近年、タレントマネジメントやHR分野においてAIツールの導入が進み、適材適所の配置が容易になってきています。しかし、AIだけで本当にパフォーマンスの低い人材を改善できるのでしょうか?根本的な問題解決も欠かせません。本記事では、課題を抱える社員を見事に戦力化した3つの企業と、その成功のカギとなったポイントをご紹介します。
ダメな社員を戦力化 成功事例
「ポテンシャルはあるが伸び悩んでいる」「仕事へのモチベーションが低い」「チームでうまく協力できない」といった社員が、どうやって成長して活躍できるようになるのか、3つの企業の取り組みをご紹介します。
1. トヨタ自動車
トヨタ自動車の社員を戦力化するための取り組みには、特に「トヨタ生産方式(Toyota Production System, TPS)」と呼ばれる独自の生産システムが深く関わっています。この方式は、無駄を徹底的に排除し、効率的かつ柔軟な生産プロセスを追求するものですが、その中心には「人材育成」が位置しています。トヨタの社員戦力化の取り組みをもう少し詳しく見ていきましょう。
(1)カイゼン活動
トヨタでは「カイゼン(改善)」が非常に重視されています。カイゼンとは、社員一人ひとりが日々の仕事の中で問題を発見し、小さな改善を積み重ねていく取り組みです。この活動は現場のスタッフから管理職まで全員が関与し、改善のアイデアを出し合い、実行します。トヨタは、どんなに小さな改善でも重要だと考えており、これによって効率が悪かったり成果が出なかった社員も、自ら考え行動する力を養い、徐々に戦力化していくことが可能となります。
【例】
生産ラインの作業者が、自分の作業ステーションの効率を上げるために工具の配置を変えるなど、小さな改善を提案し実施する。このような小さな取り組みが大きな成果に繋がり、従業員一人ひとりが責任感を持って仕事に取り組むようになります。
(2)「全員参加の問題解決」文化
トヨタでは、問題が発生した際にその問題を隠したり上司に丸投げするのではなく、チーム全体で解決に取り組む文化が根付いています。このようなアプローチは、問題の責任を全員で共有し、改善のために知恵を出し合うことで、社員の成長を促進します。問題解決のプロセスには、経験が浅い社員も積極的に参加し、経験豊富な社員からフィードバックを受けることで、成長する機会が与えられます。
【A3報告書】
トヨタでは問題解決の際にA3サイズの報告書を使うことが一般的です。社員は問題の詳細、原因、解決策を一枚の紙にまとめ、全体像を俯瞰して理解し、解決のための手順を整理します。このプロセスを通じて、論理的思考や問題解決能力が身につくため、業務パフォーマンスが向上します。
(3)「自律したチーム」の育成
トヨタでは、現場のチームが自律して運営できるように、チームリーダーが積極的に育成されます。各チームリーダーは、自分のチームメンバーに目を配り、個々の社員が持つ課題に対応するサポートを行います。
たとえば、苦手な業務を持つ社員に対しては、その業務に関連するトレーニングを行うだけでなく、その社員の長所を引き出す方法も模索します。これにより、パフォーマンスの低い社員でも、チームの中で役割を見つけ、戦力として活躍できるようになります。
(4) 現場重視のリーダーシップ
トヨタの上層部や管理職は、現場の状況を非常に重視します。「現地現物」という理念に基づき、問題が発生した場所に実際に足を運び、現場での実際のデータや情報を基に判断を下すことが重要とされています。これにより、現場の社員も自分たちの努力が会社の決定に直接反映されることを感じ、モチベーションが向上し、戦力化が進みます。
(5)多様な人材育成プログラム
トヨタは、新人からベテランまで幅広い社員を対象に、様々なトレーニングプログラムを提供しています。これにはリーダーシップトレーニングや技術研修が含まれ、特に成果が出にくい社員に対しては、彼らが成長するために必要なスキルや知識を獲得できるよう、個別にプログラムが提供されます。
これらの取り組みを通じて、トヨタは社員のポテンシャルを最大限に引き出し、かつてダメと見られていた社員でも成長し、会社にとって重要な戦力となることができる環境を整えています。
2. リクルートホールディングス
リクルートの人材育成プログラムは、社員の多様な特性や内発的動機を引き出し、組織全体の成長へとつなげることを目指しています。3つのポイントをご紹介します。
(1)「Co-AL施策」による内発的動機と強みの引き出し
リクルートは「Co-AL施策」という独自プログラムを通じて、コーチングを活用し、社員の内発的な動機を引き出しています。コーチ役である「Co-AL Partner」と上長が協力し、多角的な視点で社員と対話することで、自己理解を深め、新たな強みを発見しやすくしています。これにより、これまで成果を上げられなかった社員も自己改革のきっかけを得て、戦力化が進みます。
(2) 公平で体系化されたマネジメントスキル
リクルートは管理職に向けた研修で、マネジメントスキルの標準化・体系化を進め、属人的な管理から脱却しています。これにより、「ダメ社員」と見なされていた社員も、公平な評価のもとで成長の機会が得られます。全社員が自分に合った育成計画を描ける環境が整い、徐々に各自の役割や目標に向かって進むことが可能となります。
(3)キャリア構築と自己理解を促す対話とフィードバック
リクルートのプログラムでは、定期的に上長と「Co-AL Partner」による対話やフィードバックを実施し、社員のキャリア目標に基づいた具体的なアクションや自己改善の道筋を明確にします。このような支援により、成績が振るわなかった社員も、自身のキャリアビジョンを活かし、重要な戦力として成長できる環境が整っています。
リクルートは、このように社員の内発的モチベーションの引き出しや公平な評価を通じ、従来の「ダメ社員」とされる社員でも自律的に成長し、組織の価値を発揮できる一貫した取り組みを実現しています。
3. ユニクロ(ファーストリテイリング)の人材育成
ユニクロは、「ダメ社員」と見なされている社員を戦力化するために、社員の多様な成長を支援し、能力に基づいた公正な評価と育成を徹底する人材育成体制を整えています。以下の3つの要素をご紹介します。
(1)公正で透明性のある評価と柔軟な昇進制度
ユニクロは、グローバルで統一された評価基準と報酬制度を導入し、社員のスキルや役職ごとに必要な要件を明確にしています。これにより、社員は年齢や国籍に関わらず、能力に基づいた評価と昇進の機会を得ることができます。また、社員の成長に応じた「飛び級」制度があり、意欲と成果次第で迅速に昇進が可能です。この仕組みにより、評価が不十分とされる社員も努力次第で成果を認められ、モチベーションが向上し、戦力として成長できるようになります。
(2)販売員の成長支援と多様なキャリアパスの提供
販売員には、商品知識や顧客対応力の向上を目的とした研修が提供されており、成長を続けるための学びの機会が充実しています。また、販売員としてのスキルを磨くだけでなく、意欲があれば店長や経営層へのキャリアパスも開かれています。これにより、成果が上がらなかった社員も、自身の役割を通じて学びを深め、成長を実感できる環境が整備されています。
(3)自己実現を促進する育成プログラムとフィードバック体制
ユニクロは、社員一人ひとりがキャリア目標を設定し、上司と「個別育成計画」を作成することで、自己実現を支援しています。また、年に2回の目標管理制度(MBO)で、社員は上司や同僚からフィードバックを受け、仕事への気づきや自己改善を促進します。これにより、パフォーマンスが低かった社員でも、具体的な成長の道筋を見つけ、自己理解を深めることで戦力としての役割を果たすことができるようになります。
ユニクロは、社員の成長と公正な評価を結びつけ、社員が持つ潜在力を発揮できる環境を作ることで、「ダメ社員」とされていた社員も重要な戦力に変えることを実現しています。これにより、ユニクロ全体の発展に貢献する社員育成の仕組みが確立されています。
「ダメな社員」を戦力化するためのポイント
ご紹介した事例から見えてくるのは、どの企業も工夫を凝らし、課題を抱える社員のポテンシャルを引き出すために取り組んでいる点です。ここでは、ダメな社員を戦力化するための共通ポイントをご紹介します。
(1)本人の意欲を引き出す
何がしたいのか、何を強みとしているのか、本人にじっくりと話を聞き、その意欲を引き出すことが大切です。
(2)目標を設定する
目標を明確にすることで、やる気を出し、行動を促すことができます。
(3)フィードバックを与える
定期的にフィードバックを与えることで、成長を促し、モチベーションを維持することができます。
(4)周囲のサポート
上司や同僚が協力し、サポートすることで、一人ひとりが安心して成長できる環境を作ることが重要です。
注意すべき点があります。
(1)個人の状況に合わせて対応する
すべての社員が同じように成長するわけではありません。一人ひとりの状況に合わせて、個別の指導やサポートが必要です。
(2)根気強く取り組む
短期間で成果が出るわけではありません。根気強く取り組み、長期的な視点で育成を行うことが重要です。
(3)強制は禁物
強制的に何かをさせようとしても、逆効果になる可能性があります。本人の意思を尊重し、自主性を引き出すことが大切です。
モンスター社員とは?
ダメ社員とよく似ている言葉にモンスター社員があります。
モンスター社員とは、職場で他の社員や組織に対して問題行動を繰り返し、業務や職場環境に悪影響を与える社員のことを指します。
モンスター社員に共通する特徴には以下のようなものがあります。
(1)組織のルールや指示を無視する
- 上司の指示に従わない。
- 就業規則を守らない。
(2)他者とのトラブルを引き起こす
- 同僚や上司との人間関係で衝突が多い。
- 無責任な発言や行動でチームワークを乱す。
(3)不適切な要求を繰り返す
- 過剰な権利主張や自己中心的な振る舞いをする。
- 無理な要求をする(例: 業務外の待遇改善や特別扱いを求める)。
(4)業務パフォーマンスの低下
- 故意に仕事を怠ける(サボタージュ)。
- 期限や品質を守らない。
(5) 職場全体に悪影響を及ぼす
- ネガティブな態度で他の社員のモチベーションを下げる。
- 悪口や噂話を広げる。
【モンスター社員の具体例】
- パワハラ型: 上司や同僚に対して威圧的な態度をとる。
- クレーマー型: 会社や同僚に対し、不合理な不満や苦情を繰り返す。
- 自己中心型: 自分の利益や都合だけを優先し、チーム全体の利益を無視する。
【なぜモンスター社員が生まれるのか?】
モンスター社員が生じる背景にはいくつかの要因が考えられます。
(1)採用時のミスマッチ
- 応募者の価値観や適性が会社の文化と合わない場合。
(2)職場環境の問題
- 適切な指導やサポートが不足している。
- 職場でのコミュニケーションが不十分。
(3) 個人的な問題
- 精神的なストレスや家庭の問題など、個人的な事情が影響している。
(4)評価制度やルールの甘さ
- 社内規則や評価制度が曖昧で、問題行動が放置されている。
【モンスター社員の影響】
- 職場の士気低下: 他の社員が不満を抱き、チーム全体の生産性が下がる。
- トラブルコストの増加: モンスター社員への対応や解決に時間とリソースが割かれる。
- ブランドイメージの低下: 内部問題が外部に漏れることで、企業イメージが損なわれる可能性。
モンスター社員への対応
モンスター社員への対応は、企業の健全な組織運営において重要です。以下に具体的な対応策を段階的にまとめました。
(1) 問題の把握
- 行動を記録する: モンスター社員の問題行動を明確に記録します。具体的な行動や発言、影響を客観的に記録しておくことで、後の対応がスムーズになります。
- 原因を分析する: 問題の背景に個人的な悩み、業務への不満、職場環境の影響などがある可能性を探ります。
(2)コミュニケーションの改善
- 個別面談を実施: 問題行動に対する社員の意図や考えを理解するために、建設的な話し合いを行います。感情的にならず、冷静かつ客観的な態度で臨むことが大切です。
- 期待値を明確化する: 問題行動が組織や同僚に与える影響を説明し、求められる行動や業務態度について具体的な基準を示します。
(3) 職場環境の見直し
- 業務内容や配置転換: 業務が適正でない場合、仕事内容や部署の変更が解決につながることがあります。
- 教育・研修: 問題行動の改善につながるスキルやマナーの研修を提供することを検討します。
(4)ルールと規律の徹底
- 就業規則の明示: 問題行動が規則違反である場合、該当のルールを具体的に指摘し、改善を求めます。
- 警告書の発行: 改善が見られない場合、公式な警告を文書で発行します。これにより問題が明確化され、次の段階に進む準備ができます。
(5)専門家の活用
- 社内外のリソースを活用: 社内の人事部門やメンタルヘルス相談窓口、または外部の労働問題専門家や弁護士に相談することも有効です。
(6)最終手段としての解雇
- 適法な手続きの遵守: 最終手段として解雇を選択する場合、労働基準法や会社の就業規則を遵守し、適正な手続きを行います。
- 第三者の介入: 解雇を実施する際は、第三者の専門家に立ち会ってもらうことで、トラブルを最小限に抑えることができます。
(7)予防策の強化
- 採用段階での注意: 問題行動のリスクを減らすため、採用プロセスでの適性検査や入念な面接を実施します。
- 透明性のある評価制度: 公正な評価とフィードバックを行うことで、社員が抱える不満やストレスを早期に解消します。
【注意点】
モンスター社員の対応は、感情的にならず、冷静かつ法的に正しい手続きで進めることが重要です。また、他の社員への影響を最小限に抑え、職場全体のモラル維持を意識してください。
ダメ社員とモンスター社員の違いは?
「ダメ社員」と「モンスター社員」はどちらも職場での問題行動を指しますが、それぞれの特徴や影響は異なります。以下に両者の違いを整理しました。
【ダメ社員】
ダメ社員は、主に以下の特徴を持つ社員を指します。
[特徴]
(1)スキルや能力の不足
- 業務スキルが足りず、仕事の成果が低い。
- 学習や成長意欲が乏しい。
(2)モチベーションの低さ
- 自発的に行動しない。
- 職務に対する責任感が薄い。
(3)ルール違反ではないが消極的
- 職場の規則は守るが、積極性に欠ける。
- チームの士気や効率に悪影響を与える可能性がある。
[影響]
- 主に業務のパフォーマンス低下が問題。
- チームの生産性や上司の負担が増えるが、大きなトラブルを引き起こすことは少ない。
[原因]
- 適切な教育や研修の不足。
- 業務内容や環境が能力や興味と合わない。
- 心理的な問題やストレス。
【モンスター社員】
モンスター社員は、組織や他の社員に対して積極的に悪影響を及ぼす行動を取る社員を指します。
[特徴]
(1)攻撃的または挑発的な態度
- 同僚や上司に対して威圧的、対立的な態度を取る。
- チームの雰囲気を乱す。
(2)自己中心的な行動
- 自分の利益を最優先し、組織全体の利益を無視。
- 不合理な要求やクレームを繰り返す。
(3)規則を守らない
- 就業規則や職場のルールを故意に破る。
- 組織の秩序を乱す。
[影響]
- 他の社員のモチベーションや職場環境に深刻な悪影響を与える。
- チーム全体の生産性を大幅に下げる可能性がある。
- トラブルやコンプライアンス違反を引き起こし、企業の評判にも影響する。
[原因]
- 強い自己中心的な性格。
- 過去の職場で問題行動が見逃されてきた。
- 職場環境や管理体制の弱点を利用している。
[まとめ]
ダメ社員はスキルや意識が不足している社員で、適切な教育や指導で改善可能な場合が多いですが、モンスター社員は組織の秩序や職場環境を積極的に破壊する行動を取り、対応が複雑かつ困難です。
対応策を講じる際は、まずどちらに該当するかを見極めることが重要です。それぞれの特徴に応じた適切なアプローチが求められます。
まとめ
人材育成の要は「人」と「成長へのサポート」にあります。本記事でご紹介した企業の事例からも分かるように、社員一人ひとりの持つ可能性を引き出していくには、根気強いサポートと信頼が不可欠です。
これからも、社員の意欲や成長意識を尊重しながら、適切な目標設定やフィードバック、周囲の支えを通じて個々の成長を後押しすることが重要です。組織がさらに活気づくためには、社員が自分の力を発揮しやすい「成長できる環境」をどう作るかがポイントになりそうです。今回の事例が、皆さんの職場でも参考になるヒントになれば幸いです!
※参考文献
コーチングメソッドを取り入れた、リクルートの人材育成プログラムとは?
多様なキャリア構築を目指して人材確保と育成 | FAST RETAILING CO., LTD.