前回の記事では、「地域共創基盤」として取り組む事業承継の新しい手法や、長野県岡谷市の老舗衣料品店カネジョウでの実践内容を紹介しました。CFOジャパン代表の中嶋 智氏が推進するマネジメント・デジタル・ビジネスの3つの変革について詳しく知りたい方は、前回の記事「新しい事業承継の方法『地域共創基盤』とは? 地域経済活性化につながる新しい挑戦!」もあわせてご覧ください。
今回のインタビューでは、カネジョウが新たにECサイトをM&Aした狙いや、地方から全国へと市場を広げるための戦略についてさらに詳しく伺いました。リアルとオンラインの両軸をどのように活用し、地域企業の付加価値を高めていくのか——その具体的なアプローチをぜひご覧ください。
中嶋 智氏(なかしま さとし)
山口銀行に勤務後、(株)シャルレで上場企業の経理財務を学び、(株)ソフトウェア・サービスでは創業社長の右腕として2年半で新規上場を達成。さらにウイングアーク1st(株)のCFOを務め、2度目の新規上場や指定替え、M&Aなど企業価値向上策を推進。2013年にCFOジャパン(後に株式会社化)を創業し、ベンチャー企業への大型資金調達を支援。現在はCFOジャパン(株)代表取締役、および2021年より(株)カネジョウの代表取締役社長を兼任し、企業のマネジメント強化と事業成長に取り組んでいる。
ーー今年の9月にECサイトをM&Aされたと伺いました。その背景について教えていただけますか?
中嶋氏(以下敬称略):今回は地域共創基盤グループとして検討を行いましたが、店舗で婦人服、着物、寝具等の小売を行っているグループ会社のカネジョウを受け皿とした事業譲渡という形でM&Aを行いました、カネジョウの新たな事業の柱作りという位置づけです。
ーーなるほど。そのような形での展開も進めていらっしゃるのですね。
中嶋:そうですね。地方の小売業がリアル店舗だけで成長していくのは、現状では決して簡単なことではありません。そのため、以前から注目していたECチャネルを活用する良い機会と判断しました。このタイミングでM&Aを決断したわけです。
ーー今後もEC関連の事業を拡大されていく方針なのでしょうか?
中嶋:はい。現在、カネジョウのお客様の多くは50歳以上の方々で、こうした層は購買力が高く、気に入っていただければリピーターになりやすい特徴があります。しかし、年齢とともに体調の変化などで来店が難しくなるケースも増えてきています。そのため、若い世代を新たな顧客層として取り込む必要性を強く感じています。
また、ECは特定の地域に縛られず、全国に商品を届けられる点で非常に有効です。現在、ECの主要ユーザー層は20代から40代で、当社の従来のターゲット層とはやや異なります。ただし、新たに取得したEC事業では20代から40代の女性を主なターゲットとしています。将来的に彼女たちが年齢を重ねた際には、カネジョウが取り扱う商品と非常に親和性の高い世代になると見込んでいます。こうした未来を見据え、やや早いタイミングではありましたが、EC事業の取得を決断しました。
ーー将来を見据えた戦略的な判断ですね。
中嶋:はい。リアル店舗とECの両方を効果的に活用し、より多くの方々にカネジョウの商品をお届けしたいと考えています。
ーー今、売上が相当増加されていますよね。連結売上が10億円を超えたと伺っています。
中嶋:ようやくその水準に到達しました。もちろん売上の増加も嬉しいのですが、個人的には従業員数が100人を超えたことが特に感慨深いです。当初の目標が100人規模の雇用創出だったので、それを実現できたことが非常に嬉しいですね。雇用を創出し、それを守っていくことに大きな意義を感じています。
ーー現在展開されているエリアについてですが、当初は長野県岡谷市が中心だったと伺いましたが、現在は北佐久郡や愛知県一宮市まで拡大されていますね。
中嶋:グループシナジーを最大化するには、エリアが遠隔地になるほどその効果が制約される傾向があります。そこで、現在は長野、愛知、静岡、山梨といった中部地域を中心に活動を展開しています。
ーーグループシナジーを考慮した拡大や参画が進んでいるということですね。
中嶋:その通りです。例えば、「きよせ」というブランドは愛知県と静岡県の一部エリアで大手スーパーが売上の7割を占める状況です。一方、「くるまや」は長野県を拠点とし、生協や成城石井などの大手チェーンを主要顧客として持っています。この2つの販売網を活用し、クロスセルを図っています。たとえば、長野県や関東の成城石井に和菓子を納入したり、逆にくるまやの商品を愛知や静岡の市場に展開したりといった形ですね。
ーークロスセルを通じて、さらなるシナジーを追求されているのですね。どのような業種や分野で注力されているのでしょうか?
中嶋:現在は「日本の伝統食」という分野で価値ある商品を提供し続けることを目指しています。
和菓子や漬物に加えて、将来的には豆腐や納豆など、自然由来の材料を使用し、発酵を活用した健康に良い食品も視野に入れています。これらの「日本の伝統食品」を地方で製造し、それを全国に販売していくことを一つの戦略として考えています。
ただ、こういった伝統食品の業界は市場規模が徐々に縮小しているケースが多いです。その中で私たちは「残存者利益」を狙う戦略を取っています。具体的には、単体でも競争力を持つ企業だけをM&Aの対象にし、その企業の力をさらに高めることで、シナジーを発揮していく方針です。市場が縮小していく中で競争相手が減少すると、例えば「特定の地域でしか製造されていない伝統的な漬物を作れるメーカーが減少しているので供給してほしい」といった具体的なニーズや、「他では手に入らない品質の高い和菓子を扱えるところを探している」などの問い合わせが増えてきます。特に、小ロットでも特注品を製造できる技術や設備を持っている企業にとって、こうした市場の需要は新たな機会を生み出します。これに応えることで、競争が減少した中で独自の立ち位置を確立し、さらなる市場シェア拡大が期待できるのです。そうした需要を取り込み、供給元が少なくなることで取引条件をコントロールしやすくなり、収益性の向上も期待できると考えています。
ーー地方のマーケットの今後の状況を踏まえた戦略ということですね。
中嶋:その通りです。地方の特性を生かしつつ、長期的な視点で成長を目指しています。
ーーそこは引き続き、グループに参画したい企業をお探しになっているということですね。
中嶋:はい、そうです。現在のところ、向こうから積極的にこちらにアプローチしてくるケースはまだ少ないのですが、これまでの実績を着実に積み重ねていくことで、将来的には仲介会社を介さなくても、「直接ご相談したいのですが」といった形で企業側からお声がけいただけるようになることが理想です。そのような信頼関係が構築されれば、さらにスムーズにシナジーを生む取り組みが可能になると考えています。
ーー買収後も元の経営者が経営に関与し続け、雇用や減給を2年間行わないといった従業員に配慮した方針は引き続き変わらないのでしょうか?
中嶋:はい、変わらず続けています。今回のケースでは、元の代表者が65歳の年配の方で、業界で40年以上の経験を持つ非常に著名な方でした。具体的には、長野県の漬物協会の会長を務めるなど、大きな影響力を持っておられる方です。このような方の会社をM&Aさせていただきましたが、その人脈や知識、ノウハウは非常に貴重な資産だと考えています。
現在、代表取締役社長は私が務めていますが、元の代表者には取締役会長として引き続き経営に関わっていただいています。実質的にはCOOのような役割を担っていただき、会社の運営に重要な役割を果たしていただいています。
ーー以前から感じていましたが、ウォーレン・バフェットのような経営スタイルに近い印象を受けますね。
中嶋:さすがにバフェットさんと比較されると恐れ多いですが(笑)、私のスタンスとしては方向性を示しつつ、実際の運営については元の経営者や実質的な運営を担っていた方に引き続き任せることが理想だと考えています。この方が企業の強みを生かしながら、安定した成長を実現できると信じています。
ーーありがとうございます。どのような方が相談に乗られると良いのでしょうか?
中嶋:まずは、「これから事業をどうしたらいいのだろう」と漠然とした悩みをお持ちの方です。「今すぐ会社を売りたい」と考えている方だけでなく、「会社を後世に残したいが、後継者がいない」「子どもが事業を継ぐ意向がない」といった状況の方にも対応しています。
私たちは単に「売却」を提案するのではなく、さまざまな選択肢を一緒に考えることを大切にしています。特に後継者の育成は、5~10年という長期的な視点で計画する必要があります。候補者の選定や育成プロセスをサポートし、事業の未来を一緒に築いていきたいと考えています。
ーー具体的には、例えばMBO(マネジメント・バイアウト)のようなケースも考えられるのでしょうか?
中嶋:MBOは有力な選択肢の一つであり、必ずしも会社を買収する必要はありません。社内の人材が後継者として育つケースも歓迎しており、その際は株主としてサポートしつつ、経営は後継者に任せる形が可能です。
ーー柔軟な対応をされているのですね。
中嶋:私たちの目標は、企業を買収することではなく、「良い会社を次世代に残すこと」です。その実現のために方法にこだわらず、経営者と共に最適な解決策を模索しています。
ーー買収やグループ参画を検討される企業の規模感について、現在どのようにお考えですか?
中嶋:対象とする企業の売上規模は、1億円から10億円を目安としています。1億円未満は難しく、10億円を超えると譲渡価格が高額で現実的ではないためです。
ーーなるほど。売上の他には、どのような条件がありますか?
中嶋:従業員数は20人以上を目安としており、ある程度の組織規模がM&A後のシナジー創出に適していると考えています。
ーーありがとうございます。グループ入りする際には、100%の買収ケースもあれば、過半数を取得して49%を既存の経営者が保有するケースもあるのでしょうか?
中嶋:基本的なスタンスとしては、3分の2以上の株式を取得する形を第一義的に考えています。ただし、ケースバイケースで対応することも視野に入れています。例えば、過半数の51%のみを取得するパターンや、逆に51%未満の少数株主として参画するケースも、状況や目的によっては選択肢になり得ます。「なぜその形態が最適なのか」という理由が明確であれば、柔軟に対応するつもりです。
ーー再生案件も取り組まれることがあるのでしょうか?
中嶋:はい。私たちはファンド型の運営ではなく、自己資金や借り入れを活用して直接事業に取り組む形を重視しています。目的は、企業の価値を高め、持続可能な形で次世代に引き継ぐことです。財務状況に課題のある企業であっても、事業価値の再構築や再生が可能だと判断できれば、柔軟に対応しています。
ーー基本的には、売却を前提としない運営スタイルということでしょうか?
中嶋:そうですね。私たちは「売り飛ばす」ことを基本的に考えていません。自己資金であれ借り入れであれ、目指しているのは譲渡益を狙うファンド型の運営ではなく、企業を永続的に保有しながら成長を支援していくことです。この方針が、多くの方々に安心感を持っていただけている理由の一つだと感じています。
ーー地方の企業では、M&Aの対象になる企業もDXが進んでいないケースが多いと伺いますが、具体的にはどのような状況なのでしょうか?
中嶋:地方の企業では、M&Aの対象となる場合でも、DXが進んでいないケースが少なくありません。多くの企業で業務が紙ベースで行われており、特に経理業務ではリアルタイムの情報が把握できない状況が見受けられます。例えば、請求書や支払い処理が中心で、月次決算のデータが最新ではなく、数ヶ月前の情報しか提供できないこともあります。このような環境では、経営判断に必要な情報が遅れがちで、改善が求められる部分が多いと感じます。
ーーリアルタイムの情報が把握できない状況で経営を進めるのは確かに難しいですね。
中嶋:本当にその通りです。収益状況が厳しい中で資金繰りもタイトな状態では、リアルタイムの情報がなければ適切な意思決定はできません。まず必要なのは「自計化」、つまり、自社で経理を行い、リアルタイムに情報を把握できる体制を整えることです。
次に、収益性を高めるためには粗利を向上させる必要があります。そのためには原価計算が欠かせません。これを実現するには基幹システムの整備が必須です。ただ、初期投資が高額なシステムは中小企業には導入が難しいケースが多いです。
ーー課題解決にはどのような要素が必要だとお考えですか?
中嶋:中小企業向けに初期投資が不要で、簡単かつ安価に導入できるシステムがもっと普及すれば良いと強く思います。たとえば、クラウドベースのソリューションやサブスクリプション型のシステムがその一例です。これにより、リアルタイムのデータ管理が可能になり、経営の改善に直結するような仕組みを整えられると思います。
ーー最近の会計システムでは、ほとんどが預金口座と同期しているようですが、そのような仕組みを活用することもできますね。
中嶋:そうですね。最低限、現在の残高や資金の動きをリアルタイムで把握できる仕組みが必要です。例えば、システム上で自動的に資金繰り表が作成され、月末や特定のタイミングでの動きが見えるようになれば、経営の意思決定に役立ちます。
ーー中小企業の社長にとって、資金繰りといえば近隣の信用金庫からの借り入れを検討する程度に留まるケースが多いのでしょうか?
中嶋:目先の預金残高を見ながら、行き当たりばったりの資金繰りを行っている経営者も少なからずおられます。資金が不足すればすぐに信用金庫に駆け込み、貸し渋られると個人担保を差し出す、といった対応に追われています。本来は資金繰り表を作成し、収支のタイミングを適切に管理することが必要です。例えば、支払いサイトを調整して収入とタイミングを合わせるなど、基本的な管理ができていません。
ーー生産体制も、見込み生産で行われることが多いですよね。
中嶋:おっしゃる通りです。数ヶ月かけて製造し、代金が入るのはさらに数ヶ月後、といった流れがよく見られます。本来なら、この期間を短期借入でカバーするのが一般的ですが、他にも売掛金を担保に資金を借りたり、ファクタリングを利用したりといった選択肢もあります。ですが、こうした方法を知らない、あるいは活用できていないケースが多いのが現状です。
ーーその結果、経営的に損をしている企業も少なくないということですね。
中嶋:少なくないですね。適切な選択肢を知り、それを活用するだけで、経営をより効率的に進められる可能性が十分にあると感じる場面は非常に多いです。
ーー貴重なお話をありがとうございました。これでインタビューを終了させていただきます。本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございました。
この記事をご覧いただいている皆様へ、事業承継や事業売却をご検討されているのであれば、相談してみてはいかがでしょうか?