ストックオプションと従業員持株会は、自社株制度として知られる、企業が従業員に提供する魅力的なインセンティブです。どちらも会社が成長すればその利益を従業員が享受できる仕組みですが、それぞれ特徴や目的が異なります。
どちらも従業員のやる気を引き出し、会社と従業員の関係を強める効果が期待できますが、メリット・デメリットがあるので、会社の成長段階や目的に応じてどちらを選ぶかが重要です。
この記事では、ストックオプションと従業員持株会の仕組みを分かりやすく説明し、それぞれを比較しながら活用方法や注意点を紹介します。自社にぴったりの制度を選ぶことで、会社の価値を上げたり、優秀な人材を定着させたりするのに役立ててください。
ストックオプションとは?
ストックオプションとは、会社が役員や従業員に報酬の一環として付与するもので、あらかじめ定められた価格で自社株を購入できる権利です。株価の上昇により大きな利益を得られる可能性があり、モチベーションアップや優秀な人材の確保に役立つ制度として企業に利用されています。ヘッドハンティングの予防としても役立ちます。
基本的な仕組み
ストックオプションとは、企業が役員や従業員に対して付与する特別な権利で、一定期間内にあらかじめ決められた価格(権利行使価額)で自社の株を購入できるものです。これにより、将来的に株価が上昇した場合、その差額で利益を得ることができます。
簡単に言うと、企業が「今の株価よりも安い価格で株を買えるチャンス」を与える仕組みです。たとえば、ストックオプションで「1株500円の価格で株を購入できる権利」をもらったとします。もしその後、株価が1株2,000円に上がった場合、500円で購入した株を2,000円で売れば、1株あたり1,500円の利益を得られます。
具体的な流れは次の通りです。
(1)権利付与
会社が役員や従業員にストックオプションを付与します。
(2)権利行使
権利行使期間中に、付与された人があらかじめ決められた価格で株を購入します。
(3)株の売却
購入した株価が上昇した場合、適切なタイミングで売却し、利益を得ます。
ストックオプションに適した企業は?
ストックオプションが適しているのは、どのような企業でしょうか?以下にご紹介します。
(1) 成長が期待される企業:スタートアップや上場を目指す企業
設立間もないスタートアップ企業は、初期段階では現金での報酬が少ない場合があるため、ストックオプションを使って従業員に将来的な報酬の可能性を提供することが多いです。将来の上場や企業価値の大幅な成長が見込まれる場合、ストックオプションは大きなインセンティブになります。
また、近い将来に株式上場(IPO)を予定している企業にとっては、上場時に株価が上がる期待から、優秀な人材を確保する手段として有効です。
(2)技術系企業:IT・テクノロジー企業
技術革新が早く、市場価値の上昇が見込まれる企業では、ストックオプションが有効です。IT系企業やバイオテクノロジー企業などは、従業員の技術力が企業価値に直結するため、インセンティブとして効果的です。
(3)競争が激しい業界や長期的な貢献を求める企業
人材争奪戦が激しい分野では、ストックオプションを活用することで、魅力的な報酬制度を提供し、優秀な人材を引きつけたり、離職を防ぐことができます。
また、開発プロジェクトなどに長期的に関与する人材を維持したい場合、ストックオプションを使うことで人材の定着を促進できます。
(4)業績連動型の報酬を重視する企業:経営陣の意識を高めたい企業
経営陣や主要メンバーのモチベーションを高め、業績改善や企業価値向上に直接関わるインセンティブとして活用できます。
(5)資金繰りがタイトな企業:現金報酬が難しい企業
ストックオプションは、現金を使用せずに報酬を与えることができるため、資金が限られている企業にとって、魅力的な報酬制度です。
ストックオプション発行時期について
ストックオプションを発行する時期は、企業の成長戦略や目的に応じて慎重に選ぶ必要があります。以下の時期が一般的に適しているとされています。
(1)新規プロジェクトの開始時
新しいプロジェクトを立ち上げる際にストックオプションを付与することで、プロジェクト成功へのモチベーションを高める効果があります。
(2)株価が低いタイミング
株価が低いときにストックオプションを付与すると、将来的に株価が上昇する可能性が高まり、従業員にとってのインセンティブが大きくなります。特に、業績が回復する見込みがある場合や、新しい成長戦略が発表される前などが適しています。
(3)上場準備期
上場(IPO)を計画している企業は、上場準備段階でストックオプションを発行することが多いです。上場後に株価が上がる期待が高いため、上場前の従業員の士気を高める目的で発行されます。
(4)資金調達後
資金調達が成功した後、成長が加速すると見込まれるタイミングでストックオプションを発行することで、さらなる成長に向けたチームのモチベーション向上を狙います。
発行時期は、株価が低いとき、成長戦略が明確なとき、上場準備中、または新規プロジェクト開始時などが適しているといえます。
増資前にストックオプションを発行する意味
増資前にストックオプションを発行する方が有利な場合があります。
(1)権利行使価額を低く設定できる
増資前は株価が低いことが多く、そのタイミングでストックオプションを発行すると、従業員が後に権利を行使する際の「権利行使価額」を低く設定できます。そのため、将来的に株価が上昇した際の利益が大きくなり、より強力なインセンティブを提供できます。
(2)株式の希薄化リスクを抑えられる
増資後に新たな株式が発行されることで、株主の持ち分が希薄化することがあります。増資前にストックオプションを発行することで、既存の株主にとっての希薄化リスクをある程度コントロールできます。
(3)従業員のモチベーションを先に高める
増資によって資金が確保された後に成長を加速するため、あらかじめストックオプションを発行して従業員のモチベーションを高めておくことは効果的です。
ストックオプションを増資前に発行することで、権利行使価額を低く設定しやすくなり、従業員の利益が増大する可能性が高まります。ただし、増資時の投資家や株主への説明も考慮しながら、計画的に進めることが重要です。
ストックオプションの発行の上限について
ストックオプションの発行は法律的な上限が設定されており、無制限にはできるわけではありません。日本では、会社法および商法に基づき、以下のような制限が設けられています。
(1)発行株式の割合
会社が発行できるストックオプションの総数は、発行済み株式の一定割合以内に制限されています。具体的な割合は、企業の定款や株主総会の決議などにより異なりますが、通常は企業価値を大きく希薄化しないように制限されています。一般的には、IPO直前で発行済株式数の10~15%程度が上限になります。
(2)株主総会の承認
ストックオプションを発行するには、株主総会での承認が必要です。これは、株主の利益を損なわないようにするための措置です。
税制適格ストックオプションとは?
税制適格ストックオプションは、一定の条件を満たすことで税金の負担を軽減し、報酬制度としてのメリットを最大限に活用できる仕組みです。企業はこれを活用することで、従業員のモチベーションを高め、優秀な人材の確保・維持に役立てることができます。
税制適格ストックオプションを利用するためには、いくつかの要件を満たす必要があります。
(1) 対象者の要件
ストックオプションを付与できる対象者は、企業の役員、従業員、またはその関連会社の役員・従業員、および一定の要件を満たす社外高度人材に限られます。ただし、大株主(株式保有割合が発行済株式総数の1/3を超える株主)に対しては付与できません。
(2)権利行使期間の要件
ストックオプションは、付与されてから2年を経過した後に権利行使が可能となり、付与から10年以内に権利を行使しなければなりません。しかし、設立から5年未満の非上場会社に関しては、付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後15年を経過するまで権利行使が可能となるよう、令和5年度に改正されました。この改定により、設立から5年未満の非上場企業は権利行使期間を最大15年まで延長でき、より柔軟な人材戦略を取ることができるため、企業成長に伴う恩恵を享受しやすくなりました。
(3)権利行使価額の要件
ストックオプションを行使して株式を購入する価格は、付与時の株価以上に設定する必要があります。これにより、ストックオプションの行使が企業の株価上昇と連動するようにする意図があります。
(4)取得株式数の上限
1人が税制適格ストックオプションで取得できる株式の上限は、1年間で1,200万円相当(権利行使価額の合計)とされています。
スタートアップ企業の人材獲得力を向上させるため、令和6年度の税制改正では、以下の通りストックオプションの年間権利行使価額の上限が引き上げられました。
- 上限2,400万円/年: 設立から5年未満の株式会社が付与するストックオプション。
- 上限3,600万円/年: 設立から5年以上20年未満の株式会社で、非上場企業、または上場から5年未満の上場企業が付与するストックオプション。
(5)譲渡制限
譲渡はできません。
(6)発行形態
無償であること
(7)株式の交付
会社法238条1項(株主総会の特別決議を必要とする新株予約権の発行に関する規定)に定める事項に反しないこと
(8)株式の管理
行使により取得する株式について金融商品取引業者等の振替口座簿に記載若しくは記録を受け、又はその営業所等に保管の委託若しくは管理等信託がされていること
譲渡制限株式については株式会社により管理がされていることでも満たされます。
ベスティング条項とは?
ストックオプションの権利を行使してお金を手にした後の大量離職を防ぐために、権利行使のタイミングや条件を明確にするベスティング条項を設けることがあります。
ストックオプションのベスティング条項とは、付与されたストックオプションを実際に権利行使できるようになるまでの条件や期間を定めた規定のことです。
ベスティング条項の仕組み
べスティング条項の仕組みについて解説します。
(1)ベスティング期間
一般的には、ストックオプションを付与されてもすぐにすべてのオプションが行使できるわけではありません。通常、数年にわたるベスティング期間が設定され、その間に従業員が在籍して貢献することで、権利が段階的に付与されていきます。
たとえば、4年間のベスティング期間が設定されている場合、最初の1年間は「クリフ期間」として何も行使できず、その後、一定割合(例えば、25%)が毎年権利行使できるようになる仕組みです。
(2)クリフ期間
ベスティングが始まるまでの初期期間をクリフ期間と呼びます。この期間中はストックオプションを行使する権利が付与されませんが、クリフ期間が終了すると、一度に一定割合が権利行使可能になります。
例えば、1年間のクリフ期間がある場合、1年経過後に初めてストックオプションの25%が行使可能になり、その後は毎月または毎年一定の割合が付与されることがあります。
(3)段階的ベスティング(グラデュアルベスティング)
クリフ期間の後、残りのストックオプションが一定のスケジュールで行使可能になります。たとえば、月ごとや年ごとに少しずつ権利が付与される仕組みです。これにより、従業員は長期的に企業にとどまるインセンティブを持つようになります。
従業員持株会とは?
もう一つの自社株制度として、従業員持株会があります。従業員持株会とは、会社の役員や従業員が自社の株式を共同で購入し、保有するための制度や組織のことです。この制度は、従業員が自社株を積立形式で取得し、資産形成を行うことを目的としています。従業員持株会は、企業が福利厚生の一環として提供することが多く、従業員にとっては資産形成の手段として活用される制度です。
従業員持株会の仕組み
(1)積立方式
従業員は給与や賞与から一定の金額を天引きされ、その資金で自社株を定期的に購入します。持株会という組織が窓口となり、会員である従業員たちの資金を集めて共同で株式を購入します。
(2)株式の保有と管理
取得した株式は、従業員持株会が管理し、各会員(従業員)の持ち分が記録されます。一定の条件を満たせば、従業員は自社株を個人名義に引き出して自由に売却することができます。
従業員持株会のメリット
従業員持株会には次のようなメリットがあります。
(1)資産形成のサポート
給与天引きで積立ができるため、無理なく資産形成ができます。会社によっては、奨励金(会社からの追加支給)を提供することで、従業員の資産形成をさらに支援する場合もあります。
(2)企業への愛着やモチベーション向上
自社株を持つことで、従業員は企業の成長や業績に対する関心が高まり、企業への愛着やモチベーション向上につながることがあります。
従業員持株会のデメリット
一方で、以下のようなデメリットもあります。
(1)株価の下落リスク
自社の株価が下落した場合、従業員が持っている株式の価値も減少します。特に、業績不振や経済環境の悪化などで株価が大幅に下がると、資産の大きな損失につながることがあります。
(2)集中投資リスク
従業員持株会に参加することで、資産形成が自社株に集中することになります。これは、給与収入と資産が同じ会社に依存することを意味し、会社の業績に大きく影響を受けることになります。万が一、会社が経営危機に陥ると、給与と資産の両方に打撃を受ける可能性があります。
(3)流動性の制限
従業員持株会において、株式を自由に売却できる時期や条件が制限される場合があります。特に、株式を個人口座に引き出すまで一定期間が必要な場合や、会社の規定に従う必要があることがあります。
(4)企業業績への依存
自社株の価値は会社の業績に依存するため、会社が成長しない場合や業績が悪化した場合には、持株の価値が思うように増えない可能性があります。他の投資先と比較すると、企業の将来にかけるリスクが大きくなることがあります。
(5)心理的プレッシャー
自社株を保有していることで、企業の業績や株価の動向に対する心理的なプレッシャーが増えることがあります。従業員としては、自社の株価に対してより敏感になり、業績の悪化が心の負担となる場合があります。
従業員持株会は資産形成の手段として有効ですが、リスク管理が必要です。自社株に過度に依存することを避けるために、他の資産への分散投資を検討することが重要です。また、参加する際は、会社の将来性や株価のリスクをしっかりと理解する必要があります。
ストックオプションと従業員持株会を比較してみた
ストックオプションと従業員持株会は、どちらも従業員が企業の成長に伴う利益を享受できる報酬制度ですが、上述した通り、それぞれ仕組みやメリット・デメリットが異なります。以下に両者を比較してみましょう。
仕組みの違い
<ストックオプション>
- 会社が役員や従業員に対して、自社株をあらかじめ決められた価格で購入できる権利を付与する制度です。
- 権利行使期間があり、その期間内に株価が上昇すれば、低い価格で株を取得し、高い価格で売却することで利益を得られます。
- 利益は株価が権利行使価額を上回った場合に得られるため、株価の成長が報酬の鍵となります。
<従業員持株会>
- 従業員が給与や賞与から定期的に積み立てて自社株を購入する制度です。持株会という組織を通じて共同で株を取得します。
- 購入した株は持株会で管理され、一定の条件を満たせば個人名義に引き出して売却できます。
- 会社によっては、奨励金などの支援が提供され、資産形成を促進する福利厚生として機能します。
メリットの比較
<ストックオプションのメリット>
- 株価が大きく上昇した場合、非常に高いリターンを得ることが可能です。
- 権利行使時まで現金の支出が必要ないため、資金繰りに影響を与えにくい。
- 株価上昇が個人の利益につながるため、従業員が会社の成長を意識しやすくなります。
<従業員持株会のメリット>
- 給与天引きで計画的に資産形成ができ、奨励金による支援もある場合はさらにメリットが大きくなります。
- ストックオプションは特定の役員や従業員に付与されることが多いのに対し、持株会は会社の制度に加入すれば誰でも利用可能です。
- 株式を取得することで配当請求権や議決権を持つことができ、株主としての権利を享受できます。
デメリットの比較
<ストックオプションのストックオプション>
- 株価が権利行使価額を上回らない場合は利益を得られません。最悪の場合、株価が下がると権利を行使せずに終わることもあります。
- 税制適格・非適格など税務上の取り扱いが複雑で、課税タイミングによって税負担が大きく異なる場合があります。
- 権利行使には一定の期間が設定されており、その期間を過ぎると権利が無効になります。
<従業員持株会のデメリット>
- 自社の株価が下がると、資産価値も減少します。会社の業績が悪化すれば損失を被る可能性があります。
- 資産形成が自社株に依存するため、リスクが偏ることになります。会社が経営危機に陥ると、給与収入と資産の両方に影響が出ます。
- 自由に売却できない場合があり、一定期間は株を持ち続ける必要があることがあります。
適した利用場面
<ストックオプション>
主にスタートアップや成長企業で、役員や従業員に会社の成功へのコミットメントを求める際に適しています。特に企業の株価が大幅に成長する可能性がある場合に有効です。
<従業員持株会>
長期的に安定した資産形成を目指す従業員に向いており、福利厚生として広く利用されます。誰でも参加できるため、企業全体のエンゲージメント向上にもつながります。
まとめ
ストックオプションは、株価が成長すれば大きな利益を得られる可能性がありますが、一方でリスクも伴います。企業の成長と連動するインセンティブとして効果的な制度です。
従業員持株会は、安定的に自社株を取得し、資産形成を支援する制度であり、株価の下落リスクがあるものの、福利厚生として多くの企業で導入されています。
両制度をうまく活用することで、企業にとっては、従業員のモチベーションを上げたり、優秀な人材の定着を促進するメリットがあります。
※参考文献
ストックオプション税制 (METI/経済産業省)