気候変動と人口増加により食糧不足が懸念される中、農業生産の効率化と環境保護が急務となっています。そのため、持続可能な農業と食糧安全保障の確保が重要視されています。
こうした課題を解決するために、AI、IoT、ドローン技術などを活用したAgriTech(アグリテック)が注目されています。AgriTechとは、農業(Agriculture)と技術(Technology)を組み合わせた言葉で、農業分野におけるICT技術の応用を指します。
この記事では、AgriTechの内外の動向や、日本国内で成功を収めているアグリテックスタートアップについて幅広く紹介します。
AgriTech(アグリテック)の活用例として
AgriTech(アグリテック)の活用例として、IoT技術が挙げられます。農地に設置されたセンサーが気温や湿度などの環境データを計測し、設定した値を超えるとインターネットを通じてアラートを送信するシステムがあります。これにより、従来人手で行われていた監視業務を自動化し、労働負担を大幅に軽減することが可能です。
他にも、AIを利用して作物の成長状態を分析したり、ドローンで農薬を自動散布したりする技術も開発されています。また、温湿度センサーからのデータを基に、水や日照量の自動制御を行うシステムも導入されています。
AgriTechは、これらの技術を通じて、農業生産の効率化、品質向上、コスト削減を実現し、農業が直面する多くの課題を解決しています。
AgriTech(アグリテック)の状況について
世界全体のフード&アグリテック分野における有望スタートアップへの投資総額は2020年ので261億ドルに達し、この分野への投資熱は加速していました(参考:野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社)。しかし、その後に投資を受けたものの、十分なリターンを提供できずに苦戦しているスタートアップが多い状況です。
例えばIndigo Agriculture社は、穀物取引市場のスタートアップとして有名ですが、事業の縮小と従業員の解雇に追い込まれています。会社の評価額は2022年7月には40億ドルだったものの、1年後には2億ドルに急落しました。また、衛星データとAIを使用して作物の予測を行うGro Intelligence社は、買い手が見つからず事業を閉鎖することになりました。
このような状況の背後には、スタートアップ側が農家が直面する核心的な課題を理解できていなかったことや、一方で、農家側も生産に関する情報をスタートアップ側と共有することに積極的ではなかったことがあったようです。
成果が出ない中で、投資家の関心が薄れてしまったたことも、このセクターの資金が急速に枯渇する原因となりました。
日本のアグリテックについて
2021年度の日本国内におけるアグリテック・フードテック市場の規模は、スマート農業、植物工場、次世代型養殖技術、代替タンパク質の4市場合わせて約718億4,700万円と推計されています。
日本の農業では労働人口の減少と高齢化が進行しており、2015年の約175万7千人から、2022年には約122万6千人に減少しました。農業従事者の平均年齢も上昇し、今後の生産量減少と食料自給率の低下が懸念されています。
また気候変動や生産環境の変化に対応するため、アグリテック・フードテック技術を用いた新しい食料生産の方法が重要視されており、スマート農業や植物工場などが注目されています。
日本で注目されているアグリテックスタートアップ5選
国内のアグリテック事業は存在感を増しており、大小問わず多くの企業が注目しています。ここでは、この分野で勢いのあるスタートアップ5社をご紹介します。
inaho株式会社
inaho株式会社は、神奈川県鎌倉市に拠点を置くスタートアップで、AIを活用した農業技術の開発に特化している企業です。「To make Farming more sustainable」の実現に向けて、食料生産の効率化と持続可能性を向上させることを目標とし、グローバルの市場への事業展開も行なっています。
inaho株式会社で知られているのが、AI搭載の野菜収穫ロボットです。このロボットは収穫適期の野菜を自動で識別し、設定されたルートに従って圃場を移動しながら無人で収穫作業を行います。この技術により、効率的で正確な収穫が可能となり、労働力不足やコスト削減に貢献しています。また、農業の効率化と最適化を図るため、農業生産全体を支援するプラットフォームも提供しています。
inaho株式会社の最大の特徴は、農家と協力して製品の開発を行い、実際の農業現場のニーズに合った技術を提供していることです。これにより、より現実的で実用的な農業ソリューションを生むことが可能となっています。
また、新たに農業を始める人々を対象にした研修プログラム「INAHOの穂」を運営しています。ここでは成功している農家のノウハウを学ぶことができます。新規就農者はこのプログラムを通じて、知識と技術を身につけ、成功への道を歩めるよう支援しています。
海外進出も進めています。現在は日本で製品の生産および開発を行っていますが、オランダでの販売量の増加に伴い、オランダでの販売スタッフや、ロボットのソフトウェアおよびハードウェアエンジニアの採用を検討しています。
また日本、オーストラリア、アメリカで登録済みのAIを活用した農業機械に関する特許が、2024年新たにヨーロッパとインドで登録されました。
inaho株式会社のビジネスモデルが高く評価されており、TechCrunch Tokyo 2018のスタートアップバトルでファイナリスト20社に選ばれ、IBM Blue Hub賞とPwC Japan Group AWARDを受賞しています。
inaho株式会社は、農業の現代化と効率化を推進する先進的な企業であり、AIとロボット技術を活用して新たな農業モデルを創出しています。
設立年月日 | 2017年1月17日 |
資本金 | 1億円 |
事業概要 | RaaSモデルによる自動野菜収穫ロボットを中心とした生産者向けサービスの提供 |
株式会社AGRI SMILE|栽培DX事業&バイオスティミュラント研究開発
AGRI SMILEは、「テクノロジーによって、産地とともに農業の未来をつくる」という経営理念のもと、持続可能な農業を推進しています。同社は産地の中核をなす農業協同組合(JA)とのパートナーシップを基に、ソフトウェアとバイオテクノロジーを活用し、農作物の栽培から販売までのプロセスにおけるDXを推進しています。また、異常気象対策やカーボンニュートラルに寄与するバイオスティミュラントの研究開発にも力を入れており、産地ごとの異なる課題に対応するカスタマイズされたソリューションを提供しています。
これまでに、全JAの約4分の1にあたる150以上のJAとネットワークを築き、そのニーズに応える形で事業を拡大してきました。特に、栽培DX事業「KAISEKI」では、1JAで約12億個もの農産物を解析した事例があります。さらに、複数のJAと提携した農産物ブランディング支援事業「産直プライム」では、導入から1年で売上が5倍、2年で18倍超に成長した産地もあります。
また、プロ農家の栽培動画配信サービス『AGRIs』の開発、運営をし、農業知識の伝承と普及を目的に日本全国のプロ農家の経験や栽培技術を1分間の動画で提供しています。「AGRIs」や農業後継者育成システムを通じて、広範な地域の農家をサポートし、農業の持続可能な発展を促進しています。これにより、高齢化に伴う農業従事者の減少という課題に対処しています。
AGRI SMILEは、テクノロジーを駆使して農業の持続可能性と効率化を追求するとともに、農家の豊富な経験や高度な技術を次世代に継承するための支援を行い、産地と協力して農業全体の発展に貢献している企業です。
設立年月日 | 2018年8月31日 |
資本金 | 1億円 |
事業概要 | 農業DXプラットフォームの提供
持続可能な農業に資する研究開発 上記に準ずるコンサルティング業務 |
サグリ株式会社(衛星データ×AI×区画技術)
サグリ株式会社は、兵庫県丹波市に拠点を置くスタートアップで、農業支援プラットフォーム「Sagri」を提供しています。このプラットフォームは、個人から企業まで幅広い農地のユーザーに最適な情報を提供するアプリケーションとして機能しており、農業従事者が日々の作業内容をアプリに入力することで、そのデータを自動分析し、農薬や肥料の適切な使用量を示すなど、農業プロセスの最適化を支援しています。
サグリ株式会社は、その革新性が認められ、「第三回日本アントレプレナー大賞」のサイエンス部門でHORIBA賞を受賞しており、2019年3月には「GET IN THE RING OSAKA 2019」のピッチコンテスト LIGHT WEIGHTカテゴリーで優勝しています。
事業の核となるのは「脱炭素」という領域で社会的なインパクトを生み出し、大きな変化をもたらすことです。衛星データ、ビッグデータ、AIを活用して、農業の効率化と持続可能性を高める技術を開発しています。これらの技術は特許性を持ち、ガバテック、リアルテック、スペースアグリテックといった複数の急成長している分野にまたがっています。
サグリ株式会社は国や地方自治体と連携し、衛星からのデータを活用して農地ごとの情報を提供し、日本全国の農業課題を解決するプラットフォームを構築することを目指しています。さらに日本だけでなく、世界の農家がアクセスできるようにすることで、スマート農業の領域への進展を目指しています。
タイやインドでの事業を国内にも展開し、脱炭素のニーズに応えることを計画しています。2030年には、農家が日常的に使用する主要なアプリケーションとして「Sagri」を定着させることを目標とし、自動化技術(ドローンや機械の自動操作)を農業に広く導入することを考えています。
サグリ株式会社は、農業データの収集と分析を通じて、より科学的かつ効率的な農業実践を推進し、持続可能な農業の実現を目指しています。
設立年月日 | 2018年6月14日 |
資本金 | 174百万円 |
事業概要 | 衛星データ解析および機械学習による事業創出 |
AGRIST株式会社|自動収穫ロボットの開発
AGRIST株式会社は、宮崎県に拠点を置くスタートアップで、農業分野に特化した技術革新を行っており、主に自動収穫ロボットの開発に注力しています。
同社が開発した自動収穫ロボットは、ピーマンやキュウリなどの野菜の大きさをAIカメラで識別しながら自動で収穫します。吊り下げ式で設計されており、ビニールハウス内に設置されたワイヤーを伝って移動します。この移動方式により、ロボットは複雑な地形や障害物に影響されずに作業が可能です。
さらに、ロボットは収穫作業中に画像データを収集し、これを利用して病害虫の早期発見に取り組んでいます。この技術により、作業効率の向上だけでなく、作物の健康管理が向上し、収穫量の増加と品質の安定が実現しました。
AGRIST株式会社は、AI技術とロボティクスを組み合わせることで、農業生産の自動化と効率化を進めており、将来的にはこれらの技術が農業の持続可能性と生産性向上に大きく寄与することが期待されます。
設立年月日 | 2019年10月24日 |
資本金 | 1億円 |
事業概要 | AI農業 AIを活用した農業用ソフトウェアの開発
農業ロボット AIを活用した自動収穫ロボットの開発 スマート農業 スマート農業パッケージの販売 |
HarvestX株式会社|ロボティクスやAI技術を活用し自動授粉を可能に
HarvestX株式会社は、イチゴの自動栽培ソリューションを開発する東京大学発のスタートアップです。最近、プレシリーズAで約4億1,000万円、総計で6億1,000万円の資金調達を実施しました。主要な投資者には複数の有名な投資事業有限責任組合が含まれており、浜松市からの交付金も受けています。
HarvestXは特にイチゴの自動授粉に焦点を当てており、世界初の技術(特許第7090953号)を開発。この技術を用いて、授粉、成長データの収集、収穫を一貫して行う高度な自動化システムを構築しています。
自動授粉ロボット「XV3」が核となる製品で、このロボットは植物工場での高精度な授粉と環境制御を可能にします。将来的にはイチゴ以外の果菜類への応用も視野に入れており、植物工場内の自動化を推進しています。
HarvestXは2024年5月にデモ施設を完成させ、イチゴのワンストップ生産を目指しています。長期的にはトマトやメロンなど他の授粉を必要とする果菜類への応用展開も計画しています。
高度な技術と革新的なビジネスモデルで、植物工場における農業の問題を解決し、効率的で持続可能な農業生産システムの構築を目指しています。
設立年月日 | 2020年8月 |
資本金 | 2020年8月 |
事業概要 | 植物工場向けの授粉・収穫ロボットの開発および販売を行っています。 |
日本のアグリテックスタートアップの可能性
アグリテック事業は、先進技術を農業に応用することで難しかった課題を解決し、持続可能な社会の構築に寄与する意味で、この分野への投資は、人々の生活に必要な食料供給を支える上で極めて重要です。
海外ではスタートアップへの投資が減速傾向にありますが、これには農業従事者との間に存在する乖離が挙げられます。
これに対して、日本で成功しているアグリテックスタートアップは、農業従事者の具体的なニーズに応える形で事業を進めています。農業の担い手不足、温暖化による作物の管理の難しさ、ノウハウが継承できない問題などの課題解決に向けて、農家に寄り添った事業を展開しています。
また、農家においても若手が積極的に新しい技術と向き合っており、農家とスタートアップの間には信頼関係があります。彼らは技術を先行させるのではなく、課題解決に必要なものを重視して事業を展開しており、そのアプローチが国際舞台での成功を予感させます。
※参考文献
AgriTech(アグリテック)とは?意味・定義 | IT用語集
アグリテック・フードテック市場に関する調査を実施(2023年)市場調査とマーケティングの矢野経済研究所
https://inaho.co/
持続可能な農業を創造するAGRI SMILE、約7.5億円のシリーズA資金調達を実施
Agri-Smile.com
サグリ
衛星データとAIを用いて、農業経営の発展と脱炭素社会の実現に貢献~サグリ株式会社
AGRIST
HarvestX が総額約4億1,000万円の資金調達を実施
HarvestX
スマート農業のスタートアップ (13社登録) | NIKKEI COMPASS