かつて解決不可能とされてきた社会課題の解決が、新しい技術により現実のものとなりつつあります。本記事では、国内外で注目されるディープテック企業を紹介し、世界のベンチャーキャピタルが支援を行う中で事業を拡大しているスタートアップの最新動向を探ります。これらの企業がどのように革新的なアプローチで課題に挑んでいるのかを見ていきましょう。
ディープテックとは何のこと?
ディープテックとは、科学技術の革新的な進歩に基づいた、社会に大きなインパクトを与える可能性を秘めた技術のことです。近年、このディープテックは、様々な分野で注目を集めています。
では、具体的にディープテックとはどのような技術なのでしょうか?一言で言うと、基礎研究や科学的発見に基づいた、社会問題の解決や新たな価値創造に貢献する最先端技術と言えるでしょう。例えば、人工知能(AI)、量子コンピューティング、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、宇宙開発、エネルギー技術など、幅広い分野がディープテックの対象となります。
これらの技術は、従来のテクノロジーとは異なり、より深い科学的理解と技術革新を必要とします。そのため、長期間にわたる研究開発や巨額の投資が必要となるケースが多く、高度な専門知識を持つ研究者や技術者、そして革新的なアイデアを生み出す起業家など、多様な人材が関与しています。
ディープテックは、私たちの生活や社会を大きく変える可能性を秘めています。例えば、医療分野では、AIによる病気の早期診断や治療法の開発、バイオテクノロジーによる遺伝子治療など、画期的な技術革新が期待されています。また、環境問題の解決にも貢献し、再生可能エネルギーの効率的な利用や環境負荷の少ない物質開発などが期待されています。
このように、ディープテックは、今ある社会課題を解決するだけでなく私たちの未来を大きく変える可能性を秘めています。
なぜ?ディープテックは注目されているのか?
ディープテックは、前掲のように社会のあらゆる側面に革新をもたらす可能性を秘めているため、世界中で注目を集めています。
医療分野では、AIを活用した診断や治療法の開発が進んでいます。従来、専門医の経験と勘に頼っていた診断が、AIによって客観的で精度の高いものになることで、より的確な治療が可能になります。また、遺伝子解析技術の進化により、個人に合わせたオーダーメイド医療の実現も期待されています。
さらに、環境分野でもディープテックは大きな役割を果たすでしょう。再生可能エネルギーの効率的な活用や、環境負荷の低い素材開発などが進められており、持続可能な社会の実現に貢献すると期待されています。
ベンチャーキャピタルはディープテックをどう見ているのか?
そんなディープテックに対して、ベンチャーキャピタルはどのような視点で注目しているのでしょうか?
ベンチャーキャピタルは、その潜在的な影響力と市場へのインパクトに着目し、積極的に投資を行っています。具体的には、次のような点がベンチャーキャピタルにとって魅力的なポイントとなっています。
イノベーション創出への貢献
ディープテックは、既存の技術やビジネスモデルを大きく変革する可能性を秘めています。ベンチャーキャピタルは、このようなイノベーション創出に貢献することで、社会全体の進歩に寄与することを目指しています。
技術革新の加速化
ディープテックの開発には、巨額の資金と高度な専門知識が必要となるケースが多いです。ベンチャーキャピタルは、資金面だけでなく、専門知識やネットワークを提供することで、技術革新を加速化させる役割を担っています。
高成長市場への参入
ディープテックは、従来の技術では実現できなかった課題解決や新たな市場創造の可能性を秘めています。ベンチャーキャピタルは、この市場成長の波に乗り、高収益を見込める投資先を探しています。
ベンチャーキャピタルは、ディープテックが持つ革新的な可能性と社会へのインパクトに着目し、積極的に投資を行っています。彼らの投資は、ディープテックの開発を促進し、未来社会を形作る上で重要な役割を果たすでしょう。
世界で活躍しているディープテックスタートアップ5選
ディープテック・スタートアップの具体例として、宇宙分野ではイーロン・マスク氏のSpaceXや、ジェフ・ベゾス氏のBlue Originが有名です。AI分野では、対話型AI「ChatGPT」を開発したOpenAIが現在、世界的に大きく注目されています。
バイオテクノロジー分野では、新型コロナウイルスワクチンの開発で注目されたBioNTechや、2010年にマサチューセッツ州で設立されたModernaが、それぞれNASDAQに上場し、投資資金の回収(エグジット)を果たすまでディープテック・スタートアップでした。
現在、多岐にわたる分野でディープテックスタートアップが活躍しています。注目が集まる海外のスタートアップを5つご紹介します。
Pheon Therapeutics|バイオテック
設立:2022年
事業内容:難治性のがんを対象とした抗体薬物複合体(ADC)の専門家による治療法の開発
所在地:ロンドン
従業員規模:11-50人
累計調達額:$68M (約106億2,636万円)
ラウンド:シリーズB
Pheon Therapeuticsは、従来の治療法に反応しない固形腫瘍や造血器腫瘍を治療する可能性を持つ、次世代の抗体薬物複合体(ADC)の革新的なパイプラインを構築するために、20年間のADC研究を活用しています。
ADCの開発においては、方法論的なアプローチを採用しています。新規および臨床的に検証されたモノクローナル抗体(mAbs)を使用し、各ターゲットに対する安全性と有効性のバランスを細かく調整しています。次の18ヶ月以内に新薬調査開始申請(IND)に到達することが期待されています。
Zama|サイバーセキュリティー・ブロックチェーン
設立:2020年
事業内容:プライバシーを保護する準同型暗号プラットフォームを提供
所在地:パリ
従業員規模:51-100人
累計調達額:$82M (約128億1,414万円 *1ドル=156.27円の為替レート)
ラウンド:シリーズA
パリに拠点を置くZama社は、プライバシーを保護する準同型暗号プラットフォームを提供し、サイバーセキュリティおよびディープテック市場での成長を目指しています。このプラットフォームは、機密情報を公開することなく安全なデータ処理を可能にすることで、データを復号する必要がある従来の暗号化方法の脆弱性に対処しています。
この独自の能力は、データ保護が最優先事項とされる業界において、Zamaの魅力を高めています。スケーラブルなB2B SaaSモデルを採用し、Multicoin CapitalやProtocol Labsなどの重要な投資家からの支持を得て市場の信頼を確保しているZamaは、データ保護の需要が高まる中で、企業が計算中に機密データを保護するために不可欠な技術となる可能性があります。この革新的な技術により、Zamaは安全な計算ソリューションのリーダーとしての地位を築き、10年以内に100億ドルの評価額に達する可能性があるといわれています。
Tubulis|バイオテック
設立:2012年
事業内容:がんや慢性疾患治療の為の化学療法薬の開発
所在地:ミュンヘン
従業員規模:11-50人
累計調達額:$77M(約120億3,279万円 *1ドル=156.27円の為替レート)
ラウンド:シリーズB
ミュンヘンに拠点を置くTubulisは、がんや慢性疾患を対象とした化学療法薬の開発で他社を凌ぐ勢いがあります。同社は、従来の化学療法の限界を超える革新的な薬剤開発に注力しており、B2Bモデルを通じて大手製薬会社や医療提供者と提携しています。この戦略的な提携により、Tubulisは市場への技術革新を効果的に展開できています。Nextech InvestやEQT Life Sciencesなどの投資家からの強力な財政支援を受け、特化した、より効果的な治療法に焦点を当てることで、従来の化学療法オプションに対抗し、競争力を持っています。今後10年で100億ドルの評価額に達する可能性があります。
Leyden Labs|バイオテック
設立:2020年
事業内容:呼吸器ウイルスに対する創薬
従業員規模:51-100人
所在地:アムステルダム
累計調達額:$190M(約296億9,130万円*1ドル=156.27円の為替レート)
ラウンド:シリーズB
アムステルダムに拠点を置くLeyden Labsは、呼吸器ウイルスから保護するための薬剤を開発することに特化しています。現在のワクチン、マスク、抗ウイルス治療が進化するウイルスの脅威に対して限定的な効果を示している中、このニッチな分野への注力は重要です。より広範囲またはよりターゲットを絞った保護を提供する可能性があることから、Leyden Labsはバイオテクノロジーやヘルステクノロジー分野の主要なプレイヤーになることが予想されます。GVやSoftBank Groupなどの大手投資家からの支持を受け、そのビジネスモデルと技術革新に対する強い信頼を享受しています。医療戦略が反応的な対策から予防的な対策へとシフトするにつれて、Leyden Labsの製品に対する需要が大幅に増加することが予測され、今後10年で100億ドルの評価額に達する可能性があります。
1X|ロボティクス
設立:2014年5月12日
事業内容:消費者向けヒューマノイドロボット開発
所在地:オスロ
従業員規模:51-100人
累計調達額:$140M(約218億7,780万円 *1ドル=156.27円の為替レート)
ラウンド:ステージB
オスロに拠点を置く1Xは、世界的な労働需要に対応するために、ヒューマノイドロボットを設計・開発するAIおよびロボティクス企業です。OpenAI Startup FundやSamsung NEXTなどの投資家から強力な財政支援を受けており、家庭用ロボティクスの革新に必要な資源を有しています。B2Cモデルを採用しているため、個々の消費者に合わせたロボットソリューションを開発し、日常生活を変革する可能性があります。ユーザーフレンドリーで高度なロボットを開発することに焦点を当てることで、競合他社と差別化を図っています。さらに、オスロに位置することで成長しているヨーロッパ市場へのアクセスが容易になり、地域およびグローバルな拡大を促進しています。これらの利点により、1Xは今後10年で100億ドルの評価額に達する可能性が高まっています。
日本で注目されているディープテックスタートアップとは?
次に日本で注目されているディープテックスタートアップを5社ご紹介します。特に大学発スタートアップが多数創出されています。
Heartseed株式会社|再生医療
英語名:Heartseed Inc.
設立:2015年11月30日
事業内容:iPS細胞を用いた心筋再生医療
起源:慶應大学発
累計調達額:102億円
Forbesの日本発エマージング・ディープテックTOP10で3位に選ばれたスタートアップ、HeartseedはiPS細胞を用いた心筋再生医療で注目されています。
Heartseedは、心筋再生医療を実現することを目指し、2015年に設立されたバイオベンチャー企業です。同社は、iPS細胞から高純度の心室型心筋細胞を作製する技術をはじめ、移植技術やiPS細胞の作製方法など、心筋再生医療の普及に不可欠な独自技術を多数保有しています。2021年6月には、デンマークの大手製薬企業Novo Nordisk社と、HS-001の開発・製造・販売に関するライセンス契約を締結したことを発表しました。
この他、Heartseedはその技術革新と業界への貢献が評価され、「Japan Venture Awards 2021」で科学技術政策担当大臣賞を、「大学発ベンチャー表彰2021」で文部科学大臣賞を受賞しています。さらに、「Asia-Pacific Cell & Gene Therapy Excellence Awards 2022」では、Most Promising Pipelines Awardも受賞しており、その実力と将来性が高く評価されています。
2023年5月にはiPS細胞を用いた心筋再生医療の事業化へ累計調達額102億円を達成しました。
株式会社Synspective|小型SAR衛星の開発・運用
英語名:Synspective inc.
設立:2018年2月
事業内容:小型SAR衛星の開発・運用からSARデータの販売と解析ソリューションの提供を行う
起源:東京工業大学, 慶應義塾大学発
累計調達額:281.9億円
Forbesの日本発エマージング・ディープテックTOP10で4位に選ばれたスタートアップ、Synspectiveは小型SAR衛星の事業で注目されています。
Synspectiveは2018年に創業され、設立から1年半で109億円を調達しました。今後数年間で30機の小型合成開口レーダー衛星(SAR衛星)を打ち上げ、昼夜や天候に左右されず地球を観測可能なサービスを構築する計画です。
SAR衛星は、光学衛星と異なり、夜間や雨天でも地上を観測し、数ミリ単位での高低測定が可能です。これにより、洪水のリスクエリアの特定や、災害発生時の逐次的な観測が可能となり、防災対策や災害対応の改善に貢献できます。
また、微小な地盤沈下も広範囲に測定できるため、土木工事の事故予防や地震時の対策にも活用できます。Synspectiveの技術は、日本政府主導のImPACTプログラムで開発され、JAXAや東京大学、東京工業大学、慶応義塾大学などの技術が集約されています。
衛星データの加工・分析を専門とし、顧客ニーズに沿った製品開発を行っており日本及び海外の社会課題解決に取り組んでいます。Synspectiveはアジア市場を皮切りに、全世界での事業拡大を目指しており、既にシンガポールに拠点を設け、東南アジア市場の開拓に注力しています。
2024年6月現在、第三者割当増資による累計資金調達額は281.9億円を達成しています。
京都フュージョニアリング株式会社|エネルギー
英語名:KYOTO FUSIONEERING LTD.
設立:2019年10月
事業内容 :フュージョンエネルギープラント関連装置・システムの研究開発およびプラントエンジニアリング
起源:京都大学発
累計調達額:137.4億円
京都フュージョニアリングはフュージョンエネルギープラント機器の開発に特色を持つエンジニアリング企業で、Forbesの日本発エマージング・ディープテックTOP10で1位に選ばれています。当社のプラズマ加熱システム「ジャイロトロン」は米国ジェネラル・アトミクスからの新規受注を獲得しており、次世代エネルギーを担うとされるフュージョンエネルギーの分野で、大変勢いのあるスタートアップです。
フュージョンエネルギーは海水から燃料を取り出せるため、事実上無限の資源が存在し、発電過程で温室効果ガスを排出しないという特性を持っています。また、核分裂とは異なり、フュージョンエネルギーは高レベルの放射性廃棄物を生成せず、原理的にも危険性が少ないとされています。これらの特性から、フュージョンエネルギーはエネルギー問題と地球環境問題を同時に解決できる次世代のエネルギー源として期待されています。
京都フュージョニアリング株式会社は、シリーズCラウンド(エクステンション)において、新規引受先3者から総額15.6億円の資金を調達しました。これにより、シリーズCの累計調達額は120.6億円、会社の累計資金調達額は137.4億円に達しています。
京都フュージョニアリングは、国内外での事業拡大を進めており、内外の公的研究機関や学術研究機関とも連携を強めて技術開発をしています。また、日本とカナダでそれぞれ「UNITY-1」と「UNITY-2」プロジェクトを進行中であり、熱サイクルシステムおよび燃料サイクルシステムの技術成熟度の向上に取り組んでいます。
フュージョニアリングはフュージョンエネルギーの早期実現とグローバル市場での事業展開をさらに加速させる計画です。
Telexistence株式会社|ロボティクス
英語名:Telexistence, Inc.
設立:2017年1月23日
事業内容:遠隔操作・人工知能ロボットの開発およびそれらを使用した事業を展開するロボティクス企業
起源:東京大学, 慶應義塾大学発
Forbesの日本発エマージング・ディープテックTOP10で8位に選ばれたのが遠隔操作・人工知能ロボットの開発をするTelexistenceです。
Telexistence社は、人間の存在を拡張する技術システムを実用化し、社会に実装することを目的としています。この会社は、東京大学名誉教授の舘暲博士によって提唱された技術に基づいて、冨岡仁氏が2015年に創業したスタートアップです。主に、人間が遠隔地にいながらロボットを通じて現場作業を行う遠隔操作ロボットの開発に注力しています。
Telexistence社は、特に労働力不足が顕著な小売り店舗や物流分野での作業を、遠隔操作や自動化によって効率化し、労働力不足問題を解決することを目指しています。新型コロナウイルス感染症の拡大に対応し、現場から離れた場所からでも作業を行えるため、感染防止対策としても有効です。
また、現在の産業用ロボットが高価格で操作の複雑さなどの課題を抱えている中、Telexistenceは小売業に特化したニーズに応じたコスト効率と性能を兼ね備えたロボット開発を進めています。特にコンビニエンスストアなどでの飲料等の商品陳列作業に適した遠隔自動ロボットを開発し、1-2年以内に実際の店舗での稼働を目指しています。
このようにして、Telexistence社は遠隔操作技術を活用し、各業界の具体的な課題解決を目指しています。
株式会社エー・スター・クォンタム|量子コンピューター
英語名:A*QUANTUM
設立:2018年7月
事業内容:量子コンピューターソフトウェア開発企業
累計調達額:3.0億以上
エー・スター・クォンタムは、2018年に設立されたスタートアップで、量子コンピューターを活用して産業界の複雑な組み合わせ最適化問題を解決する技術を開発しています。
エー・スター・クォンタムは、量子コンピューターを利用して、既存の業務用システムよりも圧倒的に短い時間で優れた計算結果を導き出しています。
特に、広告と物流業界での実用性が示されています。テレビ広告の最適な配分を決定するソフトウェアが実用化され、国内大手広告代理店とのシステム開発が進められています。また、物流分野ではトラックのスケジューリング最適化を通じて、労働力不足の解決や燃料消費量の削減を目指しています。
日本郵便との実証実験では、トラックおよびドライバーの削減が可能であることが示され、物流業界での実用性が確認されています。
エー・スター・クォンタムは、量子コンピューターの中でも、組み合わせ最適化問題に特化したアニーリング方式を利用しており、これにより特定の産業問題に対する効率的な解を提供しています。
このように、エー・スター・クォンタムは量子コンピューターの先進技術を活用し、実社会の問題解決に貢献することを目指している企業です。特に実用的な応用として、労働集約型の業務を自動化し、効率化することで産業界に新たな価値を提供しています。
まとめ:ディープテックの今後の動向
ディープテックスタートアップは、最先端技術を用いて多くの産業に革命をもたらす可能性を秘めています。この記事では国内外の様々なディープテック企業を紹介しましたが、投資家と市場のサポートを受け、継続的な研究開発と技術革新が行われることで、ディープテックの領域はさらに拡大していくと思われます。
今後も、これらディープテック企業の動向に注目し、その成果がどのように社会や経済に影響を与えるかを見守ることが重要です。この分野の発展は、我々の未来を形作る上で不可欠な要素となるに違いありません。
※参考文献
69 Best Deep Tech Startups to Watch in 2024
The World's Top 100 Private Deep Tech Companies
ディープテックとは?日本経済の鍵を握るディープテックスタートアップの創出
Synspectiveが新たに70億円を調達
史上初!日本のディープテックTOP10| Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
京都フュージョニアリング、シリーズCラウンド(エクステンション)で15.6億円の資金調達を実施
史上初!日本のディープテックTOP10 Forbes JAPAN 公式サイト