観光産業はコロナ禍で雇用喪失がありましたが、すでに完全復活を遂げており、地方経済にも波及効果の大きい成長エンジンとして期待されています。
デジタルサービス(デジタル経済)
若年人口と高いインターネット利用率を背景に、フィリピンのデジタル経済は著しい拡大を続けています。2023年時点でデジタル経済規模は約2.05兆ペソ(約360億ドル)と前年比+7.7%成長し、GDPの8.4%を占めました。
電子商取引(EC)の普及が特に顕著で、オンラインショッピングやフードデリバリーが生活に定着しつつあります。専門家は2025年もデジタル経済が前年比15〜20%成長すると予測しており、主要ドライバーはEコマース、フィンテック(電子決済・デジタル融資)、データセンターや5G通信インフラの拡充とされています。事実、パンデミック期間に急増した電子決済・モバイルウォレット利用はその後も拡大を続けており、オンライン決済額は2024年に大きく伸びました。
都市部だけでなく地方でも配車アプリやオンライン教育などデジタルサービスが浸透し始めており、新興スタートアップ企業も台頭しています。政府はASEANデジタル経済枠組み(DEFA)交渉にも参加し域内デジタル貿易促進を図るほか、ブロードバンド整備やICT人材育成を進めています。
また外資IT企業によるデータセンター建設やクラウドサービス展開も活発化しており、例えば近年では米・中・シンガポールの事業者がマニラ近郊に大規模データセンターを相次ぎ開設するなど投資が拡大中です。今後もEC市場の成長(2024年時点でデジタル経済の14%をECが占める)や、DX需要に伴うSaaSビジネス拡大が期待され、デジタルサービス分野は高い成長率を維持する見通しです。
農業テクノロジー(アグリテック)
農業は労働人口の4分の1を抱えながら生産性が低い分野であり、技術革新による近代化の余地が大きい「眠れる成長分野」です。政府も食料安全保障と貧困削減の観点から農業改革に注力しており、スマート農業技術やデジタル農業ツールの導入、農業機械化の促進を図っています。例えば気候変動に適応した作付カレンダーの開発や農作業のデジタル管理アプリ(稲作管理アプリ等)を普及させ、小規模農家でも天候リスクに対応し収量を上げられるよう支援しています。政府は近年、農機の補助や農業融資の拡充、若者の農業参入促進(デジタル農業人材育成プログラムなど)にも乗り出しました。
民間でもドローンによる農薬散布やIoTを活用したスマート灌漑システム、農産品流通のオンライン市場などアグリテック・スタートアップが増えつつあります。これらは農業生産性を飛躍的に高める可能性があり、政府によればモバイル技術の導入だけでも農家の生産性を最大30%向上させ得るとの試算があります。
また食品加工やコールドチェーンの整備も進展しており、付加価値の高い農産品輸出(例:トロピカルフルーツ加工品、ココナッツ由来製品など)も奨励されています。気候変動の懸念はありますが、それへの適応技術(耐候性品種や灌漑設備)導入が新たな需要を生んでいます。
総じて農業テクノロジー分野は政府・民間が一体となって底上げを図る成長分野であり、関連する機械メーカー、IT企業、金融機関(アグリファイナンス)にとって参入機会が存在します。
このように、フィリピンではサービス業のみならず、製造業や農業に至るまで、幅広い分野で今後の成長余地が見込まれています。特に挙げられる6つの注目分野(BPO、建設、エネルギー、観光、デジタル、農業)の動向は、今後5年間の経済の方向性を形づくる主要なトレンドとなるでしょう。
政府もこうした分野において産業別の戦略を策定し、積極的な投資誘致を進めています。たとえば、製造業では半導体設計や航空機部品といった分野の育成、サービス業ではグローバル企業の地域統括拠点の誘致、農業分野ではバリューチェーンの高度化・強化といった形で、それぞれの分野に対する政策的支援が検討・実行されています。
こうした背景のもと、外国企業にとっても現地企業とのパートナーシップ構築や市場参入に向けた取り組みは、今後の有望なビジネス機会となることが期待されます。
外資系企業にとっての参入障壁と支援制度
フィリピン市場への進出を検討する外国企業にとっては、克服すべきいくつかの課題がある一方で、活用可能な支援策やビジネス環境の改善も進められています。以下に、主な参入上の障壁と、政府や関係機関による支援制度、および近年のビジネス環境整備の取り組みについて整理いたします。
主な参入上の障壁・課題
インフラ・物流コストの高さ
フィリピンは長年インフラの不足が経済成長の制約でした。道路渋滞や港湾の混雑が深刻で、主要都市での交通遅延や国内輸送コストの増大を招いています。
加えて電力料金は東南アジアでも最高水準で、製造業等にとってコスト高要因です。
インターネットの平均速度も一時は遅くビジネスの効率を下げていました(直近では通信各社の投資で改善傾向)。これらインフラ制約はサプライチェーンやタイムリーな事業運営の上でハンデとなります。
制度的な複雑さ・官僚主義
フィリピンの行政手続きは煩雑かつ冗長で、不透明さも指摘されています。企業登記や許認可取得、税務手続きなどに時間を要し、各種申請で多くの書類や認可待ちが発生します。特に司法制度は訴訟解決に時間がかかり、時に汚職の影響も受けるため商事紛争の公平迅速な解決が妨げられがちです。こうした官僚的ハードルやルールの不統一(規制の解釈の地域差など)は、外資企業にとって参入初期の負担となります。また労務・税務規制も頻繁に変更されることがあり、政策の継続性や透明性への懸念も聞かれます。
腐敗・ガバナンスの問題
フィリピンは国際腐敗認識指数で毎年下位グループに位置するなど、汚職リスクがビジネス環境の難点です。入札や許認可で不正要求に直面するケース、税関や地方政府での非公式な支払い慣行などが依然残るとの指摘があります。
政府も汚職撲滅に取り組んでいますが、司法制度や地方行政レベルまで徹底されていない部分があります。外資企業はコンプライアンス上、こうした腐敗慣行に巻き込まれないよう注意が必要です。
所有権制限・投資リスク
近年大幅に緩和されたものの、依然として外国企業には制限や条件が課される分野が存在します。憲法上、土地の直接所有は依然としてフィリピン人またはフィリピン資本60%以上の法人に限定されています(外資は長期リース契約で土地利用するのが一般的)。また出版・TV放送など一部業種や、国家安全保障に関わる業種では外資出資上限が残ります。
さらに外資100%で事業可能でも、現地の企業文化や労使関係、言語(多くは英語通用しますが一部地方では現地語)への適応などソフト面の壁も存在します。契約や通達が英語で行われる点はプラスですが、フィリピン特有の商習慣(例:関係重視の取引、スケジュールの弾力性など)にも理解が必要でしょう。また為替リスク(ペソの変動)や政治的な政策変更リスクも、新興国市場として織り込むべき要素です。
外資企業への支援制度・投資環境の改善
投資奨励機関とワンストップサービス
フィリピンには投資委員会(BOI)や前述のPEZA、観光インフラ企業庁(TIEZA)など分野別の投資促進機関があり、プロジェクト認可や税優遇付与、用地確保の支援を行っています。特にPEZAでは前述の通り「ワンストップショップ」方式で許認可を迅速化しており、外資から高く評価されています。
BOI経由で認定を受けた投資案件も関税免除・税控除等の優遇措置が得られます。また各政府機関には日本企業向け窓口(日本語対応スタッフ配置等)もあり、JETROや現地商工会とも連携して情報提供や相談対応を行っています。
優遇税制・インセンティブ
前述のCREATE法に基づき、特定産業・地域への投資には様々なインセンティブが適用されます。例として、輸出向け製造業やITサービス拠点は4〜7年間の所得税免除、その後も特別低税率(5%グロス税)の適用、輸出向け原材料の関税免除、付加価値税(VAT)のゼロ税率などがあります。
また農業・観光・インフラなど国内向け事業でも、雇用創出規模や地域貢献度に応じて税控除(例:人材訓練費の追加控除)などが与えられます。2022年以降の外資規制緩和によって、外国企業でもこれらBOI/PEZAの優遇を受けやすくなりました。さらに中小企業支援やスタートアップ支援も強化されており、フィンテックやアグリテックなど新興分野のベンチャーには補助金・アクセラレータープログラム提供などの支援策も始まっています。
ビジネス環境改革
近年、「Ease of Doing Business(ビジネスのしやすさ)法」の制定や反官僚主義局(ARTA)の設置など、行政手続き簡素化への取り組みが進められました。オンラインでの法人登記システムや電子政府窓口の整備、輸出入手続の電子化などが進み、一部では手続き期間が短縮しています。
また汚職対策としてホットライン(8888番)で役所への苦情受付を行い、汚職公務員の摘発強化も図られています。こうした改革の結果、IMD世界競争力ランキングや世界銀行ビジネス環境評価でフィリピンの順位は徐々に改善傾向にあります(Doing Business 2020では前年より大幅上昇)。完全解決には至らないものの、政府は引き続き規制緩和・電子政府化を推進すると表明しています。
FTA・経済連携の活用
フィリピンはASEAN経済共同体の一員であり、日本を含むRCEP(地域的包括経済連携協定)にも加盟しています。これにより域内関税撤廃や貿易円滑化のメリットが享受できます。日本企業にとっては日・フィリピン経済連携協定(JPEPA)も活用可能で、特定品目の関税削減やサービス貿易の枠組みが整っています。フィリピン政府も輸出加工区からの製品輸出における原産地累積や通関手続きの迅速化などFTAの利点を周知しており、域内分業の一角としてフィリピン拠点を位置づける戦略も取りやすくなっています。
まとめ
総じて、フィリピンへの投資環境は近年着実に改善されつつあります。確かに「インフラ未整備・官僚主義・汚職」という伝統的課題は依然残るものの、政府は外資誘致に本腰を入れており、法改正や規制緩和によって環境は好転しています。
外資企業にとっては、経済特区等の制度を賢く活用し政府とも連携することで、多くの障壁を低減させることが可能です。また現地パートナー企業や専門コンサルとの協力も有用でしょう。
英語が通用し親日的な国民性というソフト面の利点も相まって、フィリピンは今やASEAN内でも有望な進出先として注目度が増しています。実際、2023年には多くの日本企業が再エネや物流、小売など新規分野でフィリピン市場に参入しており、官民を挙げた支援策のもとでその動きは今後も加速すると予想されます。
フィリピン経済は力強い成長見通しの下、構造改革と投資誘致によってビジネス環境が向上しています。適切なリスク管理を行いつつ現地の制度を活用すれば、外国企業にとってもフィリピンは「アジアの次なる成長フロンティア」として大きなチャンスを提供してくれるでしょう。