こどもまんなか社会とは何かを解説し、少子化が進む地方自治体が取るべき戦略を整理します。国の方針と5つの先進事例から、持続可能な地域づくりのヒントを探ります。
なぜ今「こどもまんなか社会」なのか

「こどもまんなか社会」とは、子どもや若者を単なる保護の対象としてではなく、社会を構成する一人の主体として捉え、その視点や意見を尊重しながら、最善の利益を第一に考える社会のあり方を指す概念です。教育、福祉、医療、まちづくり、雇用といった分野を横断し、子どもにとって望ましい環境とは何かを起点に、政策や制度を設計していく点に特徴があります。
この考え方が重視される背景には、従来の「大人中心」「制度中心」の政策運営だけでは、少子化や子どもの貧困、孤立といった複合的な課題に十分対応できなくなっている現状があります。子どもや若者自身の声を政策立案や施策評価に反映させることは、施策の実効性を高めるだけでなく、将来世代の社会参画を促すという点でも重要性が高まっています。
とりわけ地方自治体においては、少子化の進行が人口減少や学校の統廃合、地域経済の縮小といった形で、地域の存続そのものに直結する課題となっています。若い世代が「住み続けたい」「子どもを育てたい」と感じられる地域をどのようにつくるかは、福祉政策の一分野にとどまらず、自治体経営の根幹に関わるテーマです。その中で「こどもまんなか社会」は、子育て支援策の充実に加え、地域の将来像を再設計するための共通理念として位置づけられつつあります。
本記事では、国が掲げる「こどもまんなか社会」の考え方や政策動向を整理したうえで、地方自治体がこの理念をどのように戦略として取り入れているのかを、具体的な事例とともに紹介します。少子化時代における持続可能な地域づくりを考えるためのヒントを提供することを目的とします。
こどもまんなか社会とは?

基本理念
「こどもまんなか社会」の根底にあるのは、子どもや若者を将来の担い手として「育てる対象」に限定するのではなく、現在進行形で社会を構成する一員として尊重するという考え方です。年齢や立場によって意見の重みが一方的に軽視されるのではなく、子ども・若者の視点そのものが社会の意思決定において意味を持つことが前提とされています。
その中心となる概念が、「子どもにとって最善の利益(Best Interests of the Child)」です。これは、施策や制度を設計・実施する際に、行政側の都合や短期的な効率性を優先するのではなく、「その選択が子どもにとって本当に望ましいのか」という観点を最優先で検討する姿勢を求めるものです。教育、福祉、医療、都市計画など、分野を問わず一貫して適用される価値基準といえます。
また、「こどもまんなか社会」は、子どもや若者の意見を形式的に聞くだけでは実現しません。ワークショップや審議会、アンケートなどを通じて、当事者の声を政策形成のプロセスに実質的に組み込む「協働型ガバナンス」が不可欠となります。これは行政の意思決定のあり方そのものを見直す取り組みであり、自治体にとっては新たな政策手法への転換を意味します。
さらに重要なのは、この社会像が国や自治体だけで完結するものではない点です。企業による働き方改革や子育て支援、地域住民による見守りや居場所づくりなど、多様な主体が役割を分担しながら支える社会モデルが想定されています。行政はその調整役や基盤整備役として機能し、地域全体で子どもを支える仕組みづくりが求められています。
歴史的背景
「こどもまんなか社会」の考え方は、突如として生まれたものではありません。その源流の一つとして、1989年に国連で採択された「子どもの権利条約」が挙げられます。同条約では、子どもを権利の主体として位置づけ、「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」が国際的に確認されました。中でも「意見表明権」は、子どもが社会的な意思決定に関与する正当性を明確にした点で重要です。
日本においては、これまで少子化対策が、出産数の増加や経済的負担の軽減といった「量」や「補助」に重点を置いて進められてきました。しかし、人口減少が不可避となる中で、単なる支出拡大ではなく、子どもへの支援を将来への「投資」と捉える発想へと、徐々に転換が進んでいます。教育環境の質の向上や、子どものウェルビーイング、成長機会の保障といった要素が重視されるようになってきたことは、その表れといえます。
加えて、非正規雇用の増加や共働き世帯の一般化、地域コミュニティの希薄化など、社会構造そのものも大きく変化してきました。若年人口の減少により、子ども一人ひとりの存在価値や社会的影響力は相対的に高まっています。こうした状況の中で、「こどもまんなか社会」は、少子化対策であると同時に、持続可能な社会を再設計するための基盤的な考え方として位置づけられるようになっています。
こども家庭庁が求めるもの
「こどもまんなか社会」の実現を掲げた重点政策
こども家庭庁は、「こどもまんなか社会」の実現を政策理念の中核に据え、従来の少子化対策や子育て支援を横断的に再編する役割を担っています。その土台となっているのが、2023年に施行された子ども基本法です。同法は、子どもを権利の主体として明確に位置づけ、国や自治体があらゆる施策において「子どもの最善の利益」を考慮する責務を負うことを定めました。これにより、子ども関連政策は、個別施策の集合ではなく、体系的な政策領域として整理されることとなりました。
こども家庭庁の大きな特徴は、縦割り行政の弊害を是正するための横断的な機能にあります。これまで教育は文部科学省、福祉は厚生労働省、貧困対策は内閣府といったように分散していた子ども関連施策を統合的に調整し、切れ目のない支援を実現する司令塔としての役割が期待されています。省庁間連携を前提とした政策設計は、自治体施策に対しても同様の発想転換を促すものといえます。
また、『子どもの意見表明権』に基づき、子どもや若者の意見を政策形成に反映するための制度的枠組みづくりも重要な施策の一つです。。これは単なるパブリックコメントの拡充ではなく、年齢や発達段階に配慮した対話の方法を通じて、当事者の声を政策形成のプロセスに組み込む試みです。自治体レベルではすでに先行事例も多く、国はそれらの取り組みを後押しする立場にあります。
さらに、教育・福祉・医療・育成を分断せずに捉える「トータル支援」の考え方も重視されています。貧困や虐待、不登校、心身の不調などが複合的に絡み合うケースが増える中で、単一の制度では対応しきれない課題への包括的なアプローチが求められています。これに加え、給付の拡充や保育・学童の受け皿整備、若者支援の強化など、子育てや若者を取り巻く生活基盤の安定を目的とした施策も、引き続き重要な政策として位置づけられています。
国が自治体に期待すること
国は、「こどもまんなか社会」を理念倒れに終わらせないため、自治体が主体的に取り組むことを重視しています。その中心となるのが、「自治体こども計画」の策定です。これは、国の基本方針を踏まえつつ、地域の人口動態や課題、地域資源に応じて、子ども・若者施策を総合的に整理する計画であり、自治体ごとの戦略性が問われるものとなっています。
また、若者参画の場の創出も重要なポイントとされています。子ども・若者議会や意見交換会、オンラインを活用した対話の場など、その形式は自治体に委ねられていますが、「意見を聴く」ことにとどまらず、「その意見がどのように政策に反映されたのか」を可視化する工夫が求められます。これにより、若者の社会参画意識の醸成や、行政に対する信頼の形成につながることが期待されています。
加えて、子育て世帯の負担軽減は、自治体施策の中でも引き続き優先度の高い分野です。保育料や医療費の助成にとどまらず、住宅支援や交通事故防止対策、通学環境の安全確保など、生活全体を見渡した支援が求められています。特に地方においては、日常生活の利便性や安心感が定住や移住の判断に直結するため、総合的な施策設計が不可欠です。
さらに、産後ケアの充実やヤングケアラー支援の拡充など、これまで制度の狭間に置かれがちだった課題への対応も、国は重視しています。自治体には、早期発見と関係機関の連携を通じて、支援が必要な家庭や若者を孤立させない体制づくりが期待されています。これらの取り組みは、「こどもまんなか社会」を地域に根付かせるための重要な試金石となるでしょう。
地方における少子化の問題

数字で見る少子化の現状
日本の少子化はすでに単なる「進行中の社会変化」という段階を超え、構造的な危機として社会の広範な領域に影響を及ぼしています。最新の人口動態統計によると、2024年の出生数は約68万6000人となり、統計開始以来の最低を更新しました。また、出生数は上半期の速報でも過去最少を記録するなど、低迷傾向が続いています。こうした出生数の急減は、若年人口の減少や結婚・出生行動の変化が複合的に影響した結果であり、政策の効果が数値として表れるまでの時間的余裕はますます小さくなっています。
この傾向は全国一律ではなく、とりわけ地方で深刻です。地方自治体では、合計特殊出生率が低いだけでなく、出産年齢層に当たる若年人口そのものが減少しており、進学や就職を機に都市部へ移動した若者が戻らないケースが多く見られます。その結果、地域における子どもを産み育てる担い手の基盤が脆弱化し、出生数の減少が一時的な現象ではなく、地域の人口構造そのものを長期的に変えていく課題となっています。
この背景には、婚姻件数の減少や非婚化の進行、雇用の不安定化や生活コストの上昇など、複数の要因が重なっています。特に地方では、若者の地域外流出と定住機会の不足が相まって、出生行動にブレーキをかける要因となっています。これにより、出生数の減少は社会全体にとって長期的かつ構造的な課題となっています。
今から20年後の人口予測
将来推計を見ると、少子化が地方自治体に与える影響は一段と鮮明になります。民間有識者で構成される人口戦略会議が公表した最新の「地方自治体『持続可能性』分析レポート」によると、2020年から2050年までの間に20〜39歳の若年女性人口が50%以上減少すると予測される自治体は全国で約744にのぼり、全体の約4割強を占めるとされています。この基準に該当する自治体は「消滅可能性自治体」とされ、少子化や人口流出の進行が地域の社会再生産力や維持可能性に深刻な影響を及ぼす可能性が指摘されています。特に、人口減少が進む北海道や東北、四国、九州の中山間地域では若年女性人口が大幅に減少する傾向が強く、地域の活力維持が困難になるとの見方が強まっています。
2045年前後を想定すると、人口減少の影響は単なる人口の数の問題にとどまりません。日本では少子化や人口減少が進むことで、地域社会における多様な役割の担い手が不足する可能性が高まっています。たとえAIやロボットによる代替が進んだとしても、消防団、自治会、学校行事や子どもの見守りなど、人が関与しなければ成立しない地域コミュニティの機能を完全に補完することは難しいと考えられます。こうした地域の生活基盤や社会的なつながりは、少子高齢化の進行とともに失われつつあり、住民同士の助け合いや地域の持続可能性にとって大きな課題となっています。
また、若年人口の大幅な減少が続けば、税収が減少し、保育所や学校、医療機関といった基礎的なサービスの維持が困難となる自治体が増えるおそれがあります。このような社会インフラが縮小すれば、若年層が地域にとどまる動機はさらに弱まり、人口流出の悪循環が加速するリスクが高まります。これは「人口減少→サービス縮小→さらなる人口流出」という構造的な課題として指摘されています。
こうした悪循環を断ち切るためには、出生数の回復だけに依存するのではなく、子どもや若者が地域の中で大切にされ、安心して将来を描ける環境をつくる視点が不可欠です。「こどもまんなか社会」の考え方は、単なる福祉政策にとどまらず、地域の持続可能性や存続を左右する戦略的な視点として位置づける必要があります。
自治体の「こどもまんなか社会」事例5選

こどもの意見を「聞く」取り組みは各地で広がりつつありますが、それをどのように政策へ反映し、継続的な仕組みとして定着させるかについては、自治体ごとに大きな差があります。本章では、全国の事例の中から、制度化や権限移譲、居場所づくりなど、異なるアプローチによって成果を上げてきた5つの自治体を紹介します。
それぞれの実践を通じて、こどもの声を一過性の取り組みで終わらせず、継続的に活かしていくための制度設計や運営のヒントを探ります。
1.ニセコ町(北海道)|条例と職員主体で進む「こども参画の町」
背景
ニセコ町は人口約5,000人の小規模自治体でありながら、全国に先駆けて「こどもを含む住民参加」を町政の基本原則として制度化してきました。その根拠となっているのが「まちづくり基本条例」です。同条例では、満20歳未満の町民にもまちづくりに参画する権利を明確に位置づけており、これがこども参画の継続的な取組を後押ししてきました。
この条例を土台として、ニセコ町では20年以上にわたり、こどもの意見を聴き、政策に生かす実践が積み重ねられています。
仕組み・運営
ニセコ町では、「小学生・中学生まちづくり委員会」と「子ども議会」を中心に、こどもの意見聴取の場を設けています。いずれも対面形式を基本とし、主に夏休み期間に実施されています。
「小学生・中学生まちづくり委員会」は小学4年生から中学3年生を対象に年1〜5回程度、「子ども議会」は小学4年生から高校3年生を対象に年1回開催され、参加者はいずれも公募で募られています。
特徴的なのは、これらの取組を外部委託に頼らず、町職員が自ら企画・運営している点です。特に子ども議会では、特別職や管理職が出席し、一般の議会に近い体制でこどもの意見を聴取しています。行政側が「教育的イベント」としてではなく、正式な意見聴取の場として位置づけていることがうかがえます。
成果・評価
こどもから出された意見は、管理職会議で共有されるほか、全庁的に文書で周知され、反映しやすい仕組みが整えられています。必要に応じて補正予算を組み、当初予算編成を待たずに対応する点も特徴です。
また、意見を出して終わりではなく、事後活動や報告の機会を通じて「自分たちの意見がどう扱われたのか」を確認できるフィードバックが行われています。活動内容をまとめた便りを発行し、他のこどもや地域住民にも共有することで、参画の意義を町全体で可視化しています。
こうした積み重ねにより、「意見を言っても形にならない」という不信感が生まれにくく、こども参画が特別な取組ではなく、町政運営の一部として定着しています。
課題と他自治体への示唆
一方で、近年は参加者数の減少が課題として認識されており、こどものライフスタイルや価値観の多様化に対応した新たな工夫が求められています。現状では、応募者を中心とした意見聴取にとどまっており、声をあげにくいこどもへのアプローチは今後の検討課題とされています。
それでもニセコ町の事例は、「特別なICT環境や多額の予算がなくても、条例による制度化と職員主体の継続的運営によって、こども参画は実装できる」ことを示しています。人口規模や財政規模に左右されにくい、他の中小自治体にとっても現実的なモデルといえるでしょう。
2.千葉市|こどもの意見反映を「全庁の業務」に転換した仕組み化モデル
背景
千葉市では、熊谷前市長のリーダーシップのもと、早くからこども政策に力を入れてきました。一方で、こどもの意見を聴く取組が特定部署や個別事業にとどまり、全庁的な行政運営には十分に浸透しにくいという課題も認識されていました。
そこで同市は、単発の参加事業を積み重ねるのではなく、「こどもの意見をどう政策に反映するか」を行政全体の共通課題として位置づけ、仕組みとして定着させることを目指しました。
仕組み・運営
千葉市では、「こどものまちCBT」「こども・若者市役所(CCFC)」「こども・若者の力ワークショップ」など、年齢や発達段階に応じた複数の参画機会を継続的に用意しています。これらの取組の成果は、年1回開催される「こども・若者フォーラム」で市長との意見交換を通じて共有されます。
こうした個別事業を全庁につなぐ役割を果たしているのが、こども企画課が中心となって作成した「こどもの意見反映チェックシート」です。このチェックシートは全庁に配布され、計画策定や事業検討の際に「こどもの意見を聴いたか」「その意見をどのように反映したか」を確認する視点を組み込んでいます。
その結果、各課からこども企画課へ意見聴取の相談や依頼が寄せられるなど、部局横断でこどもの参画を意識する流れが生まれています。
成果・評価
これまでに、環境基本計画や市基本計画への意見反映、コロナ差別への啓発を目的とした市政だよりの作成、市制100周年記念事業へのアイデア反映など、具体的な政策・事業への波及が見られています。
また、職員向けの「こどもの参画」に関する夜間講座を複数年にわたり実施したことで、こどもの意見を尊重する姿勢が庁内全体に浸透しつつあります。こどもの参画が「特別な事業」ではなく、行政プロセスの一部として扱われ始めている点が、大きな成果といえます。
他自治体への示唆
千葉市の事例は、「意見を聴く場を増やすこと」そのものよりも、「聴いた意見をどう扱うか」を行政全体で共有・確認する仕組みづくりの重要性を示しています。
業務フローの中にチェックの視点を組み込むことで、こどもの参画は一部の熱心な担当者に依存せず、日常の行政運営の中に自然に組み込まれていく。その実践例として、他自治体にとっても示唆に富むモデルと言えるでしょう。
3.新城市(愛知県)|若者に1,000万円を託した「本気の参画」
背景
新城市では、若者の市政離れや人口減少が進むなかで、「形だけの若者参加では状況は変わらない」という強い問題意識が行政内部で共有されていた。そこで、市長のリーダーシップのもと、若者議会を単なる意見聴取の場ではなく、市長の諮問機関として正式に位置づけるという、踏み込んだ制度設計が行われた。
仕組み・運営
若者議会には、市の予算のうち最大1,000万円を上限とする事業提案権が付与されている。若者委員は、地域課題の調査・分析から事業企画までを主体的に行い、具体的な政策・事業として市長に提案する。
行政職員はあくまで伴走支援の立場に徹し、意思決定の主体は若者自身に委ねられている点が、この取組の最大の特徴である。若者が「決める側」に立つことで、参加の実感と責任感が生まれる仕組みとなっている。
成果・評価
これまでに、移住促進や地域活性化に関する事業が実際に実施され、その成果も具体的に可視化されている。
若者側に根強かった「どうせ意見を言っても実現しない」という諦めを払拭すると同時に、行政側にとっても、若者の視点や発想が政策形成において有効であることを再認識する機会となった。
他自治体への示唆
新城市の事例は、「参画とは単なる意見聴取ではなく、権限移譲を伴うものである」という原則を明確に示している。また、若者に本気で任せる覚悟があるかどうかという首長の姿勢が、制度の実効性を大きく左右することを示唆する好例といえる。
4.石巻市|「会議」ではなく、日常の居場所から生まれる子どもの声
背景
東日本大震災後、石巻市では、子どもたちが安心して過ごせる居場所の確保と、心のケアが大きな課題となりました。
こうした背景のもと整備されたのが、子どもセンター「らいつ」です。
設立の契機となったのは、2011年に実施された復興まちづくり調査で、多くの子どもが「まちのために何かしたい」と回答したことでした。「らいつ」は、単なる児童館ではなく、子どもが自分のやりたいことに挑戦し、まちや施設のあり方に関われる場として構想されました。構想段階から子どもの声を取り入れて設計されている点も大きな特徴です。
仕組み・運営
「らいつ」では、勉強やダンス、友人との交流など、子どもが日常的に自由に過ごす中で、自然に意見が生まれる環境を重視しています。意見聴取は、形式的な「会議」だけに限定されていません。
例えば、
- 施設運営に子どもが主体的に関わる「子ども会議」
- 付箋などで誰でも気軽に意見を出せる「Big Voice」
- まちづくりをテーマに対話する「まきトーーク」
といった複数の手法を組み合わせ、関心や参加意欲の異なる子どもたちが、それぞれの形で声を出せる仕組みを整えています。
子ども会議で出された意見は、運営会議を通じて実際の運営に反映され、Wi-Fiの設置や開館時間の延長など、具体的な成果にもつながっています。大人は必要以上に介入せず、子ども自身が合意形成し、実行することを重視しています。
成果・評価
日常の延長線上で意見を出せるため、学校に通いづらい子どもや、発言が得意でない子どもも参加しやすく、「声をあげにくい層」を包摂できている点が大きな特徴です。
また、自分の意見が聴かれ、実際に形になる経験を積み重ねることで、子どもたちの主体性や自己肯定感の醸成にもつながっています。中高生が年下の子どもを支える側に回るなど、年齢を超えた支え合いも生まれています。
他自治体への示唆
この事例は、子ども参画を進める前提として、まず「安心して過ごせる居場所」が不可欠であることを示しています。
意見聴取の場を新たに設けるのではなく、日常の居場所の中に参画の仕組みを組み込むことで、より幅広い子どもの声を拾うことが可能になります。
また、施設というハード整備と、子ども参画の仕組みというソフトを一体で設計すること、さらに「反映できなかった場合も理由を説明する」という姿勢を含めた運営の在り方は、他自治体にとっても重要な示唆を与える事例といえるでしょう。
5.遊佐町(山形県)|少年町長・少年議会による、実社会につながる民主主義体験
背景
遊佐町では、子ども・若者が地域課題や町政に主体的に関わる機会を確保することを目的に、長年にわたり町政参加の仕組みづくりに取り組んできました。
2003年度に始まった「少年町長・少年議会」は、当時の町長がイギリスの若者議会を視察したことを契機に導入されたもので、主権者教育と若者参画を実践的に結びつける先進的な取組として継続されています。
仕組み・運営
少年町長および少年議会議員は、町内の中学生・高校生による実際の選挙によって選出されます。立候補できるのは自ら希望する生徒で、有権者も町内の全中学生・高校生とすることで、間接的な参加も含めた広い関与が確保されています。
選挙では、少年町長1名、少年議員10名に加え、副町長や監査委員、事務局長などの役職も投票で選定され、自治体運営の構造を体験的に学べる設計となっています。
活動は実際の議場で行われ、町長や関係部署に対して政策提言や一般質問を実施。少年議会には年間45万円の独自予算が確保されており、その範囲内であれば、自ら企画した取組の実現を目指すことができます。予算を超える提案についても、一般質問として町に届けられ、町の正式な検討プロセスに組み込まれています。
成果・評価
これまでの取組では、少年議会の提案が実際の施策や制度につながった事例も少なくありません。
たとえば、第2期少年議会では町のPRキャラクター「米(べぇ)~ちゃん」を創出し、現在も町の広報に活用されています。また、第12期では、町内の音楽部や若者有志と連携したミュージックフェスティバルを開催し、政策提言を具体的な地域イベントとして実現しました。
さらに、一般質問を通じて高校生の通学環境改善を求め、電車の増便や「通学タクシー」制度の創設につながった事例もあります。少年議会での議論が、交通サービスや条例整備といった実社会の制度形成に影響を与えた点は、特筆すべき成果といえます。
他自治体への示唆
遊佐町の事例は、小規模自治体ならではの距離の近さを活かし、若者の声を「体験」で終わらせず、社会制度と接続していくモデルを示しています。
意思決定権の全面的な付与に至らなくとも、選挙、予算、議会運営、政策提言という一連のプロセスを実地で経験することで、地域への当事者意識や民主主義への理解を着実に育むことができることを示す、象徴的な取組といえるでしょう。
考察
5つの事例に共通しているのは、参加を「やっている感」で終わらせないための、明確な制度設計がなされている点です。
第一に、いずれの事例も、単なる意見聴取やイベント的な参加にとどまらず、一定の権限や役割を与えることで、参画の実効性を担保しています。予算提案権の付与や行政プロセスへの接続、運営への関与など、形は異なるものの、「意見が現実に届く回路」が用意されている点は共通しています。
第二に、継続性とフィードバックを重視している点も重要です。単年度・単発で終わる取り組みではなく、継続的に関わる仕組みや、出された意見が「どのように扱われたのか」を伝えるプロセスが組み込まれています。これにより、参加者の納得感と信頼が蓄積され、次の参画へとつながっています。
第三に、これらの事例では、こどもや若者を「将来の担い手」や「育成の対象」としてではなく、いま地域に生きる「現在の主体」として捉えています。だからこそ、年齢や立場を理由に意見を軽視することなく、生活実感に根ざした視点を政策や運営に活かそうとする姿勢が一貫しています。
これらの取り組みが示しているのは、参画の成否を分けるのは手法の新しさではなく、「本気で任せる覚悟」と、それを支える制度設計であるという点です。こども・若者参画は特別な施策ではなく、自治体がこれからの地域経営を考えるうえでの重要な基盤の一つになりつつあります。
まとめ:こどもまんなか社会は地方自治体の「生存戦略」である
少子化は、今後20年で地域社会の根幹を揺るがす構造的な課題であり、もはや一部の福祉政策だけで対応できる段階を超えています。人口減少は、地域経済や行政サービス、さらにはコミュニティの維持そのものに直結する問題です。
このような状況の中で、子どもや若者の視点を政策の中心に据えることは、単なる支援ではなく、地域の未来を形づくるための「投資」と位置づけることができます。こども・若者が大切にされ、その意見が地域運営に反映される地域ほど、「住み続けたい」「将来戻りたい」と思われる可能性は高まります。
実際に成果を上げている自治体に共通しているのは、「若者の声を聴く」ことだけで終わらせず、その声を政策に反映し、結果を可視化し、地域全体で子育てを支える仕組みを構築している点です。
「こどもまんなか社会」の実現は、決して理想論ではありません。それは、人口減少時代において地域が選び取ることのできる、最も現実的で、かつ強力な持続可能化戦略の一つといえます。
地方創生に関するおすすめ記事
消滅可能性自治体に関してはこちらの記事「どうする!?湯河原 消滅可能性自治体脱却会議(特別対談:神奈川県湯河原町 内藤喜文町長)」も併せてお読みいただくことをお勧めします。地方活性化に関するおすすめ記事
地方活性化のための施策に関しては、こちらの記事を読むことをお勧めします。- 地方創生に効くスタンプラリーとは?成功事例と経済効果を徹底分析
- 地方イルミネーションの経済効果と成功事例に学ぶ地域活性化の秘訣
- 地域活性化×アート:若者人口が増加する地方事例(成功事例、取り組み、まちづくり)
- 地方都市の駅前再開発 成功事例を紹介
- 日本の空き家問題×移住支援×地方創生|持続可能なまちづくりの現状実例
- 道の駅の成功事例集。リニューアルと経営戦略が鍵
- 広島駅再開発2025年最新情報:開業した新駅ビルと今後の注目スケジュール
- 地域創生の鍵は古民家再生|全国の成功事例5選と持続可能な地域モデル
- 地域創生「横須賀モデル」の挑戦! ー地域を未来につなぐリノベーションと継承の力
- 地方創生×工場誘致の成功事例:熊本・北上・千歳・茨城の教訓
- 若者はなぜ東京に集まる?地方が学ぶべきヒント
- 若い女性はなぜ地方に戻らないのか? 東京一極集中と自治体が抱える人口減少の現実
- 古民家カフェは本当に2年で潰れる?失敗する理由と続けるための経営戦略
