地方には魅力ある“食”があっても、十分に稼ぐ力に変わっていない——そんなギャップが今、地域の大きな課題になっています。世界で“食×地域”の競争が加速するなか、日本の地方ブランドはどう戦えばよいのか。本稿はその問いに向き合います。
なぜ今、“食×地方創生”なのか

日本が本格的に“地方創生”へ舵を切ってから、すでに約10年が経ちました。初期フェーズでは人口減少対策や子育て支援、移住促進が重点施策として展開されてきましたが、人口構造の変化は想定以上に厳しく、地域が持続的に成長するためには、「自ら稼ぐ力」を高める経済基盤づくりが不可欠だという認識が広がっています。こうした政策の転換点において、いま改めて“食”が脚光を浴びています。
その背景のひとつに、観光需要の構造変化があります。コロナ禍からの回復とともにインバウンド需要は急速に戻りつつあり、訪日外国人の消費動向を見ると、「食体験」への支出が安定的に高いことが分かります。特に地域の食文化や旬の食材を楽しむ体験はSNSでの発信とも相性が良く、地方に直接的な経済効果をもたらしやすい領域として注目されます。
一方で、生産現場では農業・水産業における高齢化や事業者減少、流通構造の硬直化など、構造的な課題が顕在化しています。これらの課題に対応するため、国や自治体は生産・加工・流通・観光を一体化した「食産業の再構築」を進めており、6次産業化の促進や地域ブランドの創出、農林水産物の輸出強化などが積極的に推進されています。
さらに近年は、地域固有の食文化を価値ある観光資源として捉える動きも加速しています。食は地域アイデンティティを分かりやすく体現し、外部の人に“その地域らしさ”を実感してもらえる重要な要素です。また、冷凍技術や産直ECの進化によって、地方の食が全国・海外へ届けやすくなったことも、大きな追い風となっています。
こうした複合的な要因が重なり、地方にとっての“食”は、単なる産業の一分野ではなく、地域経済を支える戦略領域として位置づけられつつあります。地方創生の10年を経たいま、食を軸にした新たな地域づくりが求められているのです。
地域ガストロノミーツーリズム|地域の特産品・食文化を活かした成功事例

「食」と地方創生の関係性を語るうえで、近年とくに注目されている概念の一つに、ガストロノミーツーリズムがあります。ガストロノミーツーリズムとは、地域の食文化を味わい旅を楽しむ観光の事を指しますが、すでに各地でガストロノミーツーリズムを取り入れた施策が実施されています。
観光庁が令和5年にまとめた13地域の事例を見ると、いずれも単なる食材や名物の発信にとどまらず、地域に内在する“物語”を再編集し、価値を再構築するアプローチが共通して見られます。これらの取り組みを「ブランド戦略」と「海外展開(インバウンド富裕層対応)」の二つの観点から整理し、地域がどのように独自の価値を創出しているのかを考察します。
ブランド戦略が際立つ地域―地域の物語を“食”で表現する挑戦
まず注目したいのは、地域固有の文化や自然を“物語”として体系化し、食体験へと翻訳している地域です。これらの取り組みは、単なるメニュー開発にとどまらず、「地域らしさの再定義」という構造的な価値を生み出しています。
余市町(北海道)
ワインとウイスキーの名産地として知られる余市は、その潜在力を高付加価値な食体験として再構築しています。国内外の一流シェフと協働してペアリングメニューを開発し、ワイナリーや蒸留所と連携した特別ツアーも造成しています。こうした取り組みにより、豊かな食の土壌を「世界が恋する余市」としてブランド化しています。
鶴岡市(山形県)
ユネスコ食文化創造都市である鶴岡は、「精進料理」に改めて光を当てています。だだちゃ豆や温海かぶなど在来作物の価値を整理し、精神文化と自然をつなぐストーリーを再構成しました。また、ベジタリアン対応を含む研修を行い、地域全体で食文化を提供できる体制を整えています。
三浦市(神奈川県)
海と大地の豊かな食材に恵まれた三浦市は、“絶景×ガストロノミー”という明確なブランド軸を打ち出しています。名店シェフと連携し、富裕層向けの最上位メニューと上位メニューを開発しました。漁師や農家の知恵を取り入れた、三浦ならではの世界観を体験として提供しています。
立山町(富山県)
立山信仰を背景に持つ立山町は、和ハーブや日本酒 IWAなどの素材を「自然と精神文化が育んだ美食」として編集しています。食・文化・自然を横断する唯一無二のブランドとして発信しています。
三方五湖(福井県)
若狭地域が古来“御食国”と呼ばれてきた歴史を再解釈し、外国人シェフと協働して地域食材をコース料理として提供しています。海湖の恵みと発酵文化を分かりやすく伝えるストーリーは、ブランド価値を大きく引き上げています。
京都府
京都市への一極集中から脱却し、府域全体でのブランド形成に取り組んでいる京都府は、京料理の職人と産地を結び付け、森・海・茶・竹といったテーマで8つの体験ルートを構築しています。老舗文化と産地の魅力を一体化させたブランドを生み出しています。
神戸市
都市と農漁村が近接する神戸は、その地理的特徴を“食都神戸(ガストロポリス)”として打ち出しています。海苔・黒鯛・神戸ビーフなど多様な食材を生かし、生産者と市街地をつなぐレストラン体験を創出しています。こうした取り組みは、都市型ガストロノミーのモデルとなりつつあります。
奈良県
日本食文化の多くが奈良に起源を持つことに着目し、寺社や酒蔵、農産物をつなぐ“日本食のルーツツアー”を構築しています。最古の酒母である「菩提酛」など、歴史資源を再編集して活用している点が特徴です。
香川県
香川県は、地形や地質が生み出した食材に着目した「ジオ・ガストロノミー」を打ち出しています。サワラやタイラギ、オリーブなどを“地球大変動の恵み”として位置づけ、食と科学を融合させることで新たなブランド価値を創出しています。
海外展開に積極的な地域―富裕層・MICEなど国際市場を視野に
次に、訪日外国人や海外富裕層を対象とした取り組みを進めている地域を見ていきます。これらの地域は、多言語対応や専門ガイドの育成など、“国際市場で勝つための仕組みづくり”に注力している点が特徴です。
※MICEとはMeeting(会議)、Incentive(報奨・研修旅行)、Convention/Conference(国際会議・学会)、Exhibition/Event(展示会・イベント)の頭文字を組み合わせた言葉で、ビジネス目的の大規模集客イベントの総称
余市町(北海道)
ニセコを訪れる富裕層のインバウンド客をターゲットに、ワイナリーと蒸留所を巡るショートトリップを造成しています。特別ガイドによるプレミアム体験を提供することで、国際市場を開拓しています。
鶴岡市(山形県)
ベジタリアン対応や多宗教への配慮など、“食の多様性”を整備し、精進料理を国際的にわかりやすい形へと翻訳しています。外国人向けの研修やガイド育成も強化しています。
前橋市(群馬県)
発酵文化を軸にツーリズムを構築し、欧米メディアの招聘や英語動画の制作など、海外向けのPRにも積極的に取り組んでいます。酒造り体験を中心に発信力を高めています。
三浦市(神奈川県)
海外富裕層を意識したメニュー開発と、絶景ロケーションでの食体験を組み合わせることで、国際価格帯での商品化に挑戦しています。
立山町(富山県)
MICE市場を見据えた和ハーブ体験やスピリチュアルツアーを造成し、アルペンルート来訪者を取り込む国際戦略を展開しています。
三方五湖(福井県)
欧米人と相性の良い魚介や発酵文化を生かし、FIT向けの観光ルートを試験運用しています。外国人モニターを招いて検証を進めました。
※FIT向けの観光ルート(FIT:Free Independent Traveler/個人旅行者向けルート)とは、団体ツアーに参加せず、自分で旅程を組む旅行者(個人旅行者)が使いやすいように設計された観光コースのことを指します。
奈良県
酒蔵ツーリズムを国際市場向けに編集し、動画を活用した海外発信にも取り組んでいます。
香川県
英語対応ガイドの育成や、ジオの価値を国際的に伝えるためのストーリー化を推進しています。海外の専門家も視野に入れた普及体制を整備しています。
八代市(熊本県)
GI登録食材である「八代生姜」を軸に、メニューの多言語化やクルーズ船客向けのイベントを展開しています。海外PRの入口として、積極的な活動を進めています。
考察
これらの事例に共通しているのは、食材そのものではなく、地域に内在する歴史・文化・自然を“物語”として再編し、体験価値へと転換している点です。ガストロノミーツーリズムは、単なる特産品のPRではなく、地域の価値を再構築する仕組みとして機能しています。
また、海外富裕層やMICE市場を意識した取り組みは、地域が国際基準の品質や体験づくりを取り込みながら、外部市場との接続を強化するプロセスともいえます。いずれの事例も、「食」を通じて地域の世界観を提示し、持続的なブランド形成へつなげる試みとして位置づけられます。
越境ECは現実的か?「食の輸出」を支える成功条件と自治体の役割

地域の食が国内外で注目を集めるなかで、近年とくに存在感を高めているのが「越境EC」を活用した海外展開です。かつては大企業中心の輸出モデルが主流でしたが、デジタル技術と物流インフラの進化により、地方の小規模事業者でも海外の消費者に直接アプローチできる環境が整いつつあります。では、越境ECは本当に地方にとって現実的な選択肢なのでしょうか。成功条件と自治体が果たすべき役割を整理します。
越境ECが地方にとって「現実的」になった理由
まず押さえておきたいのは、越境ECが単なる一過性の手法ではなく、海外市場の構造変化に支えられた“必然的な潮流”であるという点です。
① 東アジアを中心にEC市場が急拡大している
中国・ASEAN諸国ではスマートフォンの普及と物流の高度化により、食品をオンラインで買う習慣が一般化しています。専門家の論文でも、東アジアのEC市場規模は「日本企業が輸出対象とすべき最重要市場」として位置づけられており、食分野の需要が急拡大していることが示されています。
② 食品の“試す→買う”行動がオンラインに移行
訪日観光で知った地方の食を、帰国後にオンラインで注文する——この行動が一般化しました。観光とECが連動することで、地方産品が世界に届きやすい環境が整っています。
③ コールドチェーン・国際物流が高度化
沖縄ハブ型物流(ANA Cargo・ヤマト)などの事例により、かつては難しかった鮮度管理や小ロット配送が可能になりました。これにより、農産品・加工品の海外配送が現実的な手段となっています。
越境ECで成功しやすい商品の条件
すべての食品が越境ECに向いているわけではありません。実際には、成功確率が高い商品には共通点があります。
① 常温で保存でき、軽量・小型であること
送料負担が軽く、破損リスクの低い商品はECに向きます。
例:お菓子、茶葉、乾物、調味料、レトルト食品など。
② “地域性”や“ストーリー”が価値になる商品
海外消費者ほど、
- どこで作られたか
- 誰が作ったか
- なぜこの地域で伝統的に食べられているのか
といった背景に価値を感じます。
③ 輸出対応のパッケージ・表示が整っていること
原材料表示、英語表記、アレルゲン表示など、輸入国の規制に対応した仕様が必須になります。
④ SNS・動画と相性がよい商品
料理する様子や“地方らしさ”が映像に乗ることで、海外に伝わりやすくなります。特にショート動画は越境ECと相性抜群です。
自治体が果たすべき役割:成功地域に共通する「支援の型」
越境ECは事業者だけで完結する取り組みではありません。成功した地域には、自治体が担うべき明確な役割があります。
① 地域ブランドの言語化・ストーリー支援
越境ECでは「意味が伝わる」ことが最重要です。自治体は以下を支援できます。
- 地域の歴史・文化をまとめた英語ストーリー
- 生産者の想いを伝える紹介文
- GI登録・ブランド認証
これは単なるPRではなく、海外バイヤーが購入を判断する“価値の根拠”になります。
② 共同加工・共同物流の整備
小規模事業者単体では輸出仕様を満たすことが難しいため、
- 共同加工場
- 共同出荷センター
- 温度管理対応の梱包拠点
など、地域単位でのインフラ整備が不可欠です。北海道の「Do★食輸出Platform」は、その代表例といえます。
③ 越境ECプラットフォームとの連携
WASHOKU Treasure(凸版印刷)やShopee、Amazon Globalなど、既存プラットフォームとの連携は事業者の参入障壁を一気に下げます。
自治体主導で
- 地域フェア
- 共同出店
- 商品掲載サポート
などを行うことで、輸出の第一歩を踏み出しやすくなります。
④ 観光との連動設計(インバウンド→EC購入)
訪日客が味わった“地域の食”を、帰国後にECで買える導線をつくることが重要です。
- 店舗や観光施設に越境EC用のQRコードを設置
- インバウンド客にオンライン購入方法を案内
- SNSとECを連動したデジタル販促
観光体験がそのまま越境ECのファンづくりに直結します。
越境ECは“地域の稼ぐ力”を底上げする成長戦略である
越境ECは、単なる販売チャネルではなく、地域ブランドの価値を世界に届けるための強力な仕組みです。
- 地元食品事業者の販路拡大
- 観光客のリピート消費
- 若手人材が活躍できるデジタル領域の創出
- 海外での地域ブランド認知向上
これらが複合的に組み合わさることで、地域経済に新たな収益循環が生まれます。
越境ECを活用した輸出は、地方が世界とつながる“最前線の戦略”となりつつあります。
「ブランド戦略」と「海外展開」のノウハウ

前章では、越境ECや物流インフラの発達により、地域の“食”が世界に届きやすい環境が整ってきたことを確認しました。しかし、海外へのルートが開かれたとしても、そこに立つブランドが「選ばれる存在」でなければ市場に定着することはできません。
ここからは、地域の食ブランドが国内外で持続的に成長していくために必要な、戦略=考え方と実務=方法論を体系的に整理していきます。
地域ブランド構築の第一歩は“再定義”である
ブランドづくりで最初に必要なのは、特産品の魅力をただ並べることではありません。鍵となるのは、地域資源を「意味」として再編集するプロセスです。
再定義の核となるポイント
- 地形や気候、歴史がどのように食文化を育んだのか
- 生産者の哲学・技術が地域の価値をどう支えているか
- 在来種・伝統製法にどんな必然性があるのか
これらを整理することで、地域の食は単なる物産ではなく、文化を語るブランドへと昇華します。
価値メッセージ化:伝わる言語へ“翻訳”する
再定義した価値を、そのまま消費者に届けても響きません。重要なのは、ターゲットに理解され、共感される形へと翻訳することです。
メッセージ化に必要な視点
- パッケージ・ネーミング・ロゴの統一性
- SNSやWebでの語り方(トーン&マナー)
- 海外向けに文化翻訳されたストーリー文
- 一枚で世界観を伝えるピッチ資料(英語対応)
価値メッセージが機能すると、ブランドは“情報”ではなく、意味と物語を持つ存在になります。
体験デザイン:ブランド価値は“接触の瞬間”に最大化する
ブランドが最も強く伝わるのは、商品の説明を読んだときではなく、ブランドの世界観に触れた瞬間です。そのため、体験の設計はブランド戦略における要となります。
効果の高い体験デザインの例
- フェア・試食会での“語れる体験”
- 生産者と対話できる農園/漁港/酒蔵ツアー
- シェフとのコラボディナー
- ライブコマースやオンライン料理体験
- 観光と連動した地域回遊型プログラム
体験を通じて、イメージ→実感→共感→ファン化→リピート購入という購買循環が生まれます。
海外展開の実務:展示会・商談・支援機関の活用が成功を左右する
ブランドが出来上がったら、次は具体的な販路開拓です。しかし海外展開は、思いだけでは前に進みません。現実的な“実務”が成果を大きく分けます。
国際展示会での戦略
- FOODEX、SIAL、Anugaなど世界バイヤーが集まる場に出展
- 初動は“売る”よりも“見つけてもらう”ことに集中
- 名刺交換→サンプル提供→オンライン商談という定石
海外バイヤー商談のポイント
- 1分で伝わる英語ピッチ(地域性・独自性・背景)
- MOQ(最小ロット)・価格・配送条件の事前整理
- サンプルと品質証明のセット提示
JETROや自治体・金融機関の活用
- 輸出規制・物流・書類など専門領域を支援
- 海外バイヤー招聘やオンライン商談の橋渡し
- 補助金でコスト負担を軽減し、参入障壁を下げる
海外展開は、支援機関との共働が成功の鍵です。
SNS×動画×EC:世界とつながる“デジタル戦略”
現代のブランドは、デジタルを使いこなすことで飛躍的に伸びます。特に食ジャンルは「視覚×物語 ×体験」の三要素が強く、SNSと非常に相性が良い領域です。
デジタル活用のポイント
- TikTok・Instagramの短尺動画(料理風景、風土、職人)
- 英語・中国語字幕で国別に最適化
- オウンドメディアで深い物語を構築
- SNS→EC→リピート購入の導線設計
- 国別データ(CV、視聴維持率、保存数)による改善
SNSで生まれた興味が越境ECや観光へつながり、地域ブランドの循環を生み出します。
統合アプローチ:ブランド・体験・販路を一つにつなぐ
ブランドづくりと海外展開は、本来別の活動ではありません。成功している地域は、以下を統合的に設計しています。
- WHY(世界観・ストーリー)
- HOW(体験デザイン)
- WHAT(商品)
- WHERE(販路・越境EC)
- WHO(ターゲットの明確化)
これらが一本の軸でつながったとき、地域ブランドは“国内外で長く愛される存在”として成長します。
成功を左右する「地域連携と組織体制」──なぜ地域ブランドは“続かない”のか

地域ブランドの現場では、良い商品が生まれても長く続かない、話題になっても翌年には消える──こうした現象が繰り返されています。その背景にあるのは、商品力ではなく「組織体制と連携の質」です。
本章では、地域ブランドが失敗する典型的なパターンと、成功地域に共通する組織のあり方を整理し、「なぜ継続できないのか」「どうすれば続くのか」を、地域内部の仕組みという観点から明らかにします。
よくある失敗①:一過性の話題で終わる(継続性の欠如)
地方発ブランドの典型的な失敗パターンは、「最初だけ話題になって、その後続かない」というものです。
失敗の背景
- PRは強いが、ブランド運営の仕組みがない
- SNS更新が止まり、情報発信が途切れる
- 品質改善や商品改良が継続されない
- 生産量・供給体制が整わず、需要に追いつかない
つまり、ブランドは作っただけでは育たず、長期的に育てる“運営組織”がなければ継続しないというのが実態です。
よくある失敗②:発信先を誤る(ターゲット不在の戦略)
次に多い失敗は、ターゲットが曖昧なまま発信してしまうケースです。
代表的なミス
- 地元での評価をそのまま外部へ持ち出してしまう
- “海外を狙う”と言いながら英語情報が圧倒的に不足
- 商品デザインがターゲットに合っていない
- メッセージが多すぎて核が伝わらない
ブランドが機能するには、「誰に届けるのか」という一点が極めて重要です。ターゲットが曖昧なまま活動すると、努力の方向性が散漫になり、成果が出にくくなります。
よくある失敗③:地域連携が弱く、組織がバラバラに動く
地方ブランドづくりは、一つの事業者だけで完結しません。しかし現場では、以下のような“連携の弱さ”が失敗につながるケースが多く見られます。
典型的な連携不足のパターン
- 自治体がPRだけ担当し、事業者の供給体制と連動していない
- 商工会や金融機関との連携が弱く、資金や販路支援が不十分
- 生産者・加工業者・飲食店が別々に動き、統一ブランドにならない
- 協議会などの常設組織がなく、方針がバラバラ
その結果、“良い商品はあるのに、流通と販路が整わない”という状況が生まれがちです。
成功地に共通する「四位一体の支援体制」
では、成功する地域には何があるのでしょうか。答えは明確で、どの地域にも「四位一体の支援構造」が存在します。
成功地域に共通する組織連携モデル
- 自治体:ブランド方針策定、PR・販路支援、バイヤー招聘
- 商工会:事業者の課題整理、専門家紹介、補助金支援
- 金融機関:資金面の支援、展示会同行、販路開拓
- 企業(生産者・加工業者・飲食店):品質管理、商品開発、現場対応
この四者が同じ方向を向いて動くことで、地域ブランドは“単発の企画”ではなく“地域産業”として育つのです。
成功の鍵は「長期的に投資できる仕組み」をつくること
食ブランドは、一年で完成するものではありません。本当に伸びる地域は、継続的に投資するための“仕組み”を持っています。
成功に欠かせない資金スキーム
- 地方銀行や地場企業と連携した地域ファンド
- 輸出・EC・ブランド支援の各種補助金
- クラウドファンディングでの先行販売・ファン形成
- 企業版ふるさと納税を活用したブランド支援
ポイントは、「単年予算で終わらせない」こと。ブランドは反復投資で強くなるため、長期的な資金源の確保が生命線です。地域連携と金融の役割については、第7章で詳しく解説します。
戦略・ターゲット・組織が“一点に集まる”と成功する
ここまでの内容を整理すると、ブランドが成功する地域には、次の3つの条件が揃っています。
成功の3条件
- 戦略の継続性(一過性で終わらない仕組み)
- ターゲットの明確化(誰に届けるのかの矢印)
- 地域連携の強さ(自治体・金融機関・事業者の一体運営)
この3つが噛み合ったとき、地域ブランドは初めて“再現性”を持ち、地域の未来を支える産業へと成長していきます。
地域ブランドの成否を分けるのは「商品」ではなく、それを支える仕組みであることを確認しました。次章では、その仕組みを活かしてブランド価値を世界に届けるためのプロモーション戦略を紹介します。
地域ブランドを世界に届けるためのプロモーション戦略──“意味が伝わる仕組み”をつくる

地域ブランドを海外に伝えるには、魅力を“説明する”だけでなく、意味が伝わる形で設計することが重要です。本章では、その核となる4つの手法――ストーリーテリング、体験型プロモーション、デジタル発信、データ活用――を解説します。
ストーリーテリング:地域文化と生産者の“意味”を翻訳する
海外市場では、「美味しい」「珍しい」だけでは差別化できません。むしろ評価されるのは、“物語の深さ”と“意味の明確さ”です。
ストーリーテリングに必要な4つの要素
- 地理的背景
地形・気候・水・風土が食材に与える影響 - 生産者の営み
技術、哲学、こだわり、地域との関係性 - 文化的文脈
祭礼、食習慣、季節行事、在来作物との関係 - 独自性の根拠
他地域にはない必然性(在来種・固有製法など)
これらを英語・中国語など多言語で“理解される形”にすることが、地域ブランドの国際競争力になります。
【ここがポイント】
ストーリーとは“情緒的な紹介文”ではなく、ブランドの価値を支える証拠(エビデンス)です。
体験型プロモーション:価値は「体験したとき」に最大化される
食の価値は、目で見て、香りを感じ、味わった瞬間に最も強く伝わります。そのため、ブランドを世界に届ける上で体験設計は最重要戦略です。
代表的な体験型プロモーション
- 海外デパートでのフェア出展
試食×ストーリー紹介でブランドを“実感”させる - インバウンド向けツーリズム
農園・酒蔵・海沿いの漁港での体験を観光に組み込み、帰国後の越境ECに接続 - 在外大使館・JETROでの試食商談会
“味”がバイヤーの意思決定を大きく左右 - MICE(国際会議)との連携
世界の意思決定者が地域に触れる貴重な機会
体験を軸にすると、「興味」→「理解」→「共感」→「購買」→「発信」という価値循環が自然に生まれます。
デジタル発信:SNS×動画×ECの三位一体で世界とつながる
食ブランドにおいて、デジタル発信はもはや“補助的な手段”ではありません。特に短尺動画(15〜30秒)は海外での意思決定に直結しやすく、「料理の音」「湯気」「調理シーン」「職人の手つき」など、視覚と質感を伝える表現が極めて強い影響力を持っています。
SNS戦略のポイント
- TikTok・Instagramで“地域らしさ”が伝わる動画を定期発信
- 英語・中国語・韓国語の字幕で海外ユーザーに最適化
- 現地で流行している音源・ハッシュタグを活用
- 生産者の日常・季節の風景など「生活文化」を可視化
さらに、SNS→ECへシームレスにつながる導線をつくることで、「見た瞬間に買える」状態が地域ブランドの成長速度を高めます。
SNSとECを連動させることで、マーケティング効果は最大化します。まず、SNSでユーザーの“興味”を獲得し、その関心をECサイトでの“購入”へとつなげます。さらに、購入後のレビュー投稿やユーザーによる再投稿によって情報が“拡散”され、再びSNS上で注目が高まる――このような循環モデルが成立します。
データ活用:ターゲットと市場を“見える化”する
海外展開では、「どの国の誰に最も刺さっているのか」という分析が成功を大きく左右します。
活用すべきデータ
- 国別閲覧データ(SNSインサイト)
- EC購買データ(リピート率・価格帯・売れ筋)
- 動画の再生維持率(離脱ポイント)
- 口コミ・レビューの言語分析
これらを分析すると、“台湾では甘い味が好まれる”、“アメリカではパッケージの簡潔さが重要”、 “欧州ではサステナブル文脈が響く”など、具体的な改善施策が導き出せます。
データを基盤にすることで、感覚ではなく“科学的根拠に基づくブランド運営”が可能になります。
4つの戦略を“統合”することでブランドは世界に届く
ストーリー、体験、デジタル、データ。これら4つは本来、単独で機能するものではなく、
一つの流れとして統合されると強い力を発揮します。
統合モデル
- ストーリーでブランドの意味を定義し
- 体験で価値を実感させ
- デジタルで世界とつなぎ
- データで改善し続ける
この循環が回り始めたとき、地域ブランドは単なる物産を超え、“世界で評価される文化ブランド”へと進化します。
ブランドの持続には組織体制と地域連携が重要であることを確認しました。次章では、それを実際に動かし続けるための資金と伴走支援の役割を見ていきます。
成功を支える「地域連携と金融の役割」──ブランドを“続く仕組み”にするために

組織が整っていても、資金と支援の仕組みがなければブランドは続きません。本章では、地方銀行・信用金庫・商工会・自治体がどのように連携し、事業者を支えているのかを解説します。
地方銀行・信用金庫が果たす役割は“資金”だけではない
以前の金融機関は融資が中心でしたが、近年は地方創生における伴走支援者へと進化しています。
金融機関が担う主な役割
- 販路紹介・海外バイヤーのマッチング
- 展示会の共同出展サポート(費用補助・ブース確保)
- ブランド戦略の専門家紹介(デザイン・PRなど)
- 海外展開に必要な財務・契約・物流のアドバイス
地方銀行は「資金と信頼」、信用金庫は「地域密着のネットワーク」を持ち、これらが組み合わさることで、地域ブランドの成長スピードは大きく加速します。
商工会・自治体・金融機関・企業“四位一体”の伴走支援モデル
成功する地域ブランドには、例外なく“役割分担が明確な連携構造”があります。
成功地域に共通する連携モデル
- 商工会:
事業者の悩みの整理、補助金支援、専門家マッチング - 自治体:
ブランド方針、広報、PR、インバウンド・輸出施策 - 金融機関:
販路紹介、資金提供、展示会・商談会支援 - 企業(生産者・加工業者):
品質管理、商品開発、地域ストーリーの創造
この“四つの車輪”が同じ方向へ回ると、地域ブランドは単独事業ではなく、“地域産業”として持続的に成長できます。
ブランドを継続させる「資金の仕組み」をどう作るか
ブランドづくりは、開発・デザイン・PR・販路開拓など、一定の投資を必要とする長期戦略です。そのため、毎年違う予算で運営すると成長が途切れがちです。
地域で活用されている資金スキーム
- 地域ファンド(地銀×企業×行政)
- 補助金(6次化、海外展開、EC、観光連携など)
- クラウドファンディングでの先行販売
- 企業版ふるさと納税によるブランド支援
最も重要なのは、“単年度の事業で終わらせず、投資を継続できる仕組みを作ること”です。この仕組みがある地域ほど、ブランドが長生きします。
成功する地域の本質:戦略×組織×資金の三位一体
結局のところ、地域ブランドの成功は“偶然のヒット”ではなく、再現可能な仕組みで決まります。
成功地域に共通する3つの条件
- 戦略がある(方向の一貫性)
- 組織がある(連携の強さ)
- 資金がある(継続運営の基盤)
この三つが揃ったとき、ブランドは“地域の未来を支える産業”へと進化します。
次章では、これまで整理してきた戦略・体制を踏まえ、地域ブランドをどのように未来へつなぐのか。その展望を「地域ブランド経営」という視点から整理していきます。
地域の“食”を未来につなぐブランド力とは──「誇り×戦略×連携」が地域の未来をつくる

地域に根ざした“食”は、単なる特産品を超えて、地域文化・自然・歴史を統合的に体現する資源です。この価値を未来へつなぐために必要なのは、単発のヒットを狙うことではなく、地域全体をブランドとして経営する視点です。
ここでは、地域ブランドの未来を切り拓く3つの鍵を整理します。
1.「食×観光×文化×教育」を統合するブランド経営へ
食を中心にしながらも、観光・文化・教育と連動させることで、地域ブランドは単なる物産事業から、“地域そのものの魅力を設計する戦略”へと発展します。
統合戦略のポイント
- 観光と結ぶ(食体験→越境EC→再来訪)
- 教育と結ぶ(食育、地域資源の継承)
- 文化と結ぶ(祭礼・工芸・精神文化との統合)
分野を横断して“地域の世界観”を編集することが、ブランド価値の源泉となります。
2.デジタル技術による信頼性・透明性の強化
ブランドが国際市場で評価されるには、トレーサビリティ(透明性)が不可欠です。
活用が進む技術
- AIによる品質管理・画像判定
- ブロックチェーンによる産地証明
- IoTセンサーでの温度・湿度の自動記録
- 物流データ連携による輸出対応の効率化
これらは、生産プロセスの信頼性だけでなく、高付加価値市場(富裕層・欧州)での競争力にも直結します。
3.若手人材・次世代リーダーがつくる“ローカル×グローバル”の未来
地域ブランドの成長を左右するのは、人材です。特に、海外視点とデジタル感覚を持つ若手の参画は不可欠です。
次世代が生み出す価値
- SNS・動画発信力
- 海外経験や語学力による国際発信
- 新しい産業領域との組み合わせ(キャンプ、アウトドア、アート)
- 老舗文化を現代的に再解釈するクリエイティブ
若手リーダーがローカルとグローバルを橋渡しすることで、地域に新しい成長循環が生まれます。
ブランドは“地域の未来を更新する仕組み”である
地域に根ざした食を未来へつなぐということは、単に商品の売上を伸ばすことではありません。
それは、
- 地域文化の継承
- 価値の再編集
- 次世代への移転
- 外部市場との接続
- 産業の持続可能性の確立
といった複合的な価値を創り出す行為です。
地域ブランド成功の3原則
最後に、地域ブランドを未来へ導く3つの原則をまとめます。
- 誇り:地域らしさと文化を深く理解する
- 戦略:価値を市場に届く形へ翻訳し、継続的に磨く
- 連携:地域全体で“同じ方向”を向く仕組みを持つ
これらが揃ったとき、地域の食ブランドは単なる特産品ではなく、地域の未来を支える“文化と産業の両輪”として確かな存在感を放ちます。
まとめ:食から始まる地方創生の新しいかたち

「食」は、単なる名物ではなく地域の世界観を伝える最も強力な資源であり、観光・EC・文化発信をつなぐハブとなる存在です。インバウンド回復や政策支援、技術革新の追い風を受け、いま多くの地域でガストロノミーを軸にしたブランド戦略が成果を上げ始めています。
成功地域の共通点は、
①地域ストーリーの明確化、②体験型プロモーション、③デジタル発信、④データ活用という4本柱をバランスよく取り入れていること。そして、自治体・商工会・金融機関・事業者による四位一体の支援体制がブランドの持続性を支えています。
さらに、越境ECは地域ブランドの「第二の観光導線」として成長しつつあり、訪日経験とオンライン購入を往復させる循環型モデルが現実味を帯びています。
結論として、持続可能な地域ブランドを育てる鍵は、
“誇り”ד戦略”ד連携”。
地域が自らの価値を深く理解し、それを市場に適切に翻訳し、同じ方向を向いて動くことで、食は確実に地方創生の原動力となります。
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