生成AIの本格導入が進む一方で、企業が直面する課題は「導入から定着までの具体的な仕組みづくり」です。今回のインタビューでは、ChatGPTやCopilotなど最先端AIの伴走型支援を行い、企業が自走できる体制を構築する株式会社VOICE ALE・代表取締役の中嶋あいみ氏に、戦略策定から研修、定着化支援まで一貫したサポートの実例とその強みを詳しく伺いました。
2006年 立教大学経済学部卒業、株式会社ISAO(現・株式会社Colorkrew)入社。
2020年 株式会社VOICE ALE創業。
ーー生成AIの活用支援を幅広く行っていらっしゃると伺いました。具体的には、どのような企業や組織に向けて、どのような支援を提供しているのでしょうか。また、導入から活用までのプロセスの中で、特に力を入れている領域はどこになりますか。
中嶋氏(以下敬称略):当社は、ChatGPT・Microsoft 365 Copilot・Google Geminiなどの生成AIの法人向け利活用支援に関してコンサルティングを提供しています。法人のお客様には、導入検討段階の単発セミナー、導入後はハンズオンやオリジナルのワークショップ、中長期的な伴走型での全社利活用推進まで、それぞれのフェーズや課題に合った幅広いサポートを行っています。
クライアントは主に上場企業やそのグループ会社で、従業員数が数千人規模の企業が中心です。業種としては、メーカー、物流、インフラなど多岐に渡りますが、共通しているのは、DX推進・生成AI導入を担う部門が存在し、生成AIの社内導入・定着に積極的な姿勢を持っている企業です。
もともと当社は、Amazon Alexaの音声アプリ開発やコネクテッドカーなどの対話型AIサービスにおいて、「人がAIと直感的にコミュニケーションできるユーザー体験」のUX・UIデザインからスタートしました。その中で培った「対話型AIのユーザー体験設計」のノウハウが、現在の生成AIのプロンプトエンジニアリングや、AIに初めて触れる人でも直感的で分かりやすい学習リソースの提案にも活かされています。
AIは導入がゴールではなく、導入後にどれだけ活用されるかが重要です。そのため、研修プログラムの提供や組織内の定着化支援には特に力を注いでいます。
ーーUdemyでも講座を開講されているそうですね。
中嶋:はい、eラーニングプラットフォームのUdemyで「文系人材のための対話型生成AI活用スキル習得コース」を提供しています。当初は個人ユーザーをターゲットにしておりましたが、今ではUdemy Businessという法人のUdemyユーザーにも受講いただいており、おかげさまで受講者数は延べ3,000人を突破しました(2025年3月時点)。
プロンプト作成の基本や具体的な業務シーンでの使い方に加え、他の講座ではあまり触れられていない「生成AIを使う上での心構え」を重視している点が特に好評で、受講者様から高い評価をいただいています。動きが速い生成AI業界の特性上、公開後も何度かコンテンツをアップデートして情報鮮度を保つようにしています。
ーー具体的な支援内容や御社ならではの強みについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?
中嶋:特に力を入れているのは、企業が「自走」できる体制を整えるための伴走型支援です。企業内のDX推進チームと一緒にユースケースの企画からプロンプト開発、成果検証まで一貫して支援しています。
まずは戦略策定の段階で、生成AIの導入目的やKPIの明確化を重視しています。さらに、導入後にはUXリサーチのプロセスを取り入れ、従業員へのインタビューを実施することで、企業内の潜在的なニーズや課題を具体的に把握するようにしています。
その上で、ChatGPTやCopilot 導入後の研修についても、日本マイクロソフト社やそのベンダー企業のパッケージ型研修ではなく、各企業のニーズ・課題に合わせたカスタマイズ型の研修を企画・提供していることが強みです。座学だけではなく、実際に手を動かすハンズオンやワークショップなどを組み合わせて、より実践的で効果的な研修になるよう心がけています。
このように、戦略策定からUXリサーチ、そしてオリジナルの研修設計まで一貫して提供できることが、当社の大きな強みだと考えています。
ーー基本的には、KPIを起点とした支援を行うイメージでしょうか。
中嶋:はい。企業のKPI達成を支援する、伴走型の中長期的なサポートが基本です。企業とともに目標を設定し、その達成に向けた戦略設計や導入サポートを行います。1年以上継続してご支援している企業では、生成AIの週間アクティブ率は75%前後となっており、施策の効果が出ています。
一方で、KPIの設定まで至らないものの、「生成AIを導入したものの、活用できていない」という企業向けの短期プログラムも実施しています。多くの企業では、「どのようにAIを使えばよいのかわからない」といった課題を抱えており、ワークショップを通じてユースケースの発掘やアイデア創出をサポートしています。
私自身、音声UI(VUI)領域でのUXリサーチ経験がありますので、ユーザー体験を重視した生成AIの利活用支援も行っています。
ーーワークショップの開催が、AI導入の成功において大きな役割を果たしているということですね。
中嶋:はい。特に導入後のフェーズでは非常に有効です。導入はしたものの、
「ツールがあるが、使い方がわからない」
「プロンプトの書き方がわからない」
「自分の業務のどこにAIを導入すればよいのかが不明」
といった悩みを抱える従業員は多いです。こうした課題を解決するため、ステップを踏むことがおすすめです。まずは座学で生成AIの特性・付き合い方の理解を促し、ハンズオンで基本操作を体験する。その上でワークショップをおこない自分の頭を使って業務への適用をボトムアップで考えていただく。さらにプロンプトの試行錯誤を通じて生成AIとの対話プロセスで成功体験をする。この流れは非常に効果的です。
ーー実際に支援する際、企業からはどのような相談が多いのでしょうか。
中嶋:「導入したが活用できていない」「社内に定着しない」という悩みが特に多いですね。意思決定者の中には「生成AIを導入すれば自然と使われるだろう」と考えている方もいますが、実際にはそうならず、初めて課題に気づく企業が少なくありません。そのような企業は、外部の知見を取り入れつつ、活用の仕組みを整えたいと考えています。
最近では地域による違いも大きく、東京や大都市圏の企業では、「活用が進まない」「社内に定着しない」という導入後の課題が主流です。一方、地方企業では、導入を検討している段階や情報収集段階であることが多いです。生成AIについて漠然としたイメージを持っているだけの経営層や管理職の方が多く、生成AIでどう日常業務が変わるのか、組織が変わるのか、といったイメージを持ってもらう基礎的な内容のセミナーへのニーズが高いと感じます。
ーー現在、生成AIに関する情報は首都圏や主要都市に集中しているのでしょうか。
中嶋:そうですね。情報の所在でいうと、インターネット上にあるので実際にはどこにいても最新情報にアクセスできることは変わらないはずですが、情報感度の違いでしょうか。DXへの投資予算の確保状況が、首都圏と地方の格差を生む大きな要因となっているように感じます。
私がこれまで支援してきた大企業は、どこも本社が東京にあり、十分なDX予算を確保できているケースが多いです。
一方で、地方の中小企業では、DXや生成AIへの投資判断をより慎重に行う傾向があります。たとえば、「ROIをどの程度で回収できるのか」を精査した上で導入を検討する企業が多く、新しいものへの投資に対するスピード感が大企業と大きく異なります。
対照的に、大企業では「まずはCopilotを導入して試してみる」といった、スピーディーな投資判断が可能なケースが多く、ここに企業規模による違いを感じます。
ーー企業の規模によって、生成AIの導入に対する姿勢に大きな違いがあるのですね。特に、大企業と中小企業、また都市部と地方では、導入の進捗や活用状況にどのような違いが見られますか?
中嶋:中小企業がオフィス環境で導入している主流は Google Workspace ですが、大企業ではMicrosoft 365 のライセンス導入が大多数のため、追加料金で利用できる Microsoft 365 Copilot を採用する企業が多い傾向にあります。 Microsoft 365 Copilot 自体の性能向上がここ1年ですさまじく、以前は実用に慎重な声もありましたが、現在はかなり使えるレベルになっています、そのため、積極的に活用を進める企業が増えています。
一方で、地方の中小企業では、意思決定のスピードに大きな差があり、導入に慎重な姿勢を取る企業が多いのが実情です。特に、コストや運用体制の整備といった課題が、導入のハードルとなることが少なくありません。
また、企業ごとにAI導入の進捗状況も異なり、フェーズごとの違いが顕著です。
①まだ検討段階にある企業(導入の必要性を模索している)
②試験運用を始めている企業(一部の業務で活用を試みている)
③本格的な活用・定着を進めている企業(業務フローに組み込み、活用を拡大している)
このように、企業の規模や業界、DXの進捗度によって、導入のフェーズや活用の仕方には大きな違いがあります。
ーーそうなると、地方の中小企業にとっては、ChatGPTなどの生成AIを導入する際のコスト負担も大きな課題になりそうですね。1ライセンスあたり月額4,000円程度の費用をどのように捻出するかが、導入判断のポイントになりそうです。
中嶋:そうですね。特にセキュリティ面の懸念から、通常のChatGPTのチームプランをそのまま導入する企業は少なく、代わりにAzure OpenAIを活用して自社向けにカスタマイズしたChatGPTを構築するケースが多く見られます。
また、最近ではCopilotの性能向上もあり、最初から Microsoft 365 Copilot を導入する企業が増えている印象です。一方で、Google Workspace ではGeminiが標準搭載されるようになり、これまで別料金だったために利用できていなかった企業にも使える環境が整ってきました。また、それらのオフィスツールを利用していない企業も一定数は存在するため、企業ごとに導入方針が分かれる傾向があります。
日本企業はセキュリティ要件が厳しく、独自開発に踏み切るケースも少なくありません。ただし、独自開発には年間数百万円以上の開発・メンテナンスコストがかかります。一方で、Microsoft 365 Copilot のようなSaaS型ソリューションなら、利用料のみで迅速な導入が可能なため、合理的な選択肢と言えるでしょう。
ーーなるほど。1従業員あたり年間4万円ほどのコストで生成AIを導入するか、それとも独自開発に踏み切るかは、企業にとって慎重に検討すべき課題になりそうですね。
中嶋:そうですね。独自開発で単に「ChatGPTのようなチャットボット」を構築するだけでは、大きな意義はありません。しかし、業務プロセスにAPIを組み込み、特定の機能を強化する形で活用するのであれば、開発する価値は十分にあります。 たとえば、社内のナレッジデータベースと連携させたり、特定の業務フローに組み込んだりすることで、企業独自の付加価値を生み出すことができます。
一方で、「セキュリティが担保されたチャットボットがほしい」という理由だけで独自開発に踏み切るのは、コストや運用負担の面で非効率な選択になりかねません。 その場合は、API利用ではなくMicrosoft 365 CopilotやGoogle GeminiなどのSaaSとして最新モデルを活用する方が、合理的な選択肢となります。
ただし、こうした選択肢の違いを企業側が十分に理解できていないケースも多く、それが現在の課題の一つとなっています。
ーー生成AIの導入を検討している企業に対しては、どのようなアドバイスをされることが多いでしょうか。
中嶋:まず、生成AIに何を期待するのか、その役割を明確にすることが重要です。「生成AIが当たり前になるから当社も導入したい」という漠然とした状態では、適切な戦略を立てることが難しくなります。具体的には、
①標準ツールとして活用する(従業員が日常業務でメール作成や議事録作成に利用する)
②業務プロセスに組み込んで特定機能を強化する(カスタマーサポートの自動応答や社内ナレッジを活用したボットなど)
このどちらを主な目的とするのかを明確にするだけでも、導入プロセスの議論がスムーズになります。
また、生成AIはあくまで手段であり、すべての課題解決に適しているわけではありません。「生成AIを導入すること自体」が目的化しないよう注意が必要です。もちろん、「導入は決まっているので、自社に最適なAIツールを選定したい」といった具体的な相談もあります。しかし、それ以上に「どこから着手すればよいのかわからない」という段階の企業が多いのが実情です。
ーー具体的なユースケースを把握しにくいという課題があるのでしょうか。
中嶋:はい。それに加え、意思決定者や検討担当者が「自分で使うイメージ」を持たずに「従業員に使わせたい」という視点に偏ってしまうケースが多いです。しかし、生成AIは誰でも使えるツールです。経営者でも現場の担当者でも、実際に触ってみることが重要です。
多くの管理職が「社員にどのように使わせるか」に注目しますが、それ以前に「自分自身が業務にどう活かすか」を考えるほうが理解を深めやすいと考えています。その認識を経営層や管理職に持ってもらうことが、より建設的な議論につながります。
ーー企業の生成AI導入において、根幹から支援されているという印象を受けました。中嶋さんがおっしゃるように、「なぜ生成AIを活用するのか」という根本的な部分から議論を始めることが重要なのですね。
中嶋:その通りです。現在、生成AIに関する情報が氾濫しており、正確な情報と誤った情報が混在しているため、「生成AIとは何か」という基本的な理解が曖昧になっている方も少なくありません。確かに、生成AIの可能性は広範ですが、その全体像を正しく捉えているビジネスパーソンはまだ少ないと感じます。
特に、期待値の調整が非常に重要です。「生成AIがすべての業務を自動化してくれる」といった過度な期待を持つ方もいらっしゃいますが、現状では「最初と最後の指示・判断は人間が行い、途中の作業をAIが支援する」段階にとどまっています。最近注目されているエージェントAIの技術も含め、現場の業務のすべてが自動化できる、といったような劇的に変わるわけではありません。
こうした現実を踏まえ、企業には冷静な視点で導入を検討することが求められます。そのため、「まずは社内の理解を深め、適切な活用方法を見極めよう」と考える企業も増えています。
ーーやはり、「自分の業務にどのように活かせるのか」を具体的にイメージできなければ、効果的な活用は難しいということですね。
中嶋:その通りです。先日登壇したセミナーでもテーマを「生成AIの利活用と文化醸成のポイント」として、企業のトップが率先して活用することの重要性を強調しています。実際、経営層が積極的に生成AIを使い、その有用性を社内に示すことで、組織全体の導入がスムーズに進むケースが多く見られます。
たとえば、日清食品さんでは社長自らがChatGPTを積極的に活用し、その取り組みを社員に向けて発信していました。このように、トップが活用する姿勢を示すことで、社員も「自分たちも使いこなさなければならない」と意識し、社内全体のAI活用が促進されるのです。
ーーソフトバンクの孫正義さんも、新しい技術を積極的に取り入れることで知られていますよね。やはり、企業文化の醸成においては、経営層が率先して活用することが重要なのでしょうか。
中嶋:おっしゃる通りです。もちろん、ボトムアップで導入が進む企業もありますが、日本企業の場合、最終的な予算の決定権を持つ経営層の関与によって、導入のスピードが大きく左右されます。ただ単に「社員に使うよう指示する」のではなく、経営層自身が生成AIの利便性・革新性を実感し、その価値を社内に発信することが不可欠です。
実際に、ある企業では会長自らがMicrosoft 365 Copilot のレクチャーを受け、その様子を動画で撮影して「これを使わないなんてもったいない、ぜひ活用してほしい」と社員にメッセージを送った事例もあります。このように、トップが積極的に取り組むことで、中間管理職や現場社員の意識も変わり、定着がぐんと進みます。大企業だけでなく、中小企業においても、トップの関与が成否を大きく左右する要素の一つになっています。
ーー企業内のコミュニケーションや体制づくりも、生成AIの導入・定着において重要な要素になるということですね。
中嶋:ええ。特に「誰が推進役を担うのか」が鍵となります。単に「生成AIを導入しました」と発表するだけでは、社員が自然に活用し始めるわけではありません。活用が先行する企業では、「アンバサダーを任命する」「ボトムアップで広める」といった方針を掲げますが、大企業やITに不慣れな企業文化では、自発的な普及が進みにくいのが現実です。
そのため、生成AIの社内普及や定着を推進する専任の担当者やプロジェクトチームを設置するかどうかで、導入の成功度が大きく変わります。私が支援している企業の多くは、こうした体制を整えているケースが多く、特にDXを担うチームが戦略立案から社員教育、活用状況のヒアリング、ログの分析までを一貫して担うことで、スムーズな導入と定着が実現しやすくなっています。
ーーこうした教育的な取り組みは、人事部門が主導することが多いのでしょうか。それとも、DX推進部門が別途担当するケースが一般的なのでしょうか。
中嶋:DX推進部門が担当するケースが多いですね。人事部門が必ずしもAIに精通しているとは限らないため、社内ITに強い人材が集まるDX推進部門が主導したほうが、導入や定着がスムーズに進みます。専任もしくは兼務で生成AI定着化のミッションを背負った人たちが、導入フェーズから普及活動、各部署との連携までを一貫して担い、必要に応じて人事部や関連部門と協力しながら進めるのが理想的な形です。
ーーDX推進部門が各部署と連携しながら、ユースケースの構築を支援していく形になるのですね。
中嶋:はい。その通りです。普及が進んでいる企業では、全社向けのセミナーやハンズオン形式の研修、特定部署向けのワークショップなど、複数のアプローチを並行して進めています。それにより、組織全体での理解を深めつつ、各部門の業務に即した活用方法を具体化することが可能になります。
ーー最終的には、生成AIの活用を企業の利益向上につなげることが目的だと思いますが、短期的な費用対効果を厳密に測ろうとすると、かえって導入が進みにくくなるという話を聞いたことがあります。
中嶋:おっしゃるとおりです。費用対効果を過度に厳密に評価しようとすると、導入のハードルが高くなり、結果として全社導入が進まない、トライアルで終わってしまうケースも見られます。
たとえば、全社員にAIライセンスを配布したとしても、積極的に活用する人とそうでない人が必ず出てきます。そのため、「全員が均等に使うこと」を目標にするのではなく、「活用できる人が最大限の効果を発揮できる環境を整える」ことが重要です。「生成AIを活用できる人を育てる」ことも意識すべきです。特に、生成AIは非定型業務への適用範囲が広いため、従来のROI(投資対効果)指標だけでは、その価値を正しく測ることが難しい側面があります。
もちろん、利用率のモニタリングやアンケート調査を通じて、定量的なデータを把握することも必要です。しかし、それ以上に、生成AI導入前と比較して「新しい業務にチャレンジしやすくなった」「心理的なハードルが下がり、安心して業務に取り組めるようになった」といった定性的な変化が、導入の大きな価値につながることも少なくありません。こうした現場の声を社内で共有することで、生成AIの導入効果への理解が深まり、さらなる活用が促進されるケースが多いですね。
ーーやはり、中長期的な視点で考え、現場の人材育成や業務の質の向上といった目的を見据えることが重要なのですね。
中嶋:はい。特に首都圏の大企業では、競合他社が次々と生成AIを導入しており、「導入しない理由がない」と判断する企業が増えています。一方で、ITに対して懐疑的な経営者も依然として一定数存在するため、そのような企業に対しては「このまま取り残されてもよいのでしょうか」という視点でお話しすることもあります。
また、日米の雇用文化の違いも、生成AIの導入戦略に大きく影響しています。アメリカの企業では、AIの導入によって業務の自動化を進め、人員削減に直接結びつけるケースもあります。しかし、日本企業の場合、雇用を定着させる文化が根強く、「既存の人材のパフォーマンスを最大化すること」が最優先課題となります。そのため、生成AIの活用を通じて業務効率を高め、従業員の生産性向上を図ることが不可欠である、という視点を提示すると、経営層の認識が変わるケースも多いですね。
ーーアメリカでは、短期的な業績向上を目的として人員削減を行うケースが少なくありませんが、日本企業では終身雇用の文化が根強く残る企業も多いですよね。したがって、限られた人材の生産性をいかに向上させるかが、大きなテーマになっているのですね。
中嶋:そのとおりです。実際、企業内にはパフォーマンスが十分に発揮できていない人材が一定数存在する場合も少なくなく、生成AIを活用して業務効率を向上させることが喫緊の課題となっています。
また、外部のコンサルタントが業務プロセス全体を変革するのではなく、社内の人材が自ら生成AIのリテラシーを高め、どの業務にどのように適用するかを考えられることが理想的です。そのためには、まず個人レベルで生成AIに慣れ、日々の業務の中で少しずつ活用しながら実践的なスキルを身につけていくことが、最も効果的だと考えています。
ーー中小企業では、外部コンサルタントに多額の費用をかけることが難しい場合も多いため、まずは個人レベルでの活用から始めるのが現実的といえますね。
中嶋:そうですね。私自身、日常的に複数の生成AIを活用していますが、一度使い慣れると「もう生成AIなしでは仕事ができない」と感じることがよくあります。しかし、その一方で、「何でもAIに任せればよい」という考え方にはリスクも伴います。
生成AIの導入は、単なる業務の置き換えではなく、業務そのものを見直す契機として活用することが重要です。たとえば、「この業務は生成AIに適しているか」「そもそもこの作業は本当に必要なのか」といった視点で棚卸しを行うことで、業務の効率化だけでなく、より本質的な改善につなげることができます。
ーー生成AIは導入して終わりではなく、「どの業務にどのように活用するか」を継続的に考え、適切に運用することが重要なのですね。
中嶋:はい。その通りです。短期支援の事例では、高機能なChatGPTライクのツールを導入したものの、社員が機能を使いこなせず形骸化してしまったという企業もありました。
UXの観点から見ると、必要以上に多機能なツールはかえってユーザーの混乱を招きやすく、結果として活用が進まないという傾向があります。シンプルで直感的に使えるツールのほうが、社内への定着率が高まり、実際の業務に活かされやすいですね。
ーー最後に、今後さらに発展すると期待される分野や、新たな活用の可能性について、どのようにお考えでしょうか?
中嶋:2025年は「エージェント元年」とも言われており、今後の生成AI活用においてVUIの知見がますます重要になると考えています。
特に注目しているのが、エージェント(自律型生成AI)と音声ユーザーインターフェース(VUI)の融合ですね。従来のプロンプトエンジニアリングのように「人間がAIに合わせる」のではなく、これからはAIのほうが人間の文脈や感情を深く理解し、ユーザー一人ひとりに寄り添ったコミュニケーションをしてくれるようになるでしょう。
例えばビジネスシーンでは、自分の声で話した内容をそのまま多言語にして、海外の相手ともまるで同じ言葉で話しているような会議体験が可能になりますし、医療現場でも医師が診察を続けながらAIに質問するだけで必要な情報を瞬時に引き出せるなど、AIがまるで自分の一部のような存在になってくれます。
プライベートのシーンでも、最近アメリカのAmazonから発表された生成AI搭載「Alexa+」のように、AIエージェントが家庭内での複雑なタスクを文脈ごと理解して自律的に処理することが現実的になっています。音声は人間にとって最も自然なコミュニケーション手段ですので、VUIによるユーザー体験(VUX)の質が今後ますます重要になるでしょう。
当社VOICE ALEは、「スクリーン依存をなくし、ボイスでもっと前を向ける世界」の実現を目指しております。この変化の最前線に立ち、エージェント型生成AIとVUIを融合させた新しいユーザー体験を積極的に創り出していきたいと考えています。この領域の発展が私たちの日常生活そのものを変えていくと思うと、とてもワクワクしています。
ーー本日は、大変貴重なお話をありがとうございました。